
3月のWBCに出場する日本代表の全30選手が決定した。4日に「ラストサムライ」として選出されたのが、レッドソックス・吉田正尚外野手。ドジャース・山本由伸投手とともに、オリックスのOBだ。宮城大弥投手、曽谷龍平投手、若月健矢捕手と合わせ、オリックスから「実質5人」を輩出することになった。
23年も山本、宮城、宇田川優希投手、山崎颯一郎投手に加え、メジャー移籍1年目だった吉田正の5人が出場。2大会連続の出場となる宮城は、興南から19年のドラフト1位で入団した。同年の6月に就任したのが福良淳一GM。就任直後、湊通夫球団社長(当時)に打ち明けていた。「時間はかかるかもしれないですけど…」。14年の2位をピークに、18年まで4年連続でBクラス。自身も選手、スカウト、コーチ、監督を経験していた。急場しのぎではない「育成重視」へかじを切ることを決め、湊社長も思いを理解した。
宮城は石川昂(中日)、河野(日本ハム)をくじで外しての1位指名で、高校生投手ではNO1級の評価。宮城自身の能力が高かったこともあり、プロ2年目から1軍に羽ばたいていった。翌20年は佐藤輝(阪神)をくじで外したが、ドラフト1位で福岡大大濠・山下舜平大が入団。けがを乗り越えながら確かな飛躍を続け、今回のWBCでも最終候補メンバーに名を連ねた。
プロ4年目を迎える曽谷も白鴎大から22年のドラフト1位で入団。決め手となったのが「ジェッスラ」だった。同年春のある時、左腕の投球練習を視察。特に右打者へ鋭く曲がるスライダーに見ほれた。「間違いなく勝つ、勝てる投手になる」と指名を即決。曽谷が持っていた謙虚さ、向上心も後の成長につながった。
19年以降のドラフトに目を向ければ、特に社会人の野手は1人だけ。三菱重工Eastから24年のドラフト4位で入団した山中稜真捕手は「特例」的存在といえる。卓越した打撃技術と一塁、外野と対応できる万能性。育成方針は原則として一貫しており、次回以降のWBC出場が期待される太田や紅林も高卒から才能を開花させている。
15年ドラフト1位の吉田正、16年ドラフト4位の山本はともに、ポスティングシステムで大リーグ挑戦。「チームを勝たせること」としっかりとした相互理解があり、球団も快く世界へ送り出した。「オリックスを強くしたい。強いチームでなければいけない」とフロント全体で共有したのが7年前。「オールオリックス」の力も、連続世界一には欠かせない。(野球デスク・長田 亨)