マウンドに立つ岸孝之から受けた感銘「あれだけやれるんだ」
ボールが指先から離れ、しゅーっと音を立てて捕手のミットに吸い込まれる。ばちんと大きな音が鳴り響く。それを聞いて、埼玉西武・今井達也は首をひねった。
「キャッチャーミットからいい音がしているうちは、ダメなんです」
今年のキャンプでは、ピッチングフォームの力感をなくすことが1つのテーマだ。ストレートの最速は153キロを計測するが、「ストレートで空振りが取れない」ことの原因を探るうちに、このテーマに行き着いた。
「ストレートはもともと150キロを超えていて、スピードは出るんですけど空振りが取れなかったんです。岸さん(東北楽天)は140キロ前半のストレートでも空振りが取れる。自分との違いは何だろうと考えるようになりました」
今井にとって岸の存在は目標であり、憧れだ。背番号11を受け継いだだけではなく、身長もほぼ同じ。互いに先発した東北楽天戦(18年6月30日・メットライフ)では「自分と同じ体型の岸さんがあれだけやれるんだ」とマウンドに立つ岸の姿から感銘を受けた。
今井が昨年奪った65三振のうち、ストレートで奪った三振は19。対して、岸は159三振のうちストレートで奪ったものは100を超える。割合にして今井がストレートで三振を奪う確率が3割程度、岸はなんと6割以上なのだ。
「バッターは投手のフォームを見る。腕の振りの力みを見て(どの変化球か)分かるからです。岸さんはどの球種を投げる時も変な力みを感じません。力みのない状態から、ボールが来る」と今井は言う。だからこそ、150キロを超えずともストレートで空振りを取ることができると考えている。
「シュートしたり、ひっかけたりすることなく、回転がきれいな真っ直ぐを投げないといけない。いいボールがいくときのフォームを作る。それを再現する。ブルペンではその繰り返しです」
「岸がスマートでしなやかな球を投げるとすれば、今井はスマートだけど剛腕」
ブルペンでは、もう一つ心掛けていることがある。それはキャッチャーミットの芯からボール1個分上にずらしたポイントに浮き上がるようなストレートを投げることだ。だから、「キャッチャーがいい音で捕れるときはダメ」だと言う。
「きれいな音で捕れるということは、軌道が分かりきっていて、芯で捕れているということ。(キャッチャーとの)慣れももちろんありますが、キャッチャーがいい音で捕ってくれるうちはダメなんです」
今井のボールをプロ入りから何度か捕球してきた上本ブルペン捕手は「初めはなかなか捕れなかった」と振り返る。
「イメージを付けて『この辺りだろう』と思うところに構えるけど差し込まれる。そういう球を投げるやつはいない。彼は特別な投手なんですよ。岸がスマートでしなやかな球を投げるとすれば、今井はスマートだけど剛腕。強さを感じます」
直球への強いこだわりを持ち続け、常に試行錯誤してきた。今シーズンはエース菊池雄星のメジャー移籍もあり、チームにとって先発ローテの再編は急務だ。昨年5勝を挙げた今井にかかる期待もこれまで以上に大きくなっているが、決して浮かれることはない。「自分は結果を求められる。まずは自分のことを」と目の前を見据える。いつかエースと呼ばれるその日まで、にぎやかなブルペンでかすかに聞こえる進化の音を聞き逃さないようにしたい。
(安藤かなみ / Kanami Ando)
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