国際舞台を戦う上で最も難解なことが「相手の名前と顔、背番号を一致させる」
昨夏の東京五輪で悲願の金メダルを獲得した野球日本代表「侍ジャパン」。稲葉篤紀監督(現北海道日本ハムGM)のもとで日本中に興奮と感動を与えた侍ジャパンの中で、扇の要としてチームを引っ張ったのが福岡ソフトバンクの甲斐拓也捕手だ。ブルペンに電話する「もしもし甲斐です」や、アメリカ戦でのサヨナラ打などは記憶にも新しいが、甲斐がベンチでノートに目を通す姿を覚えている人もいるのではないだろうか。
侍ジャパンの金メダル獲得に、この甲斐がイニング毎に目を通していたノートは大きな役割を果たした。ノートの中身は甲斐本人が全て手書きで書き記したもの。相手打者の名前、背番号、打者としてのタイプ、そしてコース毎の得意、不得意を表したホットゾーンなどなど。1ページにビッシリと相手選手の特徴が書き記してあった。
東京五輪を迎えるにあたって、甲斐は「めちゃくちゃ準備に時間はかけました」という。まず、侍ジャパンが集合する前の段階で、福岡ソフトバンクのチームスコアラーにお願いし、侍ジャパンの投手陣のデータを出してもらった。チームの中には対戦経験の少ないセ・リーグの投手も数多くいる。どんな投手で、どんなボールを操るのか。「データを見て、実際に受けてみて、やっぱりこうだなっていうのが分かりやすい」。まずは仲間となる投手たちの特徴を頭に叩き込んで合宿に臨んだ。
次に備えたのが対戦国の打者の分析だ。普段、対戦する選手はほとんどおらず、情報も少ない中で戦う国際舞台。甲斐は「国際大会で何が大変って、まず相手の名前と顔、背番号を一致させるのが大変なんです。電光掲示板も日本語で書かれていない。『あれ? これ誰だったっけ?』となることもある。韓国だとキムって選手が何人かいたり、外国の人って名前が一緒とかもあるわけじゃないですか。誰か分からないと対策ができない。名前と背番号と打ち方を一致させるのが本当に大変なんです」と、その難しさを挙げる。
周到で綿密な準備は「色々な経験をさせてもらっていたので出来た」
まずは相手の選手の名前と背番号、顔、打ち方などを徹底的に頭に叩き込む。その上で、映像などを見ながら、打者としての特徴を踏まえて対策を練っていく。頭に叩き込んだ情報とデータを一致させるために考えたのが、このお手製のノート。毎日のように空き時間を使って、映像を見ながらこのノートを1枚、1枚、書き記していった。
甲斐が手にしていたノートはバインダータイプのもので、特徴を記したページの順番を入れ替えることができるようになっていた。バインダータイプを選んだのにも、大きな理由がある。「選手1人につき、1ページを使いました。名前と背番号を書いて、ミーティングで聞いたり、自分で映像を見て感じた特徴、ホットゾーンとかを書きました。一度、試合で対戦したら、そこで感じたことっていうのを付け加えていくんですけどね、もう1回対戦する可能性もあるんで。そして、試合前にオーダー表が来たら、打順の順番にページを入れ替えるんです」。
相手の打順に応じてページを並び替えることで、オーダー順に選手の特徴を再確認できるようになる。「打順の順番で並べておくと、すごく分かりやすい。1番はこのページ、2番はこのページ、と。例えば中継ぎで出てくる投手に対しても、その打順の流れをパッと見て、自分の感じたことも書いてあるし、それまでの打席はもちろん覚えているので、それを伝える。1イニングずつ、ベンチに戻ったらそのノートを見て確認していました」。それぞれの打者を迎えると、書いたノートが頭に浮かぶ。危険なコースはどこか。どこに投げればリスクが低いか。「ノートに書いていなかったら、多分ワケ分からなくなっていたと思います」と言うほど、重要な意味があった。
国際舞台での分析、対策の立て方、そしてバインダータイプのノートを作るというアイデアは一朝一夕で思いついたことではない。「これまでに色々な経験をさせてもらっていたので出来た部分もあります。初めてジャパンに入りました、だったら多分出来ていないと思います。今まで色々な経験をさせてもらって、すごく感じることができていましたから」。2017年に初めて侍ジャパンに選ばれ、日米野球やプレミア12など様々な国際大会に出場。その経験の積み重ねがあっての、この東京五輪でのアイデアだった。
(福谷佑介 / Yusuke Fukutani)
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