千葉の誇り・福浦和也。マリーンズ一筋26年、数々の名場面を振り返る(後編)

パ・リーグ インサイト 望月遼太

2019.9.23(月) 08:30

千葉ロッテマリーンズ・福浦和也選手(C)パーソル パ・リーグTV
千葉ロッテマリーンズ・福浦和也選手(C)パーソル パ・リーグTV

 9月23日、千葉ロッテ・福浦和也選手の引退セレモニーが開催される。地元・千葉県出身、千葉県の高校からマリーンズに入団して以降、一度も移籍を経験することなく野球人生を送ってきた、いわゆる再狭義のフランチャイズプレイヤーだ。球団史上最多の2234試合に出場し、生え抜きとしては球団3人目の2000本安打も達成。2005年と2010年の日本一にも主力として大きく貢献した、まさしく球団史に残る偉大な選手の一人だ。

 今回は、そんな福浦選手の功績をたたえて、千葉ロッテ一筋26年の現役生活を送った福浦選手が長い現役生活を通じて見せてくれた名場面の数々を、あらためて振り返っていきたい。2010年までの活躍を紹介した前編に引き続いて、今回の記事では2011年以降に生まれた名シーンを紹介していきたい。

※前編(2010年以前)はこちら

延長11回に球団最多、通算12本目のサヨナラ打(2014年9月9日)

 シーズン終盤を迎え、敗戦すれば最下位に転落する可能性もある中で迎えた一戦。試合は千葉ロッテ・涌井秀章投手が8回無失点という素晴らしい投球を見せ、マリーンズが1点リードを保ったまま9回表に。しかし、守護神の西野勇士投手が当時ルーキーだった森友哉選手に逆転2ランを浴びるまさかの展開に。一転して追い詰められた9回裏、今度は今江敏晃選手が埼玉西武のクローザー・高橋朋己投手から起死回生の同点ソロを放ち、試合はそのまま延長戦に突入していく。

 そして迎えた11回裏、千葉ロッテは増田達至投手から1死1,2塁と一打サヨナラのチャンスを作る。ここで伊東勤監督は代打として、この時点で球団記録となる11度のサヨナラ打を記録していた福浦選手を送り込む。球団史上最高の“サヨナラ男”が放った打球は前進守備を敷いていた外野の頭上を鮮やかに越え、試合を決める適時二塁打に。チームの最下位転落の危機を救うとともに、サヨナラ打の球団最多記録も12回へと更新してみせた。

5年ぶりの1試合2本塁打(2015年4月9日)

 2003年には年間21本塁打を放ち、通算でも118本塁打を記録するなど、本塁打の出にくかった千葉マリンスタジアムを本拠地としながら全盛期にはパンチ力も発揮していた福浦選手。しかし、年齢を重ねるとともに長打力は減少していき、2012年から2014年までの3年間では本塁打を1本も記録できていなかった。だからこそ、2015年の開幕から間もない時期に見せた一戦での活躍は、長年福浦選手を追いかけてきたファンの印象にもとりわけ強く残るものとなった。

 4月9日の試合でシーズン初となるスタメン出場を果たした福浦選手は、2回にオリックスの先発・東明大貴投手から2011年5月8日以来となる本塁打を放つ。「ホームランは4年ぶりかぁ~。忘れかけていた感触。次はセンター前を狙っていきますよ」という談話を残したが、2点ビハインドで迎えた7回にも力強い引っ張りを見せ、ライトポールを直撃する同点2ランを記録。福浦選手にとって、1試合2本塁打は実に5年ぶりの出来事だった。

 この試合2度目のホームラン談話では「完璧? 少し詰まっているんですけど、詰まった分切れなかったのかな。今季初スタメンでこの結果はヤバイです。怖いですね。次はセンター前を狙っていきますよ」と、基本となるセンター返しの意識を繰り返し語っていた福浦選手。結果的にこの年記録した本塁打は2本のみだったが、シーズン打率.272、47安打と随所でベテランらしい活躍を見せた。通算安打も1,912本まで伸ばし、いよいよ2000本安打の大台がはっきりと視界に入ってくるシーズンとした。

「七夕の悲劇」から19年後、神戸の地で決勝犠飛(2017年7月7日)

 1998年7月7日。当時16連敗と悪夢の大型連敗を続けていた千葉ロッテは、グリーンスタジアム神戸(当時)でオリックス・ブルーウェーブと対戦した。試合は福浦選手の先制犠飛などで打線が3点を奪い、投げては「魂のエース」と呼ばれた黒木知宏氏が8回まで1失点と好投。黒木氏は9回裏もマウンドに上がり、2死1塁、2ストライクと、長く続いた連敗から脱出するまであと1球という状況までこぎ着けた。

 しかし、黒木氏が投じた渾身の直球はオリックスの助っ人、ハービー・プリアム氏にはじき返され、まさかの同点2ランに。連敗脱出目前で奈落の底に突き落とされた黒木氏はそのままマウンドにうずくまり、立ち上がることができなかった。その後、千葉ロッテは延長12回にサヨナラ満塁弾を喫し、連敗はさらに伸びた。プロ野球史上最長の18連敗を喫した期間を象徴するかのような、「七夕の悲劇」と呼ばれるこの日の敗戦は、当時を知る千葉ロッテファンの胸に今も深く刻まれている。

 それから19年。2017年の七夕に、当時の舞台だったほっともっとフィールド神戸で千葉ロッテとオリックスの試合が開催された。同点で迎えた9回表、19年前の試合でも犠飛を記録していた福浦選手が、平野佳寿投手から値千金の決勝犠飛を放った。最終スコアは3対1。奇しくも、19年前の試合で黒木氏が9回裏を抑えていればそうなっていたはずのスコアと全く同じものだった。19年前の敗戦を知るチーム唯一の選手となっていた福浦選手の一打によって、マリーンズが長い時を経て“リベンジ”を果たした。

球団史上最多の2162試合出場を達成(2018年4月10日)

 2017年まで千葉ロッテマリーンズの史上最多出場記録を持っていたのは、1955年から1971年までの17年間に渡ってオリオンズの主力打者として活躍し、通算2314本の安打を放った天才打者・榎本喜八氏だった。同じ高卒の一塁手で、左投げ左打ちのアベレージヒッター。球団にとっては新旧のレジェンドである榎本選手と福浦選手の共通点は、不思議と多くなっている。

 そして、福浦選手が偉大な先人が打ち立てた記録の一つを破る日がやってきた。試合前の時点で榎本氏が持つ出場試合数の球団最多記録に並んでいた福浦選手は、2018年4月10日の試合で「7番・指名打者」として出場。この試合で福浦選手は5回に四球を選ぶと、7回には左翼線に追加点の口火を切る二塁打を放ち、節目の試合でチームの勝利に貢献してみせた。

 福浦選手は記録に際し、「記録よりも開幕から連勝を続けていたライオンズに勝てたことが嬉しかったです。これからもチームの勝利のために、ひとつひとつ積み重ねていきたいです。」とコメントし、フォア・ザ・チームの精神をあらためて口にしていた。この時点で通算安打数は1,968‬本。大記録達成に向けて、着実にその歩みを進めつつあった。

通算2000本安打達成(2018年9月22日)

 福浦選手は1997年の一軍デビュー以降、10年以上にわたって主力としてコンスタントに安打を放ち続けてきた。33歳で迎えた2009年5月2日には1428試合の出場で通算1500安打に到達したが、2012年以降は相次ぐ故障の影響もあって出場機会が減少。2012年から2017年までの6年間では年平均で33本と、安打のペースも伸び悩んでいった。それでも、福浦選手は満身創痍の状態ながら1本ずつヒットを積み重ねていき、42歳で迎えた2018年には残り38本と、大記録を射程圏内に捉えた状況でシーズンに臨んでいた。

 3月は2試合で2安打、4月は22試合で11安打と春先は順調に記録達成に向けて進んでいたが、5月と6月はそれぞれ1安打ずつと大ブレーキ。約3カ月を残した時点で23安打と、過去数年のペースを考えると年内の達成には黄色信号が灯っていた。だが、福浦選手は7月に16試合で10安打、打率.333と見事に復活。8月にも5安打を放っていよいよ残り1桁に迫ると、残り4安打という状況で、9月15日からの本拠地・ZOZOマリンスタジアムでの8連戦を迎えた。

 地元・千葉での達成を多くの人が願う中、福浦選手は最初の4試合でわずか1安打と苦戦を強いられる。しかし、19日と21日に2試合連続で安打を放ち、いよいよ残り1本という状況で22日の試合を迎えた。3打席で無安打1四球と安打が出ないまま迎えた8回の第4打席、福浦選手が放った打球がライトの右、フェアゾーンに落ちると、記録達成の瞬間を一目見ようとスタジアムに詰めかけたファンの歓喜が爆発した。記念すべき通算2000本安打を達成する一打は、自身の代名詞ともいえる、鮮やかな二塁打だった。

 42歳9カ月での達成は、和田一浩氏(元埼玉西武・中日)の42歳11カ月に次ぐ史上2番目の年長記録。達成までに要した2234という試合数も、歴代3位の多さだ。1993年のドラフトで12球団最後の選手として指名されてから25年、1500安打を達成してから9年。ケガとの戦いを乗り越え、苦しみ抜いて金字塔にたどり着いた生え抜きの大ベテランの偉業を、本拠地のファンは誰よりも大きな歓声と、万雷の拍手で称えていた。



 19年前の悲劇にリベンジする一打、鮮やかに捉えた1試合2本塁打、そして多くの人が待ち望んだ2000本安打達成と、30代後半から40代と大ベテランの域に達し、コンディションも万全でない中でも印象的なシーンを生み出してきた福浦選手。球団史に名を残す偉大な巧打者は惜しまれながら今季限りでバットを置くが、その卓越したバットコントロールと抜群の勝負強さが生み出した数々の名場面は、今後も決して色あせることはないだろう。

※前編(2010年以前)はこちら

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パ・リーグ インサイト 望月遼太

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