バットに当たった瞬間からの技術が求められる内野安打
「脱兎のごとく」とはよく言ったものである。ゴロを転がしたら、安全地帯の一塁ベースへ。まさに、逃げこむ兎のように猛スピードで走る選手たち。そのタイムはどの程度ものか? 内野安打の際にかかった秒数の速いものからランキングにした。そのトップ5をみていこう。
ちなみに、計測方法は、バットにボールが当たる瞬間をスタートし、一塁ベースに触れた瞬間をゴールとしている。
純粋に走るタイムを知りたいのであれば、走り始めの一歩目を踏み出した瞬間をスタートとする方法もあるが、野球は単に足が速ければいいというわけではない。コンマ数秒、スパイク1足分未満のわずかな差がセーフとアウトの明暗を分けるだけに、打撃から走塁へ流れるように素早く切り替える必要もある。
そんな野球ならではの秘められた“技術”を含めた一連のスピードを知る意味で、バットにボールが当たる瞬間とした。
そこで有効になるのが、セーフティーバントだ。スイングをしてから走り出すよりも、バットにボールを当てながらすでに一歩目を踏み出すバントの方が、当然タイムは縮まる。筆者が過去に計測してきた感覚でいうと、概ね0秒50程度は違うだろう。必然的にトップ5に入ったのも、すべてセーフティーバント時のシーンとなった。
長距離も短距離も速いハイブリットの牧原大成選手(福岡ソフトバンク)
最初に5位に入ってきたのは、牧原大成選手(福岡ソフトバンク)。タイムは3秒69だった。身長173センチとプロ野球選手としては小柄だが、跳躍力がずば抜けており、足の回転数=ピッチを上げた走りをしつつ、一歩一歩飛び跳ねるようにしてストライド=歩幅を広くとっているのが特徴だ。そのため、本来ならば長身長足の選手の方が有利とされるロングランのときでも、遜色のない速さを生み出し、昨年は三塁打時のタイムでリーグトップとなる10秒66というタイムを記録している。
このハイブリッドな走法は、セーフティーバントでも生かされている。スタート時はピッチを重視して素早く加速、スピードに乗ったところでストライドを広くとる走りで、ラクに一塁を奪い取った。
迫力ある走塁が際立つ山崎剛(楽天)
4位にランクインしたのは、プロ2年目の山崎剛選手(楽天)。その俊足ぶりは、ルーキーイヤーの昨シーズン後半から示していたが、今年も夏場になって一軍に上がって存在感を示し始めている。そのタイムは3秒68。一塁側へのドラッグバントは、審判の判定では一度アウトと宣告されたが、リクエスト後にセーフに覆った。
山崎選手は、ややがっしりした上半身で、一見、それほど速いようには思えないタイプだが、走り出すとラガーマンのような迫力で好タイムを出してくる。
身長は5位の牧原選手と同じ173センチ。タイム差も人間の目では絶対に区別のつかない0秒01なので、実質、ほぼ同タイムと考えると、牧原選手とのビジュアルの違いぶりが面白い。タイムを知らずに走っている姿を見たときに、果たしてどちらが速いと思うだろうか。
ロッテのガッツマン・加藤翔平選手(千葉ロッテ)
荻野貴司選手など、俊足選手が多数揃う千葉ロッテ。その中でも、1、2を争うスピードを誇るスイッチヒッターの加藤翔平選手が3位に入った。タイムは3秒62。ファーストストライクから振っていく積極打法と、このタイムを出したときのようなヘッドスライディングなど、泥臭いプレーがファンを魅了する。
ただ、バントをして走り出したときをよく見ると、ほんの一瞬だがボールの転がり具合を確認するため、走る動作が鈍くなっていた。おそらく、自身は4位の山崎選手のように、もう少し勢いのある転がり方をライン際にさせて、一塁手に捕らせるようなバントをするつもりだったのだろう。それが思いのほか、送りバントのときのように上手く勢いを殺すことができてしまった。一瞬、「あれ?」という心境になったが、フェアゾーンに転がったためすぐさま走り出したわけだ。
逆にいえば、この一瞬の間がなければ、もっと速いタイムになっていたということになる。まだまだ伸びしろはあるだけに、今後もそのスピードに期待したい。
2位は今年本格ブレイクした福田周平(オリックス)
2位に食い込んできたのは、今年のパ・リーグでその俊足を遺憾なく発揮している福田周平選手(オリックス)の3秒57というタイムだ。ついに、3秒50台に入ってきた。
福田選手はプロ入り2年目だが、広陵高校から明治大学、社会人のNTT東日本を経ているため、今年27歳。1年目の昨年からレギュラーとして定着し、今年は8月22日現在27盗塁。前年以上にスピード面でアピールしている。身長は167センチ。先述の牧原選手や山崎選手よりもさらに小柄であることは、球場で見ればすぐにわかる。走法的には猛烈なピッチの速さが特徴だが、計測時のシーンでは、ダッシュしてきたピッチャーの動きを予測して球足の速いバントで間を抜く技術も披露。お手本のようなセーフティーバントだった。
番外編は沖縄のレジェンドボクサーであるあの人?
なぜ走る? 始球式で空振りするやいなや、一目散に一塁へ走り出したのは、元ライトフライ級チャンピオンのプロボクサーで、世界王座防衛13度を誇った具志堅用高さんだ。具志堅さんは引退後、「ちょっちゅね~」という独特の陽気な語り口が人気を博し、天然キャラのタレントとして長年活躍している。だから、ウケ狙いで走り出したのだろう……と誰もが思ったはずだ。
だがしかし、空振りした直後の立ちふるまいをよく確認すると、始球式の投球がワンバウンドになったことを確認してから、ハッと我に返ったかのようになって走り出していた。それはつまり、振り逃げのルールを把握していたということだ。
しかも、一塁を守る山川穂高は同郷・沖縄の出身。具志堅さんが一塁を走り抜け、その後、両手を天に差し出すウサイン・ボルトばりのポーズをとる姿を、スタンドの観客は呆然と眺めるしかなかったが、振り向いた先に棒立ちしていた山川と熱い抱擁を交わすことで、すべてがつながった。勝手な想像だが、一連の流れは具志堅さんの計算による演出ではなかったか。もし、始球式の投球がワンバウンドした瞬間にひらめいたのであれば、すごい人である。
参考ながら、一塁をかけ抜けるまでタイムは6秒72だった。塁間が27.431メートルであることを考えると50メートルを12秒程度かかることになる。決して速いタイムとはいえないが、64歳という年齢を考えたら、ここまで全力疾走できる人は珍しいだろう。演出を含めて、ナイスランだったと拍手を送りたい。
最後に登場するのは千両役者の西川遥輝選手(北海道日本ハム)
最後のトリとなる1位に輝いたのは、北海道日本ハムの不動のトップバッター・西川遥輝選手だった。盗塁王を獲ること過去3回。近年では、福岡ソフトバンクの「甲斐キャノン」こと甲斐拓也捕手との盗塁勝負がパ・リーグの看板になりつつある。
ヘッドスライディングで奪い取ったバントヒットのタイムは3秒55。そのスピードの速さについては、もはや説明の必要もないだろう。
よく、「ヘッドスライディングと普通にかけ抜けるのでは、どちらが速いのか?」と議論になるが、以前はかけ抜けた方が速いという意見が優勢であったのに対し、最近の研究ではヘッドスライディングの方が僅かだが速いという結果も出ている。筆者が計測している限りでも、地面をこすらずに空中に浮いた状態でベースにタッチできる高い技術があれば、ヘッドスライディングのほうが良いタイムが出ている傾向がある。西川選手が最速タイムを出したこのシーンがまさにその形だった。
ただし、ヘッドスライディングは故障が怖い。余計なことではあるが、ケガのないようなスライディングをして、今後もさらに速いタイムを更新されることを、楽しみにしたい。
キビタキビオ
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