ひとりの「レジェンド」が集大成の舞台として、「2026WORLD BASEBALL CLASSIC」のバッターボックスを選んだ。オーストラリア代表の主将、ティム・ケネリー。39歳にして4度目のWBC出場となる彼は、今大会を現役最後の大会と位置づけている。NPBにとって欠かせない「武者修行」の場となっているオーストラリアのウインターリーグ(ABL)を中心にキャリアを築き上げ、普段は消防士として活躍する男が、その野球人生のすべてを懸けて最後の戦いに挑む。
NPBの若武者たちが挑む豪州リーグのレジェンド
シーズンオフ、飛躍のきっかけを求めて数多くのNPBの若手が海を渡りABLで武者修行に取り組む。ケネリー選手が所属するパース・ヒートには、東北楽天の早川隆久投手(2023年)や黒川史陽選手(2024年)が派遣され、飛躍に繋げてきた。他にも千葉ロッテ寺地隆成選手や山本大斗選手、福岡ソフトバンクの秋広優人選手(派遣当時は読売ジャイアンツ所属)などが球団の期待を背にオーストラリアの地で経験を積んでいる。
そんな「NPB若手たちの研さんの場」であるABLで、ケネリー選手はリーグを象徴する選手であり、そして圧倒的な実績を誇る。長らくリーグトップクラスの数字を維持し、ABL通算試合数(465試合)、安打数(520本)、本塁打数(65本)、打点(259打点)で歴代1位、幾度ものリーグ制覇を経験。個人としてもリーグ最優秀選手賞を複数回受賞してきたまさに「レジェンド」だ。
同じく代表で前回大会の準々決勝のキューバ戦でホームランを放ち、今大会でも主軸を担うリクソン・ウィングローブ選手も「ケネリー選手はオーストラリア代表の象徴であり、子どもの頃から彼のように上手くなりたいと願って見ていた憧れの選手です。チームの誰もそのように思っています」と語る。

退屈を嫌った両親が授けた野球人生
そんなケネリー選手の野球の原点は、意外なところにある。オーストラリアで絶大な人気を誇るクリケットではなく、野球を選んだのは両親の意向だった。
「最初はティーボールで野球を始めました。球を打つ競技ということではクリケットがオーストラリアでは人気ですが、両親がクリケットは時間が長すぎて退屈だと思ったようで、一日中座って試合を眺めていたくなかったようです。それで1、2時間で終わる野球のティーボールに入れられました」と、彼は笑いながら振り返る。
2009年からナショナルチームに入り、プレミア12やWBCなどで、長年代表の看板を背負い続けてきたケネリー選手にとって、キャプテンという役割は格別なものだ。「2018年に監督に打診されたときは、非常に特別な気分でした。代表でプレーすること自体が特別ですが、主将として率いることは私にとって非常に大切なことです」と、強い誇りを口にする。
多くの国際大会を経験してきたケネリー選手が「最も特別な瞬間」として挙げるのは、やはりWBCでの戦いだ。「大谷(翔平)や山本(由伸)といった世界最高の選手たちと対戦できることが醍醐味です」と語る。世界一の舞台で世界最高峰と対峙することが、39歳まで現役を続ける大きなモチベーションとなってきた。前回大会の韓国に勝利をおさめた試合を「チームにとって最大の勝利で、そのおかげでベスト8まで進出できました」と語った。
消防士として培った「真の勇気」とプレッシャーへの答え
ケネリー選手の強さの裏には、野球選手とは別の「顔」がある。実は10年以上のキャリアを持つ現役の消防士なのだ。
「消防士の仕事から学んだのは、プレッシャーの捉え方です。野球にもプレッシャーはありますが、それは自分自身でかけているものに過ぎないでしょう。火事の現場に入っていく時、そこにあるのは生き残るための本当のプレッシャーです。それに比べれば、ここはただの野球の試合。プレッシャーはずっと小さいです」と本業をしているからこそ、野球に生かせることがあると話す。
命の危険が伴う現場に比べれば、5万人の観衆も、世界最高峰の選手たちとの対決さえも、純粋に楽しむべきものへ考える。「WBCのような舞台に立って緊張しないなら、野球をやるべきではないです。でも大事なのはその緊張をポジティブなエネルギーとして使うだと思います」と語る。

背中で示し、若手に「恐れぬ心」を繋ぐ「主将の流儀」
2013年、初めてWBCの舞台に立ったケネリー選手は、まだ一人の若手に過ぎなかった。「当時は環境に慣れるのに必死で、ベテラン選手から多くを学びながら、ただフィールドに出て野球を楽しんでいました。最高な時間でしたね」と彼は懐かしそうに振り返る。その時、先輩選手たちの背中から学んだのは技術だけではない。それは、「若手がのびのびとプレーできる環境を、上が作る」という代表チームの伝統だった。2018年からキャプテンの重責を担うケネリー選手には、揺るぎない信条がある。それは「背中で示すこと」だ。
「私がフィールドで誰よりも懸命にプレーし、正しい振る舞いをしてリードします。それが若手にとっての指針になります。大切なのは、彼らが自分らしくいられるようリラックスさせてあげることなんです」
かつて自分が先輩たちにしてもらったように、自分が若手の見本となりやるべきことをやる。その覚悟が、チームに安心感をもたらしている。
主軸を担うウィングローブ選手も「今大会のチームオーストラリアはグラウンド以外でも非常に雰囲気が良いです。誰も疎外感を感じないように全員で気配りをし、ベテランと若手が実に見事に融合してます」とケネリー選手を中心としたチーム作りに自信を覗かせる。そんなケネリー選手が、次世代を担う若手やオーストラリアの子どもたちに、伝えたい言葉がある。それが、「恐れずにプレーしろ」というシンプルなメッセージだ。
「ただフィールドへ向かい、楽しみ、決して怖がらないでほしいです。そこで何か特別なことができれば、それは一生消えない特別な思い出になると思いますから」
かつての若者としてケネリー選手が受け取ったバトンは、今、強さと優しさを備えた「主将の流儀」として、次世代の心へと紡がれている。

「第二の故郷」府中、そして家族と共に歩むラストダンス
ケネリー選手にとって、日本、そして事前キャンプ地である東京都府中市は特別な場所だ。府中市は、東京2020オリンピック・パラリンピックに向けてオーストラリアのホストタウンに登録されて以来、オーストラリア代表と交流を続ける。
「府中からの愛とサポートを感じています。私たちにとってここは、いわば『第二の故郷』です。WBCで戦う時、私たちはオーストラリアのためだけにプレーするのではなく、府中のためにもプレーします」と、感謝を惜しまない。

東京ドームには、ケネリー選手の長女フローレンスちゃんと、長男も駆けつける予定だ。フローレンスちゃんといえば、2023年の前回大会(当時3歳)で見せた懸命な応援が、日本のファンの心を鷲掴みにしたことは記憶に新しい。東京ドームのスタンドに響き渡った「レッツゴー、ジョージ!」という可愛らしくも力強い掛け声は、SNSで拡散され、トレンド入りを果たすほどの反響を呼んだ。彼女の「レッツゴー!」という呼びかけに大人たちが続く応援スタイルは、大会の「名物」となり、彼女はオーストラリア代表の“小さな応援団長”として一躍人気者となった。
「前回はまだ彼女も幼かったのですが、今は息子も野球をやっています。東京ドームの5万人の前で父親がプレーする姿を見せられることは、彼らにとっても特別な思い出になるはずです」と、父親としての柔らかな表情を見せる。6歳になった彼女について、「3歳の時も大きな声だったが、今はさらに大きな声が出るでしょうね」と語る言葉からは、再びドームを沸かせる“応援団長”への期待と、家族と共に戦うラストダンスへの決意が滲み出ていた。
再び世界の高みへ、悲願の準決勝進出を誓う
前回大会、韓国を破り史上最高のベスト8入りを果たしたが、準々決勝でキューバに4対3で惜敗した。あと一歩でマイアミ行きのチケットを逃した悔しさが、今の彼を突き動かしている。
「本当に悔しい結果でした。マイアミ行きの飛行機に乗って、準決勝でアメリカと対戦したかったです。でもあの悔しさが『次こそはもう一歩先へ、準決勝へ』という火を灯してくれました。今回のチームはスーパースターがいるわけではないですが、過去の大会と比べても投手陣も野手陣もが揃っており、全員が役割を果たし、戦っていきます」 とチームとして強い自信を持つ。
大会後にはコーチとして野球に携わりたいという展望も持っているが、今はただ、愛する仲間たちと最後の一振りに魂を込める。
「できるだけ多くの日本のサポーターに応援してほしいです。それがパフォーマンスを後押ししてくれます」
オーストラリア野球の象徴として、その背中が指し示す先は、まだ見ぬ世界の頂だ。
文:竹林慎太朗
