【特別インタビュー】「チームらしくなってきたけれども、まだまだ発展途上」。埼玉西武・辻発彦監督が語る(中編)

氏原英明

2018.7.5(木) 06:00

いかに選手の力を引き出すかに注力する【撮影:藤原彬】
いかに選手の力を引き出すかに注力する【撮影:藤原彬】

主力選手の活躍はもちろん、脇役の貢献が光る。強いチームにはありがちな光景だ。現在の埼玉西武も最後にリーグ優勝を果たした2008年のように、ベンチが一体となってチーム力を底上げしている。その流れを生み出しているのは選手個々の成長に他ならないが、陰には指揮官の内助の功があった。勝利と育成の両輪を回す、辻発彦監督の指導におけるポリシーとは。

選手、コーチ時代に得た知見を現在の指導へ生かす

パ・リーグ首位の埼玉西武は、リーグ再開後の6月22日から千葉ロッテとの3連戦に勝ち越し。3戦目の24日にお立ち台へ上がったのは、3戦連続でスタメンに名を連ねた斉藤彰吾選手だった。2本の適時打を放ち、今季初めて勝利の殊勲者となった。

プロ11年目となる斉藤彰選手は一軍では守備固めや代走要員として起用されることが多かった。だが、16年秋に辻発彦監督が就任して以降、斉藤彰選手に限らずこうした形で起用される選手は少なくない。26日のオリックス戦にスタメン出場を果たした木村文紀選手も、捕手併用制が敷かれる中で週3試合のマスクをかぶる岡田雅利選手も、辻監督から抜擢を受ける機会が増えた。

指揮官の起用に応える若い選手の姿は、今の埼玉西武にとっては当たり前の姿になっている。そもそも、辻監督が就任したときに課せられたのは、3年連続Bクラスからの脱却と若手選手の育成だった。

08年の日本一の中核を担った選手がメジャー挑戦やFA移籍し、その数に対して若手の台頭が追いつかなかった。優勝から遠ざかって今年で10年になる埼玉西武にとって、若手の成長こそがチーム再建のカギだった。

とはいえ、勝利と育成を同時に求めてチームづくりをするのは一筋縄ではいかない。勝利を度外視すれば選手は育つかもしれないが、それまでの3年間はファンを失望させてきたのだ。「選手の成長のため」とは言っても応援してくれるファンを蔑ろにするわけにはいかないのだ。

だが、昨季の辻監督はこの2つの仕事をやり遂げた。シーズン最終戦後に語った言葉には指揮官の手応えを感じることができる。

「勝つことが(優先順位の)1番上にないといけないと思うんです。経験するだけでいいよって、いうわけじゃない。選手たちは勝つためにどうしなきゃいけないかを思ってプレーしてくれなきゃ困る。山川(穂高)はシーズン途中から這い上がって来た。自分の成績がダメになったら、代えられる。その危機感の中でプレーをしていた。選手と一緒に戦ってきた充実感はある」

勝ちながらに育てていく――。勝利と育成を上手く天秤にかけながら采配をすることで選手の成長を待っているかのようだ。

辻監督は現役時代に西武で広岡達朗氏、森祇晶氏の指導を受け、移籍したヤクルトでは野村克也氏のもとでコーチ生活もスタートさせた。その後は中日の二軍監督や一軍打撃コーチなどを務め、落合博満氏とチームの栄光を共にしている。

「落合さんも、野村さんも、あまりあれこれと指示を出すタイプではなかったけど、それぞれに違うタイプの監督でしたね」

名監督たちとの時間をそう振り返るが、果たして辻監督とはどんな指導者なのだろうか。

「僕自身はベンチの中では一喜一憂することが多いんですけど、いつも心掛けているのはゲームが終わったら、次に向かうということ。気持ちの切り替えだけは意識しているかな。いま、俗にいう“選手ファースト”というんですかね。今日のことは終わったことだからと、新しい日を迎えたら選手が気持ちよくできるよう準備させる。そのことしか考えていないですね」

自身の現役時代がふさぎ込んでしまうタイプだった。ミスをすれば一晩中引きずってしまう。その姿を表に出すことはしなかったが、自身の経験がより選手のモチベーション第一の指導理念へと向かわせているのかもしれない。

成長の対価として多少の辛抱も厭わない【写真提供:埼玉西武ライオンズ】
成長の対価として多少の辛抱も厭わない【写真提供:埼玉西武ライオンズ】

現役時代のプレーを想起させる忍耐力と起用法

甘いわけではない、温かさとはまた違う意味での情が辻監督の起用法からは見て取れる。

昨季は多くの若手を我慢強く起用した。ルーキーの源田壮亮選手をショートのレギュラーとして1年間使い続け、開幕したころはベンチにいた外崎修汰選手や山川選手をレギュラーとして育てあげた。木村選手や岡田選手らが、いつスタメンに取って代わっていいほどまでの存在に成長したのは辻監督の手腕によるものだろう。

辻監督にはどんな狙いがあって、彼らを起用し続けたのだろうか。

「往生際が悪い性格なのかな。ミスしたり打てなかったりすると、コーチからは交代させればいいじゃないですかと助言されるんだけど、次の1打席で何かをつかむかもしれないと思ってしまうんですよね。2打席ダメだった。あ、代えようかな。でも、3打席目は違うものを見せてくれるかもしれないってね」

これはおそらく中日でファームの監督を務めてきたからなのだろう。人はどこできっかけをつかむかは分からない。そのタイミングを指揮官が奪い取ってはいけないということを考えている。

とはいえ、定位置やレギュラーを与えすぎるのも選手にとってプラスに働かない時もある。安住のポジションが選手から必死さや泥臭さを奪ってしまうからだ。ところが辻監督は、むしろ逆の発想を持っている。「楽をさせることにつながる」のだと続ける。

「替え時は難しいですよね。試合の終盤になったら守備固めの選手と交代させるということを考えるけど、若い選手に限っては先のことを考えるとそこで代えちゃいけないんですよ。アグー(山川選手の愛称)は守備でポロポロするから交代させたくなりますよ。でも、彼の性格からして、ミスをしたときはすごく落ち込むのが分かる。そういうのを乗り越えないと本当のレギュラーになれないんですよ。守りでミスをした。じゃ、今度は打つと。代えちゃったら、彼は楽をしてしまう。さらなる上を目指すのであれば、自分の力で壁を破るということをしないといけない。そう考えているので、我慢して起用できるのかもしれない」

当然、外崎選手や山川選手にはレギュラーを担うほどの期待感があるから起用を続けているというのは間違いない。ただ、だからこそ、逃げ道がないほどに「レギュラー」としての重責を背負わせるのだ。

そして、それは今季になっても続いている。周囲からはレギュラーと認められつつあるなかで、昨季より増長するであろう重圧を乗り越えることで一本立ちできると辻監督は期待しているのだ。

「去年、やっとチームらしくなってきたけれども、まだまだ発展途上。これからも打てなかったり、ミスはするだろうし、エラーが出るかもしれない。その経験が彼たちの成長、プラスになっていってくれればと思う」

勝利を目指しつつ、かといって縛られることはない。現役時代のプレースタイルさながらに、しぶとい起用法が選手を成長させている。

「選手が考えて自分の意思で動くところは変えずにいきたい」。埼玉西武・辻発彦監督が語る(前編)
「こういう時にこそチームは生まれ変わるもの」。埼玉西武・辻発彦監督が語る(後編)

辻監督プロフィール

辻 発彦(つじ はつひこ)/監督
1958年10月24日生まれ。59歳。佐賀県出身。182センチ80キロ。右投右打。
佐賀東高校卒業後に日本通運を経て、1983年にドラフト2位指名を受けて西武へ入団する。二塁手史上最多となる8度のゴールデングラブ賞を獲得するなど名手として鳴らし、リーグ優勝に9度、日本一には6度輝くなど、チームを黄金期に導いた。93年には首位打者(打率.319)、最高出塁率(.395)の打撃タイトルを獲得し、シーズン30盗塁以上も3度記録して、ベストナインには5回選出されている。ヤクルトへ移籍した翌97年も日本一へ貢献。99年限りで現役を引退し、翌2000年からヤクルトと横浜、WBC日本代表でコーチを務めた。07年からの2年間は中日で二軍監督を経験。17年に埼玉西武の監督へ就任すると、チームに守備意識を浸透させてリーグ2位の成績を導いた。

【現役通算成績】1562試合 1462安打 56本塁打 510打点 打率.282 長打率.370 出塁率.352
【監督通算成績】216試合 121勝91敗4引分 勝率.571(7月4日現在)


※文中の「辻」表記は全て一点しんにょう

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氏原英明

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