5日間の熱闘に幕を下ろした「2026 WORLD BASEBALL CLASSIC(以下WBC)」東京プール。出場5カ国それぞれに物語があり、そこに野球のおもしろさを見出した人も少なくないが、この国もまた多くの野球ファンを魅了した。それが9日、韓国との激闘のすえ準々決勝出場まであと一歩及ばなかったオーストラリアだ。戦いぶりもさることながら、このオーストラリアが注目される一つの理由には、SNSでの日本語投稿にある(X:@TeamAusBaseball)。
今回はその仕掛け人・エリック・バルナー氏に、パシフィックリーグマーケティングで海外含むメディアライツ事業に携わる髙木隆氏が、代表合宿先の府中でインタビューした。
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2026年2月、東京都府中市。WBCを目前に控えたオーストラリア代表のキャンプ地には、練習試合にもかかわらず3,000人を超えるファンが詰めかけていた。スタンドから送られる熱烈な「オーストラリアコール」を、感慨深そうに見つめるひとりの男がいる。
エリック・バルナー。オーストラリア野球連盟の放送・デジタルコンテンツマネージャーを務める彼は、いま言葉の壁を越え、オーストラリアと日本を繋ぐ架け橋となっている。
「人々は“人間”を応援する」
エリックのジャーナリズムへの情熱は、カナダ・オンタリオ州グエルフで灯された。 5分歩けばホッケー場、もう5分歩けば野球場がある環境。少年時代のエリックは、ポータブルレコーダーを抱えてスタンドに座り、ひとり実況の練習に明け暮れた。その興味は単なる勝敗ではなく、「この瞬間をどう言葉にすれば、人々に届けられるか」という表現そのものに向けられていた。その後、大学でジャーナリズムを学んだ経験が、彼の現在の広報哲学を決定づけることになる。
「結局、すべては『繋がり(コネクション)』だと思うんです。スポーツを観る人は、プレーしているのがどんな『人間』なのかを知りたがっている。記事を書く時も、ツイートする時も、実況する時も、選手ひとりひとりの背景や情報を持つことが何より大切です。人々はチームを応援しますが、それ以上に『人間』を応援するものなのです」
「大学で学んだ最も重要なスキルも、『真の人間性について問うこと』でした。それが一番大切だと考えています。何事もまずは人から始まる。それが僕の信念なのです」

運命を変えた「サメのロゴ」と、突然のデビュー
2014年、エリックは母国のカナダを離れ、オーストラリアのアデレードへと渡った。しかし実は当時の彼はこの国に「野球」があることすら知らなかったという。
「家を借りて『仕事を探さなきゃ』と思い、地元の通りを歩いていたんです。すると、『サメと野球ボール』のロゴが入った大きな看板を見つけました。『えっ、オーストラリアに野球? まさか』と思いましたね。それは、オーストラリア・ベースボールリーグ(ABL)のチーム、アデレード・バイト(現アデレード・ジャイアンツ)のロゴだったのです」
導かれるようにオフィスに入り、「放送やジャーナリズムの経験があります。仕事はありませんか?」と尋ねた。すると、スタッフは笑ってこう答えた。
「野球に仕事なんてないよ。でもボランティアなら歓迎だ」
コミュニティを求めていたエリックは「いいですよ、手伝います」と即答した。すると、事態は急展開を迎える。「……じゃあ、今夜来られるか? アナウンサーが風邪で休みなんだ」
その数時間後、エリックは場内アナウンスの席に座っていた。これが、彼のオーストラリア野球人生の幕開けだった。1シーズンのボランティアを経て、欠員が出たことで、エリックに大きなチャンスが巡ってくる。
「着ぐるみを着ることからチケット販売、スポンサー営業、運営、ボランティアの管理まで、本当に何でもやりました。この経験で学んだのは、オーストラリアの野球は『情熱』に基づいたコミュニティだということです。何かを成し遂げたければ、多才でなければならない。フィールドを整備している人が売店で食べ物を売り、試合に出て、子どもたちを教え、スポンサー獲得案を練る。コミュニティを良くするために多くの役割を担うことの大切さを、僕は現場で教わったのです」
球団のオペレーション担当ゼネラルマネージャーとして勤務していたエリックを、パンデミックによるロックダウンが襲った。世界が止まったあの時間、彼は多くの人と同じように、深い自問自答の中にいた。
「ロックダウンの最中、僕は自分自身を見つめ直したのです。『いつか世界が再び動き出したとき、自分は本当に何をしたいんだろう?』と。僕はもともと、“ストーリーテラー”になるためにキャリアを積んできました。でも、いつの間にかその原点から遠ざかっていて。『人生は一度きりだ。だったら、自分が心から情熱を持てることをやるべきだ』。そう決意して、再び現場に戻ったのです」
「インサイダー」だからこそ伝えられる、選手の素顔
その決断があったからこそ、2023年のWBC、そして2026年の今がある。エリックのソーシャルメディア投稿がなぜこれほどまでに日本人の心を打つのか。その理由は、彼が選手と同じ釜の飯を食う「インサイダー(内部の人間)」だからだ。
「外部の人間ではなく、選手と一緒に旅をしている僕だからこそ見える『インサイダー・ビュー』を人々は喜んでくれます。2023年のWBCはすべて英語で発信していましたが、同年末の『アジアプロ野球チャンピオンシップ』で日本に戻ってきた時、Google翻訳を使って日本語で発信しようと思いつきました。日本の人々に、オーストラリアの選手がどんな人間なのかを直接伝えたかったのです。彼らは仕事や家族、野球のバランスを必死にとっている素晴らしい選手たちです。オーストラリアでは大観衆の前でプレーすることはありませんが、日本の人々が彼らについて知りたいと思ってくれたのは本当に嬉しいことでした」
エリックが率いるチームは、オーストラリア野球のデジタル展開において驚異的な成果を叩き出した。今回のWBC期間中、公式SNSのインプレッションは6,000万回を突破。過去最高のトラフィックを記録し、数百万人ものユーザーにリーチした。

オーストラリアと日本の関係は「好奇心の物語」
2026年のWBCに向けて、エリックは自身を「ヘッド・ストーリーテラー」と定義し、両国の関係をこう表現した。
「この物語は、『好奇心の物語』だと思っています。日本人はオーストラリアの野球文化に好奇心を持ち、選手たちも日本の文化や食べ物、スタジアムに好奇心を持っている。双方向なんです。
私たちはまだ、日本の野球文化を学んでいる最中です。最近、日本のファンが私たちのために応援歌を作ってくれていることを知りました。次に来る時は、もっと多くのグッズが必要でしょうし、一緒に歌える歌のリストも必要かもしれませんね。お互いに学び合っている段階なのです」
その根底にあるのは、日本野球への絶対的なリスペクトだ。「オーストラリアで育つ選手たちは皆、日本が世界で最高の野球国だと信じています。プレーも文化も最高だと。だから、彼らもプレーを通じて日本へのリスペクトを示したいのです」
2026年、府中市という「第二の故郷」
いま、その絆は東京都府中市で結実した。日曜日の練習試合に詰めかけたファンの数は、エリックを驚かせた。
「昨日も3,000人ものファンが来てくれました。これはオーストラリアのプロリーグ(ABL)のどの試合よりも多い観客数なんです。選手たちはここを『第二のホーム』だと感じています。街を歩いていても、まるで自分の家に帰ってきたような感覚です」
その交流は球場内にとどまらない。選手たちが行う地元の学校訪問も、チームにとって欠かせない時間となっている。
「学校訪問で子どもたちの笑顔に触れると、選手たちの中にある『野球を始めたばかりの少年』の心が呼び起こされるようです。オーストラリアでは野球はマイナースポーツですが、ここでは誰もが自分たちと同じ情熱を持っています。私たちは今、オーストラリアだけでなく、府中というコミュニティも代表して戦っているつもりです」

チャンスに「YES」と言い続ける力
インタビューの最後に、彼がこれまでのキャリアの中で最も誇りに思っていることについて尋ねた。
「キャリアにおいて、私は多くのことに『NO』と言わず、『YES』と言い続けてきました。それが野球に深く関わり、ボランティア、ファン、スポンサー、あらゆる立場の人と接することに繋がった。そのおかげで、メディアやスポンサー、そしてファンの心理を深く理解できる多才さが身についたのだと思います。それが一番の誇りかもしれません」
エリック・バルナー。一度きりの人生を「物語」に捧げた男は、今日も言葉の壁を越え、白球を追う者たちの心を繋いでいる。
取材・文:髙木隆
