球団史にその名を刻む大打者へ。栗山巧の“生え抜き2000本安打”が持つ大きな意義とは

2021.8.31(火) 07:00 パ・リーグ インサイト 望月遼太
埼玉西武ライオンズ・栗山巧選手(C)パーソル パ・リーグTV
埼玉西武ライオンズ・栗山巧選手(C)パーソル パ・リーグTV

ライオンズの生え抜きとしては史上初、2000本安打を達成する見通し

 栗山巧選手の通算2000本安打達成の瞬間が、いよいよ間近に迫りつつある。苦しい時期もチームを支え続けた、ライオンズ一筋20年目のチームリーダーが金字塔に到達する瞬間を、多くのファンは今か今かと待ちわびていることだろう。

 栗山選手は2019年に球団史上最多安打の記録を更新したが、それまでの記録保持者だった石毛宏典氏が、ライオンズ在籍時に記録した安打数は1806本。この数字が示す通り、これまでライオンズの生え抜きとして2000本安打を達成した選手は、60年以上の球団史において一人も存在しなかった。

 そういった意味でも、栗山選手が2000本安打を達成すれば、球団全体にとっても非常に大きな価値を持つことになる。単なる節目の記録というだけではなく、埼玉西武という球団を取り巻く近年の流れを加味すると、チーム全体に対しても、好影響をもたらす可能性が少なからずあるためだ。

 今回は、栗山選手がこれまでに残してきた数字や功績を紹介するとともに、チーム内における栗山選手の存在の大きさについて、あらためて記していきたい。(成績は8月29日終了時点)

フォアザチームの姿勢を体現し、主力として3度のリーグ優勝に貢献

 まず、栗山選手がこれまでに記録した各種の成績を見ていこう。

(C)パ・リーグ インサイト
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 栗山選手は育英高校から2001年のドラフト4巡目でライオンズに入団。一軍で台頭を始めたのはプロ4年目の2005年からで、2008年には自身初の規定打席に到達。キャリアハイの打率.317を記録するとともに、当時の同僚である片岡易之氏と同数で最多安打のタイトルに輝き、2番打者としてリーグ優勝と日本一に大きく貢献した。その勢いのまま主力の座へと定着すると、翌年以降も外野の一角を務め、不動のレギュラーとして大活躍を見せていく。

 2008年、2010年、2011年とレギュラー定着からの4年間で3度ベストナインを受賞し、2010年にはゴールデングラブ賞にも輝くなど、走攻守の三拍子が揃ったリーグ屈指の外野手へと成長。2008年以降は9年間で8度にわたって130試合以上に出場するケガへの強さも兼ね備え、常に一定以上の数字が計算できる存在としてチームを支えてきた。

 それに加えて、通算出塁率.369と非常に優れた選球眼を持ち、通算100を超える犠打を記録するなど、フォアザチームの精神を体現する数字も残している。30代中盤に差し掛かった2017年以降はやや成績を落としていたが、2018年と2019年にはともに終盤戦に貴重な働きを見せてリーグ連覇に貢献し、2020年には9年ぶり4度目のベストナイン(指名打者としては初受賞)に選出されるなど、ベテランになってからも存在感を示し続けている。

球団自体が2000本安打達成者と全くの無縁だったわけではないが……

 先述の通り、ライオンズの生え抜きとして2000本安打を達成した選手は、栗山選手が初めてとなる見通しだ。その一方で、ライオンズでキャリアをスタートさせた後に、他球団で2000本安打を達成した選手は、秋山幸二氏、清原和博氏、和田一浩氏、松井稼頭央氏と、合計4名存在している。

 それとは反対に、他球団からの移籍を経て、ライオンズの一員として2000本安打を達成した選手も、江藤慎一氏、土井正博氏、山崎裕之氏と、合計3名存在。このように、ライオンズという球団自体が、2000本安打を記録する選手と全くの無縁だったというわけでは、決してないことも確かだ。

 それにもかかわらず、これまで生え抜きでの2000本安打達成者がいなかった理由としては、FA、米球界挑戦、トレードといった理由で、ライオンズから移籍していく選手が少なくなかったことが挙げられる。NPBで1993年にFA制度が導入されて以降、FAでライオンズから他球団に移籍した野手は下記の通りとなっている。

(C)パ・リーグ インサイト
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 先述した秋山幸二氏は1993年オフの大型トレードで福岡ダイエーに移籍したが、清原氏、和田氏、松井氏に加え、投手として通算200勝を達成している工藤公康氏も、FAで他球団に移籍した後に、名球会入りの瞬間を迎えている。

 それでも、埼玉西武は2018年、2019年のリーグ連覇を含め、2010年からの11年で8度Aクラスに入っている。主力の流出に直面しても新たな戦力が台頭し、チーム力を大きく落とさなかったという伝統はあるが、退団が相次ぐことは、当然ながら球団にとっても痛手となる。

栗山選手と中村選手の残留が、チームのカルチャーを変えつつある?

 そんななかで、栗山選手は2016年にFA権を行使したうえで、その日のうちに残留を発表。「これからも埼玉西武ライオンズでプレーしたいという意思が、今回のFA宣言と残留を決めたことになりました」というコメントを残し、自らの行動をもってチーム愛を示した。

 また、栗山選手と同学年で、同じく2001年のドラフトで埼玉西武に入団した中村剛也選手も、2018年オフにFA権を行使し、即日残留を宣言。栗山選手と中村選手という2名の重鎮が残留を選択したことは、その後の後輩たちの考えにも好影響を与えているかもしれない。

 具体例を挙げると、2019年には十亀剣投手、そして2020年には増田達至投手が、それぞれFA権を行使したうえで残留を選択している。生え抜きとして埼玉西武を支え続ける栗山選手が、間近に迫っている2000本安打の大記録は、ライオンズに残り、生え抜きとして活躍し続ける意義を、これ以上ないほどに示すものにもなるだろう。

近未来の黄金時代形成へ、数々の球団記録を打ち立てたベテランの存在は欠かせない

 栗山選手は幼少期に阪神大震災で被災した経験を持つことから、チャリティー活動にも積極的だ。東日本大震災の被災地支援や、小児がんと闘病する子どもたちへの支援に加え、オフシーズンには少年野球大会の「栗山巧杯」を主催し、野球の裾野拡大に取り組んでいる。そうした活動が認められ、2014年には社会貢献活動に熱心な野球関係者に贈られる「ゴールデンスピリット賞」に、球団史上初めて選出されている。

 また、埼玉西武の公式ホームページに掲載されている、栗山選手の2000本安打達成記念特設サイトの「ONE ROAD」にも、栗山選手の人格を示すエピソードがいくつも紹介されている。グラウンド内外で気配りを見せ、プレーの面でも長年にわたってフォアザチームの意識を体現し続ける栗山選手の懐は、深く、そして広い。

 今季の埼玉西武は8月30日の時点でリーグ5位と、現在はやや苦しい戦いを強いられている。しかし、愛斗選手、岸潤一郎選手、山田遥楓選手といった若手や、呉念庭選手、川越誠司選手といった中堅選手が台頭を見せており、チームの新陳代謝は徐々に進みつつある。

 こうした選手たちが近未来の主力選手に成長し、栗山選手のようにチームを長く支え続けてくれる存在となれば、再びチームは上昇気流へと乗っていけるはずだ。その身をもってチーム愛を示し、数々の球団記録を打ち立ててきた生え抜きのベテランが、チームに対して果たす役割は、これまでも、そしてこれからも、変わらず大きなものであり続けることだろう。

文・望月遼太

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