外国人選手の枠を超えて親しまれた台湾の星。許銘傑氏が、埼玉西武に帰ってきた

パ・リーグ インサイト 望月遼太

2018.2.22(木) 18:27

彼は12年間にわたってひとつのチームで投げ続け、いつしか「外国人選手」の枠を超えた存在となった。許銘傑氏が、2018年から二軍投手コーチとして古巣・埼玉西武に復帰する。263試合に登板した功労者は、再びチームに貢献するべく意気込んでいる。

西武で過ごした12年間

チャイニーズタイペイ代表としても活躍した許氏は、2000年に来日して西武(現・埼玉西武)に入団。2年目の2001年には11勝(6敗)を挙げて防御率3.47という好成績を収めると、翌年もその右腕でリーグ優勝に貢献し、台湾の星として確かな存在感を示していた。

その後は不振に苦しんだが、先発と中継ぎをこなしながら登板を重ね、12年間にわたって献身的にチームの穴を埋め続けた。お立ち台では流ちょうな日本語も操り、いつしか「外国人選手」の枠を超えた存在になっていく。

とりわけ、登録名を「ミンチェ」に変更して迎えた2011年は再ブレイクの年に。49試合で6勝2敗1セーブ22ホールド、防御率1.98という素晴らしい安定感を見せ、セットアッパーの新境地を開拓する。

その年のオフにFA権を行使した許氏は、翌年からオリックスに活躍の場を移すが、2年で戦力外に。その後は台湾のチームに復帰して2016年まで現役を続け、昨年は母国の球団で投手コーチを務めていた。

「強い西武」を肌で記憶している存在でもある

そんな許氏が二軍投手コーチとして、7年ぶりに埼玉西武へ復帰することが発表された。FAでチームを離れたこともあってか、ファンの気持ちに配慮しながら古巣復帰を喜んだ許氏は、同郷の郭俊麟投手をはじめとした、若手投手陣の底上げを託されることになる。

12年間という長い時間を西武で過ごし、東尾修氏から渡辺久信氏まで、様々な監督の下でプレーを続けてきた許氏。現役時代の戦友でもある西口文也氏、潮崎哲也氏、高木浩之氏らと同様に、「強い埼玉西武」を肌で記憶している存在でもある。

若き日の活躍、長期の不振、中継ぎとしての復活と、酸いも甘いも味わってきた現役時代の経験を糧に、かつての台湾の星は、埼玉西武を導く名コーチとなれるだろうか。

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パ・リーグ インサイト 望月遼太

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