外野で1軍定着を狙う22歳「最大の敵は自分」
昨季限りで現役を退いた井口資仁新監督を迎え、新たなスタイルで優勝を目指す千葉ロッテ。「走塁改革」をキーポイントとし、1つ先の塁を狙う攻撃的な野球で貪欲に勝利を狙う。開幕戦には21年ぶりに2人のルーキー、菅野剛士外野手と藤岡裕大内野手がスタメンに名を連ねるなど、若手も積極的に起用。そこで今季、Full-Countでは1軍に割って入ろうと奮闘するロッテ若手スターを定期的にご紹介していく。記念すべき第1回は、2013年に育成1位で入団し、翌年には支配下契約を勝ち取った5年目・肘井竜蔵外野手だ。
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千葉ロッテの外野手争いは熾烈を極める。現在1軍にいる荻野貴選手、清田選手、岡田選手、菅野選手に加え、加藤選手、伊志嶺選手、三家選手、ペゲーロ選手、そして故障で離脱中の角中選手。厚い壁を乗り越えて、1軍昇格→定着を狙うのが22歳の肘井選手だ。
「元々、外野にコンバートされた時も争いは熾烈だったので、今に始まったことじゃない。自分がやるべきことをきっちりやっていればチャンスは来ると思います。もちろん周りの選手はライバルなんですけど、最大の敵は自分なんじゃないかなって。
対戦するのは他の野手じゃなくて、相手のピッチャー。自分が相手ピッチャーと対戦して、それを周りが評価してくれる。他の野手が打つか打たないかは気にせず、自分がどうするか。チャンスは自分で掴みにいくものですけど、掴むためにも自分のことをしっかりしようという感覚です」
捕手としてドラフトされたが、出場機会を増やしながら「僕の長所」という打撃を伸ばすために1年目から主に外野手として出場。2016年に外野手登録に変更された。「試合に出てなんぼの世界。育成だったので、とにかく試合に出たい。やっぱりそこが大きかったですね」と振り返る。
育成から1年で支配下登録「周りの皆さんが押し上げてくれた」
高校時代は甲子園出場こそ果たせなかったが、通算46本塁打と強打で鳴らした。少なからずパワーヒッターの自負を持ってプロ入りしたが、ベテラン野手の打撃練習を目の当たりにし、いきなり出鼻をくじかれた。
「育成で入って、もちろん僕が一番ヘタクソだったんですけど、左打者の自分がライトに引っ張った打球よりも、右打者の先輩が流した打球の方が飛んでいたんです。とんでもないところに来たな、と思って(笑)。どう考えても敵うわけないと思いました」
だが、ここで「オヤジ譲りでスーパーポジティブなんです」という性格が発揮される。
「ピッチャーと対戦した時に『あれ? 案外ボールが見えてるな』って。まず、そこに少し手応えがあったんです。その時に僕は一番年下の18歳で、先輩方の中には30歳を越える人もいた。確かにバッティング練習とかすごいし、試合でもバンバン打つんですけど、『自分が30歳を越えた時にああいう風になっていればいいのかな』って思ったんです。この選手たちが18歳の時はどうだったんだろうって。そもそも、僕がカンカン打てていたらドラフト1位で入団してるはず。そう自分の中で考えたら、変な焦りみたいなものが消えました」
1年目の2014年は育成として2軍で60試合に出場し、打率.253を記録。「もう1年育成かな」と思っていたというが、秋季キャンプは1軍に同行。翌春のキャンプでも与えられたチャンスで結果を出し、3月に支配下登録された。「支配下は自分で勝ち取ったというより、スタッフや首脳陣を含めて周りの皆さんが支配下に押し上げてくれるような形で使って下さった」と感謝を忘れない。
2015年に2軍戦で顔面に死球を受けるアクシデントに見舞われたが、ここまで3シーズンで1軍出場は合計30試合。「ユニホームを着ているからには1軍でやりたい」という肘井選手は、「僕の長所はバッティング。そこを磨かないと上(1軍)で勝負できないと思っています」と断言する。今季は「外角球を反対方向へ強く打ち返すこと」、そして三振を減らすため「2ストライクからのアプローチ」に意識を置きながら打席に立つ。
プロ入りを唯一支持した父「3年でクビになったら、その時考えればいい」
今年で5年目。以前は自分に与えられたチャンスは、さらに若手に与えられるようになった。1軍、2軍の区別なくスタートした井口新体制でのキャンプでは、「手応えは多少なりともあったんですけど、自分の中で危機感が生まれました」と明かす。
「このままじゃダメなんだなっていう危機感が生まれました。打つだけじゃ今年は勝負できないんだって。もちろん打ち続ければチャンスはあるけど、そういうわけにもいかない。何かプラスαが必要なんです。
特に今年はチームが走塁重視を掲げているので、やることは明確になっている。1軍、2軍関係なく、1つ先の塁を狙ってアウトになってもいいって言われています。元々、僕は前に前に気持ちが走る方なんですけど、さらに意識は強まりました」
大学進学の話もあり、プロ入りは「9割、いや9割9分の人に反対されました」という。そんな中、プロの世界へ背中を押してくれたのは「オヤジだけです」。「3年でクビになったら、その時考えればいい」と送り出してくれたスーパーポジティブな父。その決断をサポートしてくれた家族のためにも、「今年は1軍に上がって定着するように」と気合いが入る。
名字の珍しさもあるが、キラキラネーム全盛の世代で「肘井竜蔵」という名前は一際目を引く。「渋い名前ですよね。でも僕、自分の名前が大好きなんです。自分に子供が生まれたら、絶対渋い名前にしますね」と屈託なく笑う22歳。1日も早く1軍に昇格、定着し、誇りを持つ名前を全国区に広めたい。
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