3月から毎月続けてきた連載も最終回となりました。今回はプロに入ってからの挫折、プロ野球選手の苦労とやりがいをお話します。そして最後に、連載のテーマにもなっているプロ野球選手を目指す子どもたちや保護者にメッセージを送りたいと思っています。
前回の連載で、投手の断念と左打者への転向が挫折であり、プロになるターニングポイントでもあったとお伝えしました。プロに入ってからの一番の転機は外野手へのコンバートです。
内野手の先輩の壁は高かった
高校ではショートをしていたので、中日には内野手として入団しました。でも、プロに入って周りの内野手を見た時、「これは無理」と痛感しました。レベルは全く違いましたが、プロの打撃と走塁は想像の範囲内で、何とかなるかもしれないという印象でした。一方で、内野守備は、努力してもどうにもならないと感じました。
当時の中日はアライバコンビの荒木雅博さんと井端弘和さん、さらに久慈照嘉さんや李鐘範(リー・ジョンボム)ら名手ぞろいでした。内野手が何気なくアウトにしているプレーは、実はものすごくて、簡単にはできません。自分が同じようにやってみると、打球は速いですし、送球しようと思って打者走者をチラッと見たら、もう一塁の手前まで走っている感覚です。焦って送球すると暴投、アウトにできても間一髪でした。
結局、内野手は2年間で失格の烙印を押され、外野手にコンバートされました。自分自身でも厳しいと思っていましたし、早めに判断してくれた首脳陣には感謝しています。内野手としての守備力は全くプロのレベルには達しませんでしたが、打撃に生きる経験があったのも収穫です。
内野守備の練習では、ゴロを捕球する中腰の姿勢で下半身をいじめ抜きます。この時に、足のどの部分で上半身を支えれば、比較的楽なのかポイントを探します。しばらくは太ももに力を入れていたのですが、ある日、足の付け根にもっと強靭な土台があることに気付きました。足の付け根で上半身を支えると、疲れが少ないんです。はまるポイントがありました。
これが、打撃の時の下半身の使い方や体重移動につながりました。守備練習の中腰では両足の付け根に同時に力を入れますが、打撃では軸足の付け根に力を入れて、打ちに行く時に踏み込む足の付け根に力を移動します。より下半身を使った打撃ができるわけです。短くまとめましたが、かなり長い期間をかけて習得した動きです。
内野に名手がたくさんいた当時の中日は、外野も強肩がそろっていました。福留孝介さん、アレックス・オチョア、英智さん。肩の強さで勝負しても勝てないのは明らかなので、捕球から送球するまでの動きをいかに速くするかを考えて練習しました。
東北楽天時代、いつだってしんどかった
レギュラーを奪うための練習は大変です。ただ、本当にきついのは、試合に出続ける立場になってからです。一番しんどかったのは、間違いなく東北楽天で主力として試合に出ていた時です。ヒットを打つ、試合に勝つ喜びがある分、駄目だったときの反動は大きくなります。結果を求められるプレッシャーと、そのための努力は苦しさばかりです。結果を出さないといけないわけですが、基本的に結果は出ません。打率3割で成功と言われる世界なので、失敗の方が圧倒的に多いわけです。
ヒットを打った時、盗塁に成功した時、ある程度活躍して試合に勝った時、ホッとする瞬間はあっても、すぐに次の打席や試合がやってきます。試合に出続ける大変さ、目の前の試合に勝つ難しさ、もう二度とヒットが出ないのではないかという不安。暗闇の中で前に一歩踏み出して、そこに地面があったと安心するような心境の繰り返しです。プロ野球生活は、おそらくどの選手も9割5分は苦しさやつらさが占めていると思います。
それでも、0割5分しか味わえないやりがいや喜びが特別だからこそ、努力できます。何万人もの人から注目されて、大歓声の中でプレーできる高揚感は何にも代えがたいものがあります。楽しいと思ったことはありませんが、やりがいは感じていました。子どもの頃から、おぼろげながら思い描いていた夢が叶ったわけですから、プロ野球選手になれてよかったと引退してからは思いました。
もしも子どもたちに「プロ野球選手になりたい」と言われたら?
身をもってプロ野球選手の大変さを知っている私ですが、もしも自分の息子やアカデミーの子どもたちに「プロ野球選手になりたい」と言われたら、明るく満面の笑みで「頑張れよ」と伝えたいと思います。プロになるのはマニュアルがあるわけでも、テストのように合格点があるわけでもありません。方法が明確にはないからこそ、絶対にプロになると重く捉えないでほしいんです。
本気でプロを目指す年齢に達する頃になれば、それなりの厳しさ、難しさは絶対に出てきます。放っておいても、頑張らないといけない時期が来ます。それまでは、特に小学生、中学生くらいの子には、明るく頑張れよと言いたいです。そして、「プロになりたいなら練習。たまたまなれる仕事ではないよ」と明るく付け加えます。
プロを目指す子どもたちへのアドバイスとしては、まず第4回のテーマでお話した「ご飯を食べる」こと。人間は酸素を吸って成長する草木と違って、食べたものでしか大きくなれません。技術的にプロになる力があっても、体を大きくできずにあきらめた人を見てきました。
もう1つは、できないことに悔しさを感じてください。小、中学生の時は上手くいかないことや人に負けることがいっぱいあるかもしれませんが、「上達してやる」という気持ちを忘れないでほしいです。その気持ちの強さが、将来の伸びしろにつながります。どんな分野でもトップレベルにいる人の共通点は、負けず嫌いだと思っています。
私自身も子どもの頃、ものすごく負けず嫌いでした。打ったり走ったりするのは上級生相手でも負けたくなかったですし、並走してランニングする時に、隣の選手より少し前を走っていたくらいでした。
プロでは感情を表に出さないタイプに見られていましたが、元々は気持ちを全面に出す選手でした。高校最後の夏の大会で、気合いを入れ過ぎて力んでしまい、最後の打者になってしまった苦い経験から、気持ちをフラットに保たないとパフォーマンスに影響が出ると悟りました。ずっと負けず嫌いをプレーにも出した上で、失敗を経てブレーキをかけるようにしたわけです。
プロに入ってから交感神経と副交感神経の割合を調べたことも、感情をコントロールする考え方につながりました。一般的に交感神経はアクセル、副交感神経はブレーキの役割と言われています。どちらが、どのくらい優位に働いているか調べた結果、私は80%が交感神経でした。ほぼずっとアクセルを踏んでいる状態と言われました。その時に合点し、自分は日頃からちょっとブレーキを踏むくらいでパフォーマンスを発揮できると確信しました。
全6回に渡って、「プロ野球選手のなり方」をテーマにお話してきました。これまでの自分の経験や考え方を整理する機会になりましたし、たくさんのご意見やご感想をいただき貴重な経験になりました。ありがとうございました。子どもたちがプロを目指すと言った時、保護者の方々には食事や送迎など、できる範囲でサポートしていただけたらと思います。そして、笑顔で「頑張れ」と声をかけてください。この連載が皆さんの参考になり、野球を楽しむ親子が1組でも増えたらうれしいです。
読者からの質問コーナー 教えて! 鉄平先生!
Q.バットにはどんなこだわりがありましたか?
A.ソフトボール用のバットに近い形が特徴でした。バットの根元から先端にかけて徐々に太くなっていくバットが一般的ですが、根本からある程度の太さがあって先端まで真っすぐなタイプを使っていました。芯以外の部分に当たっても安打になってほしいという気持ちがあったからです。おそらく、ほとんど変わらないと思いますが、根っこが太いバットなら詰まっても内野の頭を越えてくれるのではないかという希望を込めていました。
Q.イップスの直し方はありますか?
A.ボールの重さを感じるように意識して投げるのが良いと思います。イップスになると克服するために指先や腕の動きを考えがちですが、ボールを持っている感覚がなく、上手く投げられないケースがあります。意識するところを変えると、少しずつ改善するはずです。イップスは気持ちの部分が大きいので、暴投を投げても大丈夫な気を使わない相手とキャッチボールするのも大切です。
Q.スライディングのコツはありますか?
A.体を横にしてください。スライディングが苦手な選手は体が立っています。立ったままでは全然滑らないので、体を横に向けて片側のお尻を地面につけて滑るイメージです。最初は恐怖心があるかもしれませんが、勇気を出して思い切ってスライディングすると上手くいくと思います。
過去の連載
【Vol.1】子どもが「プロ野球選手になりたい!」と言ったら親はどうするべき?
【Vol.2】軟式か硬式か。高校は強豪校に入るべきか。悩める進路の話
【Vol.3】鉄平流・プロになるための練習
【Vol.4】大人はどうサポートする? 土谷家の場合
【Vol.5】私がプロ野球選手になれたワケ 鉄平が振り返る学生時代のとある大きな決断
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