2023年に行われたWBC1次ラウンドのチェコ戦の際、チェコ代表チームと侍ジャパンの選手間の交流が生まれたことは記憶に新しいだろう。この試合内外の交流がきっかけで、千葉ロッテマリーンズにて、日本野球とチェコ野球をつなぐ「マリーンズ-チェコ ベースボールブリッジプログラム supported by パナソニック 空質空調社」が始まったことはご存知だろうか。
プログラムのはじまりは、この試合をテレビで見守っていたマリーンズの法人営業部・松本明さんだ。“選手同士の小さな国際交流が大きな話題になったのを、一過性のことにしたくない。このチェコとの縁を、中長期的な交流の取り組みにできないか”と思い立った松本さんは、試合翌週の月曜日に、連携の打診をするためにチェコ大使館内のチェコセンター東京を訪問した。その後、日本・チェコ両国の関係者間の協議を重ね、チェコでの野球振興とスポーツを基軸とした文化交流プログラムが発足。野球がつないだ縁が、海をまたぐ架け橋となってほしいという思いを込めて、「BRIDGE」と名づけられた。チェコの首都・プラハを象徴する中世の橋・カレル橋を意識したネーミングでもある。

プログラムの一環として、昨年は「チェコ ベースボール デー」や、チェコ代表選手による始球式など、さまざまなイベントが実施されてきたが、なかでも大きな取り組みが「コーチングインターンシップ」。取り組み2年目となる今季、二軍春季キャンプで行われたインターンに参加したのが、チェコ共和国代表チームで投手コーチを務めるジョン・ハッセーさんだ。
今回は、ハッセーさんに、指導者としての在り方を聞いた。
自ら志願してコーチングインターンシップに参加
2022年より、チェコ代表の投手コーチを務めるハッセーさんは、自ら志願して今回のプログラムに参加したという。
「このプログラムが導入された最初の年にあたる昨年は、チェコ代表の打撃コーチであるアレックス・ダーハクが参加しました。彼は、私と同じクラブチームでコーチをしているので、帰国後に日本での経験がどれだけ有益だったかを熱心に話してくれたんです。そこで、“次は私が行きたいです”とチェコ代表監督にすぐ伝えました。参加が決まった時は、すごく嬉しかったです」
オーストラリアをはじめとして、アメリカやチェコなどさまざまな国の野球文化に触れてきたハッセーさん。同僚の話を聞いたことで沸き上がった“日本の野球文化も自分の肌で感じてみたい”という熱意が代表監督に伝わり、参加が決定した。
コーチとして大事にしている2つのコト

オーストラリアで生まれ育ったハッセーさんが、ゆかりのないチェコに拠点を移すこととなったきっかけは「野球で世界を旅したい」という想いだった。
「17歳のとき、サンディエゴ・パドレスと契約して、2012年からはオーストラリアでプレーしました。その後、“野球で世界を少し旅してみよう”と思い立って、ヨーロッパで野球をすることに決めたんです。当初はチェコで1年、フランスで1年、ドイツで1年プレーすることが目標だったけれど、チェコで今の妻と出会い、そこからはずっとチェコで野球に携わっています」
結果として、野球をしながら旅をするプランは実現しなかったが、ハッセーさんは「今は、チェコ代表チームでのコーチ業こそが僕の進む道だと思っています」と胸を張る。そう思えるようになった背景には、チェコの若手投手がプロ契約に至るまでの練習をサポートした経験があった。
「クラブチームのコーチとして、若手投手2人がアメリカでプロ契約するまでの過程をサポートする機会がありました。私はこの経験を経て、自分がプレーするよりもコーチをする方が充実しているなと感じるようになったんです。ちょうどその時期に、チェコ代表コーチに就任するチャンスをいただいたので、オファーを受けました」
「振り返ってみても、最高の決断をしたと感じます」と充実した表情で当時を回顧するハッセーさん。このオファーをきっかけに、代表コーチとしてのキャリアがスタートし、オーストラリアやチェコなど、多くの国で経験を積んだハッセーさんが、選手の指導にあたるなかで、大事にしていることが2つあるという。
「まずは豊富な知識を持つことです。人それぞれ体の動きや投げ方が違いますし、さまざまなトレーニング方法が存在するなかで、選手から『なぜそのトレーニングをする必要があるのか』と問われた時に、しっかりと答えられるようにしなければなりません。選手が正しい方向に進む正確な手助けができるように、コーチングやピッチングなど幅広い知識を持つことを大事にしています」
続けて、「選手、コーチと良好な関係を築くこと」を挙げたハッセーさん。選手とコーチがフラットな関係を構築することで、双方向のコミュニケーションが可能になり、選手のパフォーマンスの向上にもつながるといい、「マリーンズでは、それが実現できていると感じました。トモ(大家友和二軍チーフ投手コーチ)、タカ(大隣憲司二軍投手コーチ)、マサ(南昌輝育成投手コーチ兼二軍投手コーチ)が、コーチ同士で良い関係を築いているので、それが選手たちにとっても居心地が良く、何でも聞きやすい環境をつくることにつながっていると思います」と千葉ロッテのコーチ陣を高く評価した。
何事も、否定せずに一度受け入れることが大切

世界的にも、データの活用が重要視されるなど、最新のトレーニング方法が増え続けている昨今の野球界を、コーチの視点からどう見ているのだろうか。
「バイオメカニクスをはじめとして、さまざまな新しいアイデアを受け入れるオープンな姿勢はとても重要です」と前置きしたうえで、「ただ、『これは違う』と判断する力も必要です」とハッセーさん。
「これからの時代は、もっといろいろなトレーニング方法が増えてくると思うので、まずは我々コーチ陣が、あらゆる知識と判断力を身につけておく必要があると思います」と話し、それぞれの選手に効果的なものを見極めるためには、コーチが、選手以上の知識を持つことが重要であるとともに、取捨選択する力が求められると説いた。
最後に、チェコと日本を結ぶ、このプログラムのこれからに期待することを聞いた。
「このプログラムで、今回は私が日本に来ましたが、マリーンズのコーチがチェコに来てくれることを期待しています。私が今回、日本で多くのことを学んだように、マリーンズのコーチがチェコに行って、チェコのコーチや選手とともに過ごすことで、今回とはまた少し違った良いものになると感じています。お互いにとって間違いなく有益なものになると思いますし、それが国際交流の次のステップになると思います」
インタビュー・髙木隆、竹林慎太朗
文・後藤万結子