梅雨が明けて、プロ野球は折り返し地点を迎えようとしている。埼玉西武の一人旅となりそうな様相を見せた序盤戦から一転、パ・リーグのペナントレースは予断を許さない状況が続く。今季に駆けた道すがら、獅子は長所だけではなく短所も露呈した。立て直しが必要な状況にあって、チームの黄金期を知る指揮官の戦いもまた、佳境へと突入する。だが、その胸の内は焦燥以上の期待に占められているようだ。生みの苦しみは、一層のレベルアップを図る上で必要な要素なのだと、百戦錬磨の経験が告げている。
経験不足を補うためには継続的な成長が不可欠
パ・リーグ首位を行く埼玉西武の勢いに陰りが見え始めている。
リーグ屈指の打率と盗塁数で高い得点能力を誇った埼玉西武は、開幕から5月上旬までリーグを独走。得点力の高い打線に投手陣が支えられ、投打が見事にかみ合っていたが、交流戦前の5月25日からの対北海道日本ハム3連敗を境に勢いが衰えた印象だ。
試合終盤に同点、あるいはひっくり返される試合が増え、接戦で終盤を迎えると脆さを露呈する試合が散見されるようになったからである。
その北海道日本ハムとの3連戦はエースの菊池雄星投手が左肩の機能低下によって抹消中したこともあってカードの初戦を落とすと、2戦目は多和田真三郎投手が6回3失点とゲームは作りながら、延長10回に勝ち越された。翌日は6点を先行しながら、先発の榎田大樹投手が4回5失点で降板。前倒し継投で逃げ切りを図ったが8回に同点に追いつかれ、9回から増田達至投手が前日に引き続いて2イニングに登板したものの、延長10回に勝ち越しを許して敗戦投手となった。
終盤3イニングを担当していた武隈祥太投手、ワグナー投手、増田投手が極度の不振に陥った。交流戦中に武隈投手とワグナー投手は抹消。リーグ戦再開後に増田投手を配置転換し、先発として5勝を挙げていたカスティーヨ投手をクローザーに据えるなど、試行錯誤は続いている。
このまま埼玉西武は失速してしまうのか。投打の歯車が狂ったチーム状況には不安がよぎるが、辻監督は「こういう時にこそチームは生まれ変わるもの」と冷静に語っている。今後の浮沈のカギを握るのは救援陣であることは間違いないが、指揮官にはチームの投手陣に期待するものがあるようだ。
「本来の力ではなかった雄星を5月6日に登録抹消したけど、エースが抜けたことで、野手は打たないといけないと気持ちをひとつにして戦った。また、先発投手では多和田や十亀剣が柱になろうとして頑張ってくれた。エースが抜けたり、救援陣の不調は苦しいけど、こういうときには必ず若い選手にチャンスが来るんですよ。若い力が何かちょっとしたことで自信をつけるいい機会になる」
辻監督はシーズンはじめから完成したチームだとは思っていない。昨季2位に入ったとはいえ、まだまだ発展途上のチーム。たくさんの経験を積むことで強くなっていく。「日本シリーズに何回も出ている福岡ソフトバンクや北海道日本ハムと何が違うって経験」と辻監督は、こう続ける。
「正直に言うと、去年は(優勝ではなく)クライマックスシリーズ進出を目指していました。それで戦いながら2位に照準を変えました。しかし、今年は違う。僕も経験あるから分かるんですけど、首位にいるというのは意外にキツイんです。今年は開幕から首位に立って昨年と違う経験ができているから、選手たちにはこれまでと違った新しい気持ちが芽生えていると思うんです。そういう経験はチームが大きくなるきっかけになると思う」
課題を認め、克服した先にプラスアルファの力が生まれ出る
この1カ月ほどは本当に苦しい戦いだった。交流戦は勝ち越しに成功したとはいえ、圧倒的な力を見せてきた序盤戦とは明らかに違っていた。先にも書いたように救援陣が打ち込まれる試合が続き、投手陣全体の歯車が微妙に狂い始めた。打線も奮起しようとすればするほど空回りした。
だがそれは、首位の座を死守しなければいけないという追われる立場を経験して初めて知ったことでもあった。
それが力になると辻監督は踏んでいる。当然、課題は山積だ。救援陣をどう作り直していくかも含めて、投手陣の再整備が急務なのは間違いない。しかし、その苦境を打開してこそ、チームは新しいステージに向かうことができるのだ。辻監督は言う。
「チーム内の競争なくして絶対に強くならないと思っています。開幕から中継ぎで頑張っていた野田昇吾や武隈がファームに落ちて、若い選手が上がってきた。でも、その投手が打たれてしまって『よっしゃチャンスだ』と下にいる投手が思っていなかったらダメなんですよ。投手陣は、今、すごいチャンスなんです。交流戦の最後に今井達也がチャンスをもらって結果を残した。これもいい影響を与えている。チーム内でいい競争をして相乗効果が生まれて、選手は出てくるものだと思っています」
3年連続Bクラスだったチームが昨季は2位になった。今季は開幕から首位をキープして最高の滑り出しを見せたが、やがてほころびが出て、現在、正念場を迎えている。10年ぶりのリーグ優勝に向けての通るべき試練が今、立ちはだかっているという方向に視点を向ければ、これからやるべきことは明白になるはずだ。辻監督は取材の最後をこう締めた。
「5月に完封負けが5つありました。いい投手が投げてきたら、簡単に点を取ることはできない。これが野球ですよ。そこから投手に負担が多くなったりしたんですが、だからといって、戦い方が変わることはない。投手陣は心配だけど、相手より余分に点を取っていれば勝てるわけだから、そういう野球をしていく。チームのスローガンでもある、次の1点をいかに取り、次の1点をどう守り切るか。2位に落ちることもあるだろうけど、143試合を終えた時に首位にいればいい。これからの様々な経験が選手を強く大きくしてくれると思うんで、不安もありますけど、楽しみですよ」
悩み、苦しみ、重圧もある。それらをはねのけてこそ、10年ぶりの載冠を手にできる。苦しい今の状況はチームが強くなるための通るべき道なのである。
「選手が考えて自分の意思で動くところは変えずにいきたい」。埼玉西武・辻発彦監督が語る(前編)
「チームらしくなってきたけれども、まだまだ発展途上」。埼玉西武・辻発彦監督が語る(中編)
辻監督プロフィール
辻 発彦(つじ はつひこ)/監督
1958年10月24日生まれ。59歳。佐賀県出身。182センチ80キロ。右投右打。
佐賀東高校卒業後に日本通運を経て、1983年にドラフト2位指名を受けて西武へ入団する。二塁手史上最多となる8度のゴールデングラブ賞を獲得するなど名手として鳴らし、リーグ優勝に9度、日本一には6度輝くなど、チームを黄金期に導いた。93年には首位打者(打率.319)、最高出塁率(.395)の打撃タイトルを獲得し、シーズン30盗塁以上も3度記録して、ベストナインには5回選出されている。ヤクルトへ移籍した翌97年も日本一へ貢献。99年限りで現役を引退し、翌2000年からヤクルトと横浜、WBC日本代表でコーチを務めた。07年からの2年間は中日で二軍監督を経験。17年に埼玉西武の監督へ就任すると、チームに守備意識を浸透させてリーグ2位の成績を導いた。
【現役通算成績】1562試合 1462安打 56本塁打 510打点 打率.282 長打率.370 出塁率.352
【監督通算成績】217試合 122勝91敗4引分 勝率.523(7月7日現在)
※文中の「辻」表記は全て一点しんにょう
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