「都立の星」と期待を受けて2014年ドラフト9位でオリックスに入団し、5シーズンが経過した。最速153km/hの右腕投手、鈴木優が一軍で投げたのはまだ3試合しかない。
チームの状況に目を移すと、山本由伸、山岡泰輔を筆頭に若手の好投手がひしめいている。
それでも23歳で迎える2020年シーズン、鈴木は飛躍の1年にできそうな予感を抱いている。
「いいピッチャーがたくさんいて、競争は激しいです。でも僕の経験上、前評判どおりに先発ローテーションがしっかり回ることはなかなかないじゃないですか。負い目を感じずに自分にできることを集中してやっていけば、チャンスはあると思っています。周りの人に比べて、僕らは最高の環境でオフをすごせているので」
2019年冬、鈴木は日本から遠く離れた常夏の島、アメリカ自治領プエルトリコでそう話した。同年シーズン終了後、オリックスのチームメイトのT-岡田、漆原大晟とともに当地のウインターリーグに出場するアテニエンセス・デ・マナティの一員となり、異国で2カ月をすごしたのだ。
ウインターリーグ開幕を控えた11月前半、カリブ海上空から照らす太陽の下で鈴木が大粒の汗を流しながら投球練習をしていると、“ずんぐりむっくり”した体型の男が右打席に入ってきた。年の頃は50代くらいだろうか、ただならぬオーラを放っている。
周囲から「パッジ」と呼ばれる男の顔をよく見ると、メジャーリーグで捕手として史上最多の2427試合に出場して年間MVP1回、各ポジションの最強打者に贈られるシルバースラッガー賞7回、ゴールドグラブ賞13回、そしてアメリカ野球殿堂入りを果たして「歴代最高捕手」の一人に挙げられるイバン・ロドリゲスだった──。
「高めの使い方と、変化球の活かし方を教えてくれました。『全部の球を低めに集めるのはピッチャーとして丁寧でいいことだけど、高めを有効に使っていくと、お前のスライダーやフォークはもっと有効になってくるぞ』って」
ロドリゲスにかけられた言葉は、鈴木にとってこの上なく価値のあるものだ。アメリカの野球が好きで、「英語を喋れない人生は嫌だ」と学生の頃から意欲的に学んできた。そしてプロ野球選手となり、プエルトリコが生んだ伝説の捕手から直接アドバイスをもらったのである。
野球の世界はアメリカを中心に広がり、英語をできれば大きな武器になる。「まだ勉強中」の鈴木は、ウインターリーグの登板日以外はベンチで通訳から離れた席に座り、チームメイトやコーチと積極的に会話を重ねた。なかでも多くのヒントをもらったのが、メジャーで7年間の経験を誇る捕手、フアン・センテーノだった。
「プエルトリコに来る前、こっちのキャッチャーはリードに対する考え方が日本人とはまったく違うだろうと思っていました。だから自分から配球面について伝えて、自分主導で投げていかなければと思っていたんです。でもセンテーノは僕の意図を感じ取ってくれて、さらに自身の考えを伝えてくれる。いいキャッチャーに受けていただき、運が良かったです」
百聞は一見に如かずと言われるように、鈴木はプエルトリコに来て、いい意味でこれまでの常識を裏切られることが多かった。例えば配球面で言えば、高めの速球の使い方だ。
「日本ではボール球を要求するイメージで使われます。でもプエルトリコでは、相手バッターが振る前提で投げるボールなんです。しかも高めを投げる割合が日本の倍以上ある。いいバッターなら、1打席に1回は投げるくらいのイメージです。その分、低めの変化球が効いてくる。その使い方を今、覚えているところです」
プエルトリコのウインターリーグには、故郷で錦を飾りたい地元出身のメジャーリーガーから、スカウトにアピールしたいFA選手や若手まで、中南米、アメリカからやって来る。彼らはフライボール革命や、その対策として投じられる高めのフォーシーム(速球)を普段からうまく取り入れており、その影響はプエルトリコにも波及しているのだ。
選手だけでなく、監督やコーチもMLBから派遣される。例えば鈴木が所属したマナティのブルペンコーチは、テキサス・レンジャーズの同職だ。MLBではデータ活用が進み、鈴木はトラックマンの使い方について助言をもらったという。
「僕の日本でのデータを見てもらい、『この数値はいいけど、ここをもう少し改善したほうがいい』と指摘してもらいました。メジャーという最先端の世界でピッチングコーチがどこを見ているのか、お金を払ってでも知りたい情報を得られました」
MLBのコーチは、データ活用にすぐれているだけではない。筆者が取材に訪れた2019年12月6日、鈴木は自身の課題をブルペンで指摘されていた。
「下半身を踏み出す方向について言われました。ピッチャーがマウンドからホームに対して(ボールに)力を発揮する方向は、足が真横に出て真っすぐ行くのがベストじゃないですか。油断して足がちょっと三塁方向に出たり、一塁方向に行ったりすると、ボールは斜めに出ていく。足を踏み出す位置がずれると、肩の周り方にも影響が出ます。足が(ホームに向かって)真っすぐ出てくれば、(上半身で)ボールをうまくたたけるわけです」
自身の身体的特徴と投球メカニクスをうまく組み合わせ、どうすればボールに込める力を最大化できるか。鈴木はプエルトリコでコーチや捕手と対話しながら模索した。
ウインターリーグでは7試合に先発し、1勝4敗、防御率6.23。数字的には良くないが、確かな手応えがある。開幕投手の大役を任された2019年11月16日の一戦では初回に6失点したものの、次戦以降は課題である「初回の入り方」を工夫し、5回2失点、6回無失点、6回途中2失点と3試合続けて好投を見せた。
登板ごとにテーマを掲げ、配球についてコーチや捕手と話してからマウンドに上がった。その成果が特に表れたのが、2019年12月8日の試合だ。5回途中まで投げて被安打8、4失点。初回に5本のヒットを許して4点を奪われたものの、鈴木には明確な意図があった。
「立ち上がりに課題があって、悪いときはいつも四球が絡んで失点します。だから普段は変化球を混ぜるけど、『今日は真っすぐ主体で行きたい』と伝えました。それで初回に打たれた後、キャッチャーのセンテーノから『真っすぐを攻撃的に使うリードの方がお前は活きるな』と言われて、確かにそうだと思いましたね。それで2回以降は抑えることができました。それにチームも勝つことができたし、いい試合になりましたね」
寒い日本にいたらできなかった体験を、常夏のプエルトリコで毎日積み重ねた。同国のウインターリーグはカリブ海諸国ナンバーワンを決めるカリビアン・シリーズへの出場権を争う大会で、各チームがシビアに戦っている。MLBのトップ戦線で生き抜く者や、契約を勝ち取ろうとするハングリーな若手と肌を合わせ、英語で直接話し、感じたことが無数にある。
「プロ入り6年目、僕は先発として上のローテーション争いを勝負していかないといけない立場です。背水の陣という気持ちでやらないといけない。シーズンオフ、冬の日本にいたらプエルトリコのようにしっかり投げられないし、それ以外でも最高の環境でやれました。一番良かったのは、ずっと中4日で回してもらったことですね。ホント、プエルトリコに来ていいことしかないです。収穫しかないです」
高卒6年目を迎える前、最高の冬をすごした。いざ、勝負のシーズンへ。プロでまだ未勝利の男は、威風堂々と挑んでいく。
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写真・龍フェルケル
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