PLM×JWLが野球の現場で挑んだ新たな試み――アクセラレータプログラムによる実証実験が示した「野球界の可能性」

パ・リーグ インサイト

2026.1.23(金) 15:00

アクセラレータプログラムでは、選手が実際にプレーする現場での実証が行われた。VR機器を用いた測定も、その一つだ。【©JWL】
アクセラレータプログラムでは、選手が実際にプレーする現場での実証が行われた。VR機器を用いた測定も、その一つだ。【©JWL】

昨年12月、パシフィックリーグ・マーケティング(PLM)は、ジャパンウィンターリーグ(JWL)との共同プロジェクトとして、ティーボールイベントを開催した。沖縄県内の子どもたちに、野球を始めるきっかけの場を届ける取り組みだ。会場には多くの笑顔があふれ、野球の楽しさが自然と広がっていった。

一方で、今回の共同プロジェクト責任者であるPLMメディアライツ事業部 副部長の髙木隆氏には、別の思いもあった。

「野球は競技としての価値だけでなく、産業として、もっと広がっていく可能性があると思っています。今後、日本のテック企業が世界を席巻するサービスやプロダクトを展開することもあり得ると考えています。現在、科学的アプローチによるパフォーマンスの最大化は球界の大きなトレンドです。大谷翔平選手も使用するトラジェクトアーク(実際の投手の映像と、球速・回転数・変化量などの詳細データを組み合わせ、本物そっくりな球筋を再現できるマシン)はその一例です。こうしたイノベーションを加速させるためには、チームや選手だけでなく、技術やサービスを持つ人たちが、実際の現場に入って試せる機会が必要だと感じていました」

高い水準でプレーする選手たちが集い、実際に試合が行われているJWLという環境を使って、野球界に寄与する取り組みはできないだろうか。

そうした考えから、スポーツテック、ウェルネス&ヘルスケア、野球関連ビジネスのスタートアップ企業を対象に、実証実験の場を提供する「アクセラレータプログラム」が企画された。

なぜ「アクセラレータプログラム」だったのか

このプログラムの特徴は、野球の現場そのものを「試す場」として開いた点にある。

PLMとJWLが場をつくり、採択されたスタートアップ企業2社が、それぞれのテーマで取り組みを進めていく。今回のアクセラレータプログラムは、そうした枠組みで実施された。

机上での検討や想定ではなく、選手たちが実際にプレーする環境に入って検証を行い、現場で起きた反応を見ながら、選手本人や関係者との対話を重ねていく——そのプロセスが、この取り組みの前提となっていた。

野球の現場を使って、何を試したのか

アクセラレータプログラムでは、選手のコンディションやパフォーマンスに関わる領域をテーマに、複数の取り組みが行われた。

血糖値などの生体データを扱う株式会社SympaFitは、選手の体に装着するセンサー型の機器を用い、24時間にわたって血糖値の変動を測定した。試合中だけでなく、食事や睡眠を含めた日常の変化を継続的に捉えることで、どのタイミングで血糖値がどう変動しているのかを把握していったという。

グルコースセンサーを装着した選手。パッチ式のセンサーで、試合中も睡眠中もリアルタイムでグルコース(血糖値)データを取得する 【©株式会社SympaFit】
グルコースセンサーを装着した選手。パッチ式のセンサーで、試合中も睡眠中もリアルタイムでグルコース(血糖値)データを取得する 【©株式会社SympaFit】

たとえば、就寝中に血糖値が高い状態が続くと、十分な睡眠につながりにくくなり、その影響が翌日のコンディションや試合でのパフォーマンスに表れるケースもある。こうした変動を可視化することで、選手自身が自分の状態を理解し、日々の過ごし方やコンディション調整を考えるための材料として活用していった。

血糖値などの生体データをもとに検証を行った株式会社SympaFit代表の加治佐平氏(左)【©JWL】
血糖値などの生体データをもとに検証を行った株式会社SympaFit代表の加治佐平氏(左)【©JWL】

SympaFit 代表取締役の加治佐平氏は、今回のプログラムについて振り返る。

「科学的アプローチによって選手のパフォーマンスを向上させるJWLにおいて、私たちは心技体の“心”を数値化できないかと、メンタルの可視化に取り組みました。今回は、食事・睡眠に加え、試合前・中のパフォーマンス向上を、血糖値データを見ながらアドバイスしました。印象的だったのは、これまでの経験から自分は冷静に打席に入ったほうがよいと思い込んでいた選手に、アドレナリンを出して打席に立つと、集中力高くアプローチできることが、血糖値データから明らかになったことです。その選手が、追い込まれても粘ってアプローチし、ヒットを打って、ベンチに帰ってきたときに笑顔で感謝の声掛けしてくれたこと、忘れられません」

また、前頭葉の認知負荷を数値化し、脳疲労の可視化に取り組む株式会社ニューラルポートは、VRを用いた短時間の測定によって、試合前後やリフレッシュ時など複数のタイミングで検証を行い、選手ごとの傾向を把握していったという。

「数字」から始まった対話――現場に入ったスタートアップの実感

ニューラルポートCEOの島藤安奈氏は、JWLの現場に入ったことで、数値の「見え方」が想定していたものとは違っていたと振り返る。

「実際に現場で感じたのは、同じ状況で測っていても、選手によって数値の出方が全然違うということでした。試合前後でもそうですし、負荷がかかったときの変化の仕方も、本当に人それぞれなんですよね。同じような数値が出ていたとしても、それがパフォーマンスにどう影響するかは選手によって違っていて、この数値だから良い、悪い、という単純な話ではないと、今回あらためて感じました」

実際の検証では、数値を一律の基準で評価するのではなく、選手ごとの変化や状態を把握するための材料としてデータが使われていた。

「だからこそ、数値そのものを見るというよりも、その選手が今どういう状態にあるのかを考えるための材料として使うことが大事だと思っています。実際に選手の方と話しながら、『このときはどうだったか』『この状態のときは何を感じていたか』というやり取りを重ねていく中で、パフォーマンスを上げるために、次はこうしてみたらどうか、という提案にもつながっていきました」

測定されたデータは、良し悪しを判断するためのものではなく、パフォーマンスを改善していくためのヒントとして活用されていた。

ニューラルポートCEOの島藤安奈氏(右)は測定と対話を重ねながら検証を行った【©JWL】
ニューラルポートCEOの島藤安奈氏(右)は測定と対話を重ねながら検証を行った【©JWL】

発表会で語られたこと、見えてきたもの

アクセラレータプログラムの最終日には、採択されたスタートアップ企業2社による発表の場が設けられた。それぞれが、JWLという環境を使って何を試し、どんな手応えや課題を感じたのかを共有。加えて、今後に向けた展望や、野球やスポーツ業界のみならず一般社会での運用の可能性についても意見が交わされた。

発表の中で印象的だったのは、「何ができたか」よりも、「何がわかったか」「次に何を試したいか」という視点が多く語られていた点だ。実際の野球の現場に入り、選手や関係者と接する中で、想定していなかった反応や、新たな気づきが生まれていたことがうかがえる。

プログラム最終日には、参加したスタートアップ企業による発表会を実施。JWLの現場で得られた気づきや課題が共有された【©JWL】
プログラム最終日には、参加したスタートアップ企業による発表会を実施。JWLの現場で得られた気づきや課題が共有された【©JWL】

野球界にとっての「もうひとつの関わり方」

今回のアクセラレータプログラムは、野球の現場を実証のために活用する取り組みとして、これまでとは異なる関わり方が生まれ得ることを示したと言える。

PLMとJWLが場をつくり、そこにスタートアップ企業が入り、それぞれの視点で実証に取り組む。その過程で生まれた気づきや対話は、選手やチームにとってだけでなく、野球産業全体にとってもヒントになり得るものだった。

PLM、JWLの双方から、今後についても前向きに検討していきたいという声が聞かれた今回のアクセラレータプログラム。次回以降、どのような人や技術がこの場所に集い、野球界にどんな変化をもたらしていくのか。その行方を、引き続き見守っていきたい。

発表後には参加企業と来賓企業との意見交換の場も設けられ、今後の展開や連携の可能性について活発な議論が交わされた【©JWL】
発表後には参加企業と来賓企業との意見交換の場も設けられ、今後の展開や連携の可能性について活発な議論が交わされた【©JWL】

文・岩国誠

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