胴上げ投手は、あの元NPB左腕
11月9日、台湾中部、台中市の台中インターコンチネンタル球場で行われた台湾シリーズ第4戦は、ここまで3連勝で台湾王者に王手をかけた後期優勝の中信兄弟が、前期優勝の楽天モンキーズを3対2と1点リードしたまま9回表へ突入した。3対1の8回表、無死1、2塁の場面で登板、四球を出し満塁としたものの、このピンチを1失点で切り抜けたクローザー呂彥青は続投、すると簡単に2アウトをとり、この回3人目の打者、朱育賢も2球で追い込んだ。
「呂~彥~青~、三~振~他~」。週の中日(なかび)にも関わらず、球場の大部分をチームカラーの黄色に染めた中信兄弟ファンが、応援団のリードのもと、「再見三振(サヨナラ三振、三振でのゲームセットの意)」を期待し絶叫する。1ボール2ストライクから、3球ファールで粘った朱育賢だったが、7球目、内角高め147キロの速球にバットは空を切った。
この瞬間、中信兄弟の台湾シリーズ制覇、V2が決定。地鳴りのような大歓声と共に、黄色の紙テープが舞い、中信兄弟の選手たちはマウンド上で歓喜にひたる呂を取り囲み、小躍りしながら喜びを爆発させた。中信兄弟の台湾一は前身の兄弟エレファンツ時代を含め9度目となった。
かつて阪神タイガースでプレー、昨年のドラフト会議で1位指名を受け中信に入団した呂彥青は昨年は先発であったが、今季は本来の抑え、李振昌の一時離脱もあり、強心臓を買われシーズン中盤以降はクローザーに転向。シーズンで20セーブをあげると、このシリーズでも3セーブをマークした。
シリーズに弱いジンクスは過去のものに。林威助監督就任後、リーグ新の8連勝
中信兄弟は、親会社が変わった初年度の2014年から2020年まで、7シーズンで6度シリーズへ進出もいずれも敗れ、涙を飲んできた。3勝1敗と王手をかけてからの逆転負けも2度あり、シリーズでの勝負弱さを揶揄されてきた。しかし、昨季、一軍監督に、二軍監督を3年間つとめた林威助氏が昇格すると、いきなり前期シーズンで優勝、シリーズでは統一セブンイレブンライオンズを4連勝で下し、11年ぶりの台湾王者に輝いた。
今季の前期は、ロケットスタートをきった楽天に及ばず2位に終わったが、後期は、序盤こそ低迷も、中盤から怒涛の猛チャージで最大7ゲーム差を跳ね返して優勝、楽天の前後期連覇を阻止した。今季からプレーオフ(5戦3勝制)が必ず実施されるようになった中、年間成績で、楽天と1ゲーム差の2位となった中信兄弟は、台湾シリーズ進出をかけ、年間3位の味全ドラゴンズとプレーオフで対戦することとなった。
プレーオフでは、ビジターの第2戦を落とし、第3戦も味全の粘りに苦しめられたものの、半期優勝チームに与えられるアドバンテージ1勝に加え、本拠地開催の第1戦、第3戦を勝ちきり、シリーズ進出を決めた。
そして、迎えた台湾シリーズ、中信兄弟にとってモンキーズは、シリーズではこれまで4回対戦し、いずれも敗れた天敵であり、評論家による下馬評は接戦、むしろ楽天有利を予想する人が少なくなかった。しかし、結果は意外にも中信のスイープに終わり、昨年成し遂げられなかった本拠地Vも達成した。台湾シリーズで、同一チームの2年連続4連勝は史上初、また林監督は、監督としてのシリーズ連勝を8に伸ばし、リーグ新記録を樹立した。
林監督が二軍監督時代、常々強調していたのが「基本プレーの大切さ」、「態度」、「チームプレーの重視」といった事柄であった。当時は厳しい指導がクローズアップされがちであったが、一軍では、より選手に自主性をもたせた上で、チームの勝利に対する貢献や自身の成長への意欲、戦う集団としてのプロ意識、競争意識をもたせることでチーム力強化を図った。実際、林監督が二軍監督時代に直接指導し、「1.5軍」と位置づけていた一軍控えの若手や中堅が、主力選手の怪我やコロナによる離脱時にはその穴を十分に埋めた。特に外野陣はレギュラーに定着、後期優勝、シリーズ制覇に大きく貢献した。
一軍監督就任からいきなり連覇を達成したことについて林監督は、「皆からの贈り物だ」として周囲のサポートに感謝、特に、今季から首脳陣に加入した平野恵一打撃兼野手統括コーチの貢献は大きかった、と振り返った。
林監督が試合後にみせた笑顔と涙
人気球団である中信兄弟、熱狂的なファンも多く、一旦成績が低迷すると采配や選手起用、戦術に批判が集まることも多い中、林監督も監督就任以来、グラウンドでは厳しい表情が多かった。優勝決定後、目を細め、歓喜の輪を嬉しそうにみつめる柔和な表情からは、重責から解放された安堵感が垣間見えた。
試合後のセレモニーで、「故郷の台中で、満員のファンの皆さんの前での台湾一、気分は最高だね」と満面の笑顔で語ると、スタンドのファンから大きな歓声が湧き上がった。
しかし、囲み取材では、林監督の母親がプレーオフ直前に交通事故に遭い、台湾シリーズ期間も含め、何度も手術を行うほどの重傷を負っていたという事実を、目をうるませ、言葉につまりながら告白した。幸い手術は成功、ただ、プレーオフ及び台湾シリーズの期間中、病院との往復を余儀なくされる中で、林監督はチームの士気への影響を恐れ、この件を自ら選手に伝えなかったという。
もっとも一部の選手はこの件を知っていたようで、胴上げ投手になった呂彥青は「監督のプレッシャーは自分たちよりはるかに大きかったと思う。シリーズ制覇が監督への一番の贈り物になれば」と語った。林監督自身にも、選手たちのこうした思いは伝わっていたようだ。
シリーズの勝敗を分けたのは、投手陣中心とした守りと得点圏打率
シリーズ4試合は、5対3、4対1、7対2、3対2という結果だった。中信は第1戦先発、14勝で最多勝、奪三振王と今季もチームを支えた左腕のホセ・デポーラ、第2戦先発、外国人最後の1枠で選ばれた右腕のタイラー・ビザ、第3戦先発、今季は規定投球回数未満ながら、8勝、防御率2.32と先発投手陣の軸の一人となった鄭凱文、そして、第4戦先発、今季、シーズン11連勝(1敗)とブレイクを果たし、後期優勝の立役者となった吳哲源の4人が、いずれも7回以上自責点2未満と好投、呂彥青が3セーブをマーク、チーム防御率も2.00と安定していた。エラーも楽天の8に対し、わずか1、リーグを代表するショート江坤宇を中心に好守で投手陣を支えた。
打っても、HR数は楽天の4本に対し、中信は陳子豪の1本にとどまったが、得点圏打率は3割と効率よく得点。HRは全てソロ、打線がつながりを欠き、得点圏打率1割に終わった楽天とは対照的であった。
シリーズMVPには、中信兄弟の岳政華が選ばれた。21歳284日は史上最年少。2019年U18ワールドカップの優勝メンバーで、2019年ドラフト1位の岳政華は、岳三兄弟の三男。三兄弟皆、台湾プロ野球の選手で、長男・東華は中信の内野手をつとめ、このシリーズでも「兄弟」による連続ヒットのシーンがみられた。台湾では千葉ロッテマリーンズの藤原恭大選手似として話題になることもあるが、藤原選手に負けない高い運動能力をもつ選手だ。
林監督から「いい打者に育ててほしい」と依頼を受けた平野コーチの指導を受けた結果、一軍でも好成績を残すようになり、後期シーズンからはスタメンに定着、9月上旬からは1番センターで起用され活躍した。プレーオフ、台湾シリーズでも優れたパフォーマンスでチームを牽引、台湾シリーズでは、4試合全てで1番センターをつとめ、毎試合安打、通算16打数7安打、打率.437の好成績を残した。
勝利チームの優秀選手には、ドミニカ共和国出身の捕手、フランシスコ・ペーニャが選出された。外国人捕手の優秀選手受賞は初の快挙である。後期シーズン優勝の立役者として高い評価を受け、プレーオフ、シリーズでは外国人枠が1枠減る中、引き続き登録された。第3戦での勝利を決定づける2点タイムリーなどバットでの貢献もあったが打撃成績は15打数3安打、それよりも好リードと強肩で投手陣を牽引、グラウンド内の指揮官として活躍したことが高く評価された。
父は母国の英雄、自身もメジャーで5年のキャリアを持ちながら、外国人枠の問題で約3カ月二軍ぐらし。それでも腐ることなく、若手に自身の経験をシェアするなど、真面目で明るいキャラクターでチームに欠かせぬ存在となった。名前のフランシコの音に縁起のいい漢字が充てられ、「福来喜(フーライシー)」で登録されたが、まさにチームに幸福や喜びをもたらす存在となった。
年間1位の楽天は流れつかめず悔し涙。来季は「楽天」初のシリーズ制覇目指す
一方で、年間勝率1位の楽天は、今シリーズでは最後まで流れをつかむことができず、悔しい結果となった。優勝した前期に続き、後期もロケットスタートを切り、前後期連続優勝の場合はシリーズで1勝のアドバンテージを手にできたが、後期中盤から失速、破竹の快進撃をみせた中信兄弟にかわされると、シーズン終盤は投手陣を中心に、けがや疲労によるパフォーマンス低下が見られ、仕切り直しの短期決戦においても、本来のチーム力を取り戻すことができなかった。
曾豪駒監督は目に涙をため、細かいプレーでミスが出たことは来季に向けた修正ポイントだと話した。そして「前期シーズン優勝、年間勝率1位を成し遂げた選手達を誇りに思う。シリーズで勝てなかったことについてはファンの皆さんに対して申し訳ないと思う。この悔しさを来季のモチベーションとしたい」と雪辱を誓った。敗戦チームの優秀選手には、第3戦まで12の6、通算16打数6安打、.打率375と活躍した陳晨威が選ばれた。
一軍参入2年目でプレーオフ進出を果たした味全ドラゴンズ、歯車が噛み合わず低迷した一昨年の王者統一、そして前期は歴史的不振も、後期は復調し3位に入った富邦ガーディアンズと、来季はこれらの3チームも巻き返しを狙ってくるだろう。2024年シーズンからは第6の球団、台鋼ホークスが一軍に参入する。5球団体制最後の来季、各チームの戦いぶりが今から楽しみだ。
次回は、中信兄弟のシリーズ制覇を支えた平野恵一・打撃兼野手統括コーチのインタビューをお届けしよう。お楽しみに。
文・駒田英
写真提供・CPBL
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