◆ 白球つれづれ2026・第32回
お盆の季節。帰省ラッシュの真夏に、野球界も慌ただしい。
ペナントレースは各球団ともに、100試合前後を消化して、まさに生きるか、死ぬかの正念場。中でもセ・リーグは開幕から首位を快走していたヤクルトが急失速。8日の巨人戦に敗れてBクラスに転落すると、代わってDeNAが浮上する。10日現在(以下同じ)同率首位の阪神、巨人から3位のDeNAまでは8.5ゲーム差と開いているが、3位から5位の中日までは4ゲーム差。最下位の広島でも6差だから、クライマックスシリーズを考えれば、手の届かない距離ではない。
今月に入ってDeNAと共に、勢いを増しているのが中日だ。
6日のヤクルト戦で3連戦3連勝すると、5月9日以来の最下位を脱出。8月は5連勝を含めて6勝2敗の好成績で“台風の目”的な存在になりつつある。
そんな「上り竜」にあって、ひと際存在感を発揮しているのが36歳のベテラン・阿部寿樹選手である。
7日の阪神戦では、9回二死から代打で登場。二死二、三塁の場面。阪神の守護神、ラファエル・ドリス投手から起死回生の逆転決勝二塁打を放って主役の座を勝ち取った。
今季の代打成績は、この時点で32打数11安打。打率は.344を数え、得点圏打率はさらにはね上がって 429。今や「代打の神様」と呼ばれる絶対的な存在だ。
「あれこれ考えてもしょうがない。考えないようにしました」と殊勲の打席を振り返った“神様”だが、ドリスの153キロの高速シンカーを一振りで左翼線に持っていく技術も素晴らしいが、大事な局面で、あれこれ考え過ぎずシンプルに割り切るのも長年培ってきた経験則から来る「神業」なのだろう。
愛称「マスター」。鼻の下に蓄えたひげが、どこかバーのマスターを連想させるところから、こう呼ばれるようになった。
中日で活躍も成績を落とした22年に楽天にトレード。交換相手は当時エース格の涌井秀章投手だった。24年には9度の殊勲打を記録するなど勝負強さには定評もあったが、翌25年にはチームの若返り方針もあって戦力外の通告を受ける。ここで救いの手を差し伸べたのが古巣の中日だった。
一度はそり落としたひげも元に戻して帰って来たマスターがチームにかけがえのないパワーを与えている。
8月で早くもマジックを転倒させた、ソフトバンクにも「代打の神様」はいる。柳町達選手だ。こちらは先発出場と代打稼業の併用のため「神様」とは認定しにくいがファンの間では名前の「達」を取って「代打の達人」とも呼ばれている。
7日の西武戦では同点の7回に代打で登場すると左中間に決勝の三塁打。この時点で代打成績は6打数5安打6打点。打率は驚異の.833を叩き出している。
昨季は最高出塁利率のタイトルを獲得するなど、打撃技術は定評がある。それでもちょっと成績が上がらないとレギュラーをはく奪されるのがソフトバンクのレベルの高さ。柳町が守る外野には近藤健介、周東佑京の絶対的存在がいて、残り1枠をライバルたちと争う。激しい生存競争があるから、代打の時に結果を出さなければ先発出場の切符を手にすることは出来ない。
代打の切り札の出番は状況によって目まぐるしく変わる。主にゲームの流れを変えたい重要場面での仕事が多いが、それが何回にやって来るのか? 相手投手は誰なのか? どんな打撃を求められるのか? こうしたギリギリの局面でチームの期待を一身に担うのが一振り稼業である。
過去の「代打の神様」の歴史をひも解いてみると、川藤幸三、八木裕、桧山進次郎、原口文仁ら阪神の選手の印象が強い。これは甲子園の虎党の熱気が後押ししたり、マスコミの露出が多いことも関係しているのだろう。
阪神勢以外では近鉄の北川博敏選手が2001年の対オリックス戦で放った奇跡の一発が忘れられない。優勝のかかった最終戦に代打で登場した北川は球史に残る「代打逆転満塁優勝決定本塁打」を記録している。長いNPBの歴史の中でも唯一無二の金字塔である。
今季の残りのペナントレースの中でも、代打の一振りでシーズンの流れまで変えてしまう場面も出てくるだろう。
「神様」とその候補生たちの一撃とドラマが見逃せない。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)