バットに当たった瞬間からの技術が求められる内野安打
打球が内野に転がった。微妙なタイミングだが……?
セーフ!
決して派手とはいえないが、時として手に汗握ることがある内野安打。インフィールドに閉じられた勝負の世界でもっとも早く一塁にたどり着いた者は果たして誰なのか。
2020年開幕から8月31日までのすべての内野安打について、バットにボールが当たってから一塁ベースに触れるまでのタイムを計測した。そのトップ5を紹介しよう。
先に述べておくと、トップ5はすべてセーフティーバントのシーンだった。バットにボールを当てるときに、すでに一歩目を踏み出す体重移動を始めていることが多いセーフティーバントは、普通にスイングして走り出すよりタイムは短くなる。
しかし、走り出しが早すぎると目線がぶれてしまい、バントを失敗してしまう可能性は高まる。その絶妙なタイミングの中にプロの技術を感じられるプレーでもあるので、走るスピードと併せてぜひ注目してほしい。
好タイムを叩き出した辰己涼介選手(楽天)
まずは5位から。3秒72を記録してランキングに入ってきたのは、プロ2年目の若武者こと楽天イーグルスの辰己涼介選手だ。
辰己選手は、将来は攻守の中軸になり得る外野手として、2018年のドラフト会議で1位指名されて入団。1年目の2019年から124試合に出場した。
立命館大学時代から走攻守いずれもスケールの大きいプレーが持ち味で、新人王の期待も高かったが、打撃面ではプロの壁にぶつかり、2019年は打率.229。今年も打率2割そこそこと伸び悩んでいる。
それでも、試合に出られているのは、すでにリーグ有数と評価されている強肩と、フィールドを縦横無尽に走りつくす守備範囲の広さ、勢いの止まらぬ機関車のような走塁といった魅力的な身体能力に加えて、土壇場になるとものすごいプレーをするのではないかと期待したくなる雰囲気を持っているからではないかと思われる。
5位に入ったセーフティーバントも、地味ながらそのようなプレーのひとつだろう。本来は思い切りの良いスイングを結果につなげて、ヒットや長打をポンポン打てればベストだが、それがかなわぬならバントでもなんでもして塁に出る。しっかりライン際に転がせられれば、俊足がものをいってセーフになる。
明るいキャラクターと豪快なプレーが辰己選手の表の魅力だとしたら、このセーフティーバントによるランクインは、辰己選手の隠れた魅力といっていいだろう。
頭を残したバント+高い走力で好タイムの福田秀平選手(千葉ロッテ)
続いて4位は、福岡ソフトバンクを離れ今季から千葉ロッテでプレーしている福田秀平選手である。そのタイムは3秒71。
福田選手の魅力も辰己選手と同様、やはり身体能力の高さである。4位に入った動画をみても、身長182cmで足の長い体型を生かしたカモシカのような走りに目が惹かれる。
しかし、能力だけではこの内野安打は成立しない。バントをする瞬間に動画を一時停止してみると、下半身は確かに一塁方向への体重移動を始めているものの、バットにボールが当たるギリギリのところまで頭を残している。目線をぶらさないようにしているいるのがわかるだろう。
しっかりと打球を殺して正確にライン際へ転がせているのは、高い技術があってこそ。そこに揺るぎない走力が加わって好タイムとなった。
周東佑京選手(福岡ソフトバンク)の軽やかな走りは異次元
3秒69というタイムで3位に入ったのは、周東佑京選手(福岡ソフトバンク)だ。昨年の『2019世界野球WBSCプレミア12』での活躍以来、「俊足といえばこの人」というイメージがすっかり定着した。
周東選手の特徴は、ずっと脱力しているかのような軽やかな走りっぷりと実際の猛烈なスピードとのギャップにあるだろう。
繰り返しになるが、とにかく走りが軽いのだ!
それはもちろん、手を抜いているということではない。まだまだ発展途上中の内野守備でミスをしたときには、ベンチで涙を流すくらいの熱い男である。本人としては懸命に走っているのだろうが、そう見えないところに周東選手の異次元的な魅力と底しれぬ可能性を感じさせる。
源田壮亮選手(埼玉西武)の決死のプッシュバントが2位に
堂々2位に輝いたのは、走りにおいてはもはやパ・リーグの常連選手として君臨している源田壮亮選手(埼玉西武)だ。
タイムにして3秒68を記録したプレーは、もちろんセーフティーバントのときだが、他のランクイン選手とは少し趣が異なる。源田選手が狙ったのは、ピッチャーとファーストが守っている位置の中間あたりに強めに弾くプッシュバントだった。
もっとも、源田選手にとってみれば、このときは“失敗バント”だったかもしれない。ボールを転がすつもりが少し上がってしまったことで打球が強すぎてしまい、ファーストの安田尚憲選手が思ったよりも早く打球を捕球してしまった。そして、一塁にはセカンドの中村奨吾選手がベースカバーに走ってきている。
この打席は、同点で9回裏を迎えた先頭打者として、「何が何でも出塁したい」という思いで、意表をついて敢行したセーフティーバントである。
「タイミング次第ではアウトになるかもしれない」という反射的な判断が、源田選手にヘッドスライディングをさせたのだろう。そんな必死の走りによって導かれた好タイムであった。
番外編は遅い人? 「たまらん」人?
1位を紹介する前に、番外編としてふたつのトピックを紹介しよう。
まず、このランキングとは真逆の人、内野安打時に一塁到達タイムが一番遅かったのはレアード選手(千葉ロッテ)の5秒17というタイムだった。
打球は引っ張り傾向の強いレアード選手に対するシフトで、がら空きだった一二塁間に転がったもの。想定外のゴロにセカンドの大城滉二選手(オリックス)が大きく回り込んで追いついたものの、さすがに内野安打となった。
また、もうひとつの番外編は、打球が飛んでからゴロを処理した野手の送球が一塁に届く瞬間までのタイムである。
送球の主は、このランキング2位に入った源田選手(埼玉西武)。ショートで何食わぬ顔をして好プレーを連発することで、現在では「源田たまらん」というワードがネット上で連呼されるようになっている。
このときの打球が飛んでから送球が完了するまでのタイムは4秒31。左打ちの俊足選手であれば4秒を切ってくることもよくあるので刺せなかっただろうが、右打者が引っ張った際には五分五分の勝負になることが多いタイムである。
それだけだと、ただの平凡なプレーに思われてしまうが、とんでもない! ダイビングキャッチから素早い送球ができたからこそ、五分五分に持ち込めたものであり、一般的なショートの選手が同じことをできたかどうかは微妙である。そんな高度なプレーを何事もなくこなしてしまうところが源田選手のすごいところであり、多くのファンに“たまらん”といわれるゆえんだ。
1位は再び登場したこの人の完璧過ぎる走り
栄えある1位は、またしてもこの男、3位に入っていた周東選手だった。
それにしても、タイムは2位以下を大きく引き離す3秒50である。もはや、周東選手の俊足ぶりは日本を代表するものであることが、このランキングからもみてとれるだろう。
ここまでに述べてきたように、セーフティーバントは「できるだけ動かないほうがいい」バントの技術と、「できるだけ早く動きたい」スタートのタイミングによるせめぎ合いであり、プロであっても上手くいったときとそうでないときに微妙なタイム差が生じるが、このときの周東選手はすべてにおいて非の打ちどころのない完璧なものだった。
そのため、打球を処理した宇佐見真吾捕手(北海道日本ハム)が、一か八かで一塁に投げたものの、タイミング的にも周東選手の一塁到達の方が先で、しかも悪送球となったために一気に二塁に進塁。2019年リーグ最多勝右腕・有原航平投手から貴重な1点を奪取するきっかけを見事に作り出した。
俊足の周東選手が打席に入れば、相手の内野陣は常にセーフティーバントの警戒をする。それでも、これほどのタイムを出されてしまっては、アウトにするのは難しいだろう。まさにお手上げ。1位にふさわしい魅力的なプレーであった。
新型コロナウィルスの影響により、120試合制による変則日程で開幕した2020年シーズンも、いよいよ後半戦に突入した。
優勝争い、順位争いが白熱してくるにしたがい、より気合の入った内野安打はますます増えていくだろう。これからも、さらなる好タイムが記録されるのを楽しみにしている。
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