【特別インタビュー】「選手が考えて自分の意思で動くところは変えずにいきたい」。埼玉西武・辻発彦監督が語る(前編)

氏原英明

2018.7.3(火) 06:00

自主性を促してチームの最大化を図る【写真提供:埼玉西武ライオンズ】
自主性を促してチームの最大化を図る【写真提供:埼玉西武ライオンズ】

春先に見せた埼玉西武の快進撃は、今季のパ・リーグ序盤戦におけるトップトピックとなった。元来、選手個々の潜在能力の高さには定評のあったチームだが、主力選手の退団もあり、下馬評は必ずしも芳しいものではなかった。指揮官は、いかにしてチームを引き上げたのだろうか。今季の戦いから勝負の後半戦へ向けた展望、そして、それらの根幹にある指導理念まで。今回のインタビューでは、獅子を率いる辻発彦監督の胸中に迫った。

理想の野球を体現した序盤の戦い

開幕から1カ月の間で積み上げた貯金の数は「14」。現在、リーグ首位を行く埼玉西武ライオンズは開幕ダッシュに成功し、ペナントレースをリードしている。

「4月までの1カ月で14個も貯金ができたというのは異常なくらいで、私としてもびっくりしています。先発投手陣が頑張ってくれていたし、打線もチャンスの時の集中力があって、たくさんの得点を取れた。投打とも素晴らしかったです」

埼玉西武を指揮して2年目になる辻監督は衝撃の1カ月をそう振り返った。戦前の埼玉西武がこれほどの開幕ダッシュをすると予想していた人は、そう多くはいなかっただろう。

野上亮磨投手(巨人)、牧田和久投手(パドレス)、シュリッター投手(ドジャース・マイナー)が活躍の場を求めて移籍した。先発、中継ぎともに頭数の計算が立たない状況での開幕は、苦戦を予想させた。加えて、開幕してからエース・菊池雄星投手の体調面に問題が生じ、スタート時の展望は決して明るくはなかった。

ところが、菊池投手が先発した試合に象徴されるように、投手が苦しいときは打線がカバーした。エースが崩れても、打線が打ち返す。開幕から6月29日の楽天戦まで、菊池投手に敗戦がつかなかったのは得点力の高さによるものだ。

菊池投手が先発する試合だけでなく、なるべく序盤から主導権を握って楽な展開に持っていく。大量得点を取るゲーム運びをすることで投手陣の負荷を軽減する戦い方は、投打のかみ合わせをいい方へと導いた。

やはり、シーズン序盤のチームを支えたのは得点力だ。投手力の不安をカバーするというほどの打線は「出来過ぎなところもある」と選手たちは口にしていたが、ホームランに頼るのではない多彩な攻撃が多くの得点を生んだ。

例えば、打率・出塁率ともにリーグトップを争う1番の秋山翔吾選手が出塁しても、2番の源田壮亮選手は日本特有のスモールベースボールにありがちな犠打をするという決まりきった攻め方をしない。1点を狙う野球をするのではなく、多くの得点を重ねていくスケールの大きい野球を目指している。辻監督は言う。

「こっちの先発と相手の投手を比較して、僅少差になりそうだったら、1回からバントも考えなくちゃいけないだろうし、3、4番の調子次第でも作戦は変わる。でも、今はそういう確実に送る野球をする時代じゃないんじゃないですかね。うちには源田、外崎(修汰)、金子侑司という盗塁ができる選手がいる。彼らが出塁したり、走者を一塁において凡打をしても走者に残ることができれば、盗塁をして送った形にできるわけですから。その強みがあるのは大きい」

選手を信じる力がチームの力に

送りバントが少なく盗塁が多い。今季の埼玉西武はこの特徴が数字に出ている。リーグトップの盗塁数とリーグ最少の犠打数が高い得点力の肝と言えるのだ。無死1塁からでも打って出る。ヒットを打てば好機は広がるし、そうでなくても、盗塁をすれば得点圏に走者を置くことができる。1点を確実に取りにいく野球をするより多彩に攻めることができるのだ。

とはいえ、送りバントをせずに強攻する、あるいは、積極的に盗塁を仕掛けるという戦略には、必ずリスクが伴う。せっかく出塁した走者の盗塁死や併殺打などでチャンスがついえてしまうと、試合そのものの流れを変えてしまいかねないからだ。しかし、埼玉西武の選手たちには迷いがなかった。これには、辻監督が理想とする野球があるからに他ならない。

「サインなしで選手が考えてやるというのが、僕が理想とする野球なんです。選手たちが試合をつくるものだと常々思っています。盗塁に関して言えば、相手のバッテリーによって走れる、走れないがありますけど、その判断は選手がする。それは選手の技術向上のためにしていることでもあるのですが、自主性を持ってやって欲しいんです。自分で盗めたら行く、ダメだったら自重して止まるというのは技術力ですから。こちらが制約したり、アウトになったからといってあれこれ言うと、選手たちの思い切りが出なくなってくる。選手の個性を潰したくない」

リスクを伴う攻撃を恐れずに立ち向かっていけるのは、指揮官が選手の考えを許容しているからだ。意図のある積極的な仕掛けならアウトになっても多くは言わない。そうした環境をつくり出しているから、リスクを恐れない積極的な野球へとつながっている。

「ノーサインのケースで各自が考えて打席に立てているし、凡打になってもどういう意図だったんだという話し合いを監督がしてくれるので、選手の引き出しになっていると思います」

1番の秋山選手がそう口にしていたが、選手の考えを許容する指揮官の環境づくりは、盗塁のみならず、打席でのアプローチや守備時のポジショニングにまで及んでいる。個性をしっかりと生かした上に作戦があるというのが、辻監督の目指す野球であるのだ。

「選手たちは集中してやっているから、試合の中で感じることがある。守備面の話になるけど、投手が投げて、打つ瞬間のバットの出が速いか、遅いかが分かる時がある。それをどう感じるかで守備のスタートは変わってくる。遅いと感じて打球の予測ができたらコーチの指示通りじゃないポジショニングに動いてもいい。自主性を重んじてやってもらいたい」

プロに入ってきた選手たちは、もともと高いポテンシャルを持っている。何かに秀でたものがあるからこそ、ビッグレーが生まれるのだ。それを指揮官が操ったような気になっているチームは、いくつかの試合を勝つことはできても、驚異的な成績を収めることはできないのではないだろうか。

辻監督が選手の個性を信じるということを第一に考え、その環境づくりが積極的な姿勢に現れ、多くの得点を生み出してきたのである。

「開幕をしたころはそれぞれの選手がどういうスタイルなのか、相手チームは分からなかったと思う。試合を積み重ねてきて、傾向がでているだろうし、研究もされているでしょう。野球も変えていかなくてはいけないところはある。でも、根本のところを変えるつもりはない。選手が考えて自分の意思で動くところは変えずにいきたい」

才能のある選手たちがそれぞれに持っている能力を発揮するからこそ、途轍もない力が生まれる。辻野球の根源にある強さとは、選手たち自身でゲームをつくる「個」の存在である。

「チームらしくなってきたけれども、まだまだ発展途上」。埼玉西武・辻発彦監督が語る(中編)
「こういう時にこそチームは生まれ変わるもの」。埼玉西武・辻発彦監督が語る(後編)

名人芸と名高いノックは昔取った杵柄【写真提供:埼玉西武ライオンズ】
名人芸と名高いノックは昔取った杵柄【写真提供:埼玉西武ライオンズ】

辻監督プロフィール

辻 発彦(つじ はつひこ)/監督
1958年10月24日生まれ。59歳。佐賀県出身。182センチ80キロ。右投右打。
佐賀東高校卒業後に日本通運を経て、1983年にドラフト2位指名を受けて西武へ入団する。二塁手史上最多となる8度のゴールデングラブ賞を獲得するなど名手として鳴らし、リーグ優勝に9度、日本一には6度輝くなど、チームを黄金期に導いた。93年には首位打者(打率.319)、最高出塁率(.395)の打撃タイトルを獲得し、シーズン30盗塁以上も3度記録して、ベストナインには5回選出されている。ヤクルトへ移籍した翌97年も日本一へ貢献。99年限りで現役を引退し、翌2000年からヤクルトと横浜、WBC日本代表でコーチを務めた。07年からの2年間は中日で二軍監督を経験。17年に埼玉西武の監督へ就任すると、チームに守備意識を浸透させてリーグ2位の成績を導いた。

【現役通算成績】1562試合 1462安打 56本塁打 510打点 打率.282 長打率.370 出塁率.352
【監督通算成績】215試合 120勝91敗4引分 勝率.569(7月2日現在)


※文中の「辻」表記は全て一点しんにょう

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