「バントの名手」と呼ばれる選手はこれまで数多く存在したが……
アマチュアからプロに至るまで、日本球界においては犠打が重要な戦術として重用され続けている。その歴史の長さもあって、古くから「バントの名手」と呼ばれる選手が数多く存在してきたのも特徴だ。だが、そんな職人技を誇る選手たちの中でも、プロ野球において通算300本以上の犠打を記録している選手の数は決して多くはない。その条件を満たした選手の顔ぶれは、以下の通りだ。
1位:533犠打
川相昌弘氏(1909試合)
2位:451犠打
平野謙氏(1683試合)
3位:408犠打
宮本慎也氏(2162試合)
4位:305犠打
伊東勤氏(2379試合)
5位:302犠打
田中浩康氏(1292試合)
6位:300犠打
新井宏昌氏(2076試合)
以上のように、この数字に到達したのは長い球史においても6名だけ。その事実が示す通り、通算300犠打という記録は非常に高いハードルとなっている。だが、2020年のシーズンにおいて、パ・リーグ一筋で活躍してきた2名の選手が、この大台に手をかける可能性を持っている。その2名とは、通算299犠打の福岡ソフトバンク・今宮健太選手と、通算296犠打の千葉ロッテ・細川亨選手だ。
今回は、通算300犠打まであとわずかに迫っている今宮選手と細川選手のこれまでのキャリアを振り返るとともに、現在に至るまでにどのようなペースで犠打数を積み上げてきたのかと、そのバント数の変化の理由について振り返るとともに、新シーズンでの記録達成にも期待を寄せていきたい。
史上初の20代での通算300犠打にあと1本まで迫っている今宮選手
今宮選手は明豊高校から2009年のドラフト1位で福岡ソフトバンクに入団し、プロ3年目の2012年から主力に定着。その2012年から2018年まで7年連続で20犠打以上を記録し、2013年から2017年にかけては5年連続で30犠打以上を達成。2013年と2014年には現在のパ・リーグ最多タイとなるシーズン62犠打を2年連続で記録しており、近年のパ・リーグにおけるバントの名手として真っ先に名の挙がる選手の一人であろう。
今宮選手といえば、強肩と高い身体能力を生かしたアクロバティックな守備でも有名だ。2013年から2017年まで5年連続でゴールデングラブ賞のパ・リーグ遊撃手部門を独占したフィールディングの巧みさが、若くして定位置を確保し、犠打を量産することにもつながっている。さらに、2016年から4年連続で2桁本塁打を記録するなど、近年は打撃力も向上。今や、内野の要としてチームにとって欠かすことのできない存在となっている。
出場試合数を見てもわかる通り、今宮選手は一軍に定着した2012年以降は2017年まで遊撃手のレギュラーとして不動の地位を築いてきた。だが、2018年は99試合、2019年は106試合と、2年連続で故障に悩まされて出場試合数が減少し、規定打席にも到達できず。その影響で犠打数も減少し、昨季は一軍定着後では初めて犠打数が1桁まで落ち込んでいる。
それに加えて、打撃力の向上に伴って犠打以外の役割を求められることが増えた、という側面もあるだろう。とりわけ、2019年は5月が終了した次点で打率.307と打撃好調を維持していたが、その一方で開幕から5月末までの間に犠打は1つも記録していなかった。好調期にはつなぎ役を任せるよりも打たせた方が期待値が高い存在へと成長を遂げたことも、結果的に犠打数の減少につながっていると言えそうだ。
今宮選手は現在28歳。シーズン開幕後にあと1つ犠打を決めれば、史上初となる20代での通算300犠打達成という偉業を成し遂げることになる。史上まれに見るハイペースで犠打を積み上げてきた現代のバント職人にとって、新たな金字塔への到達は秒読み段階と言えそうだ。
パ・リーグの4球団を渡り歩きながら堅実に犠打を積み重ねてきた細川選手
細川選手は青森大学から2001年のドラフト自由枠で西武(現・埼玉西武)に入団。入団2年目の2003年から一軍に定着すると、その後は若くして正捕手の座を確保。堅実なインサイドワーク、強肩、そして意外性のある打撃を生かし、2004年と2008年の2度の日本一にも大きく貢献。故障で離脱した時期を除いて、2010年まで主力捕手として活躍を続けた。
2011年にFAで福岡ソフトバンクに移籍してからも、激しい正捕手争いが繰り広げられるなかで主力捕手の一人として活躍。自らの持ち味を発揮して、在籍6年間で3度の日本一に貢献している。近年は楽天、千葉ロッテとパ・リーグの2チームを渡り歩きながら、それぞれのチームでベテランの味を見せている。
パ・リーグで長年にわたって捕手として活躍している細川選手にとって、若手時代から評価されてきた高いバント技術は、その地位を築くための武器の一つとなったことだろう。実際に、2004年から2014年までの11年間で10度20犠打を超えるなど、長年にわたって安定して犠打を積み重ねており、持てる技術の確かさはそういった堅実な仕事ぶりにも示されている。
守備の負担の大きな役割ということもあり、細川選手はキャリアを通じて下位打線を任されることが多かった。だが、所属当時の埼玉西武では片岡易之(治大)氏、栗山巧選手、中島裕之(宏之)選手といった好打者が上位打線に並んでおり、細川選手が走者を得点圏に進めて上位に回すことは重要な意味を持っていた。福岡ソフトバンクでも同様に層の厚い上位打線へ堅実につなぐ役割を担っており、その貢献度は残してきた犠打数にも表れているといえよう。
ただ、ベテランの域に差し掛かった近年は、出場試合数自体が減少したこともあり、バント数も同様に減少傾向にある。それでも2017年には20試合、23打数で3犠打、2019年には31試合、8打数で2犠打と、出番が少なくなっても堅実に仕事をする技術の高さは相変わらずだ。今年の1月には40歳の大台に到達したが、今後もベテランならではの妙技を発揮し、一軍での出場試合数を確保してほしいところだ。
お互いに歩んだキャリアは異なるが自らを犠牲にして貢献してきたことは同じ
今宮選手は2013年と2014年の2シーズンだけで124犠打を記録するなど、1シーズンごとに積み上げる数の多さが特徴の一つ。そのペースの早さが、史上最年少での通算300犠打に王手をかけた要因の一つであるだろう。一方、細川選手は単年の数字では2011年の34犠打が最多ながら、長期間にわたって安定して犠打数を積み重ねてきた。捕手という役割を絵に描いたような堅実な仕事ぶりは、まさに職人と呼ぶにふさわしいものだろう。
シーズンが開幕すれば、300犠打まであと1つに迫っている今宮選手の今季中の大台到達はほぼ確実と言っていいだろう。一方、細川選手は昨季の犠打が2個、2018年は0個にとどまっており、今季中に残り4個の犠打を記録できるかは難しいところ。だが、かねてからそのバント技術の高さは広く知られたところであり、ピンチバンターや終盤戦の守備固めで回ってきた打席で、犠打を決めるチャンスを生かせるかがカギになってきそうだ。
お互いに役柄や歩んできたキャリアこそ異なるものの、ともに大台にあと一歩まで迫っているバントの名手2名。自らを犠牲にしてチャンスメイクに徹してきた両選手にとって、この記録は長きにわたってチームに貢献してきた証でもあるだろう。2020年のシーズンに、彼らが史上7人目、そして8人目の偉業を達成する瞬間が訪れることを願う。
文・望月遼太
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