インバウンド(訪日外国人旅行)の市場規模は急速な拡大を続けており、2030年には全体で15兆円産業へと成長するという目論見もある*1。コロナ禍を経て、2025年にはすでに2019年の水準を超える盛り上がりを見せるなか、スポーツ業界もまた、海外からの誘客という巨大な可能性に挑んでいる。
プロ野球観戦において、これまで訪日外国人観光客にとって高いハードルとなっていた「言語」「決済」「チケット発券」。これらの課題をどのように解消し、いかにしてスポーツツーリズムを中長期的な展望へと導くのか。
ライブエンターテインメントやスポーツのインバウンド向けチケット販売を展開し、パ・リーグ6球団の訪日外国人観光客に向けたチケット販売を行う株式会社Tickets in Japanの薗田好豊さんと、福岡ソフトバンクホークスで海外誘客を担う古 詩敏(こ・しびん)さん。二人の対話から、進化を続けるスポーツインバウンドの最前線を探る。
*1 2016年日本政府観光局による明日の日本を支える観光ビジョンでの観光消費額目標より
訪日外国人向け野球チケットは、なぜ買いにくいのか
――まず、Tickets in Japanを立ち上げたきっかけと、その特徴について教えてください。
薗田:株式会社Tickets in Japanの親会社がアメリカ企業になるのですが、そちらのメンバーの以前の体験から「日本のライブや野球のチケットが買いにくい」という声がありました。
もともと私は、前職でライブエンターテインメントの世界に身を置いていたのですが、当時は、インバウンドも今ほどは盛んではありませんでした。むしろエンターテインメントの領域における海外展開といえば、今日にいたるまで日本のアーティストが韓国、台湾、香港、アメリカなどで公演を行う、いわゆる「世界の巡業」が主流です。私も当時、日本アーティストの台湾公演に携わったことがありますが、昔も今も日本のライブエンターテインメントの力は凄い! と思っています。
現在、多くの訪日外国人観光客が増え、日本のレジャー施設や各観光地の受け入れ整備が急速に進んでいるなか、国内のライブエンターテインメントやスポーツに関しても、強いニーズがあることは認識しています。さきほどの海外メンバーの体験や急速なインバウンド需要が起点となり、2026年にインバウンド向けチケット販売会社として立ち上がったのが、株式会社Tickets in Japanです。

――「日本のチケットが買いづらい」とおっしゃっていましたが、「チケット検索」から「決済」、「発券」とさまざまなフェーズがあるなかで、何が障壁になっているのでしょうか。
薗田:まず、外国にお住まいの方が日本のチケットを買おうとしたとき、日本語の各サイトで自動翻訳を使いながら、従来の日本人向けの手順で購入をすすめると、日本特有の各情報の必須項目も多く、登録自体ができずチケット購入もできないのが現状です。そこでTickets in Japanでは、訪日外国人観光客にとって、必要項目以外は、なるべくハードルを取り除こうと、例えば住所の場合、すべての住所入力は必要なく、居住国の登録のみで購入ができるようにしています*2。
そしてサービス運営をするうえで最大の障壁は、各国で異なる個人情報保護法に対応するプライバシーポリシーを整えること、海外決済、多言語のカスタマーサポート、そして海外ユーザー専用の電子チケットの導入が必要となることです。これらの機能を網羅するには多大なコストと完全な専用の機能が必要であり大きな負担となります。我々はそこに特化して運営しようと考えました。
*2:登録にはメールアドレスなど最低限必要とされる情報は取得
――具体的にはどのようなシステムを構築したのですか。
薗田:先ほどの話しのとおり、日本人向けにサービスを構築し単純に多言語化するだけでは海外のユーザーには伝わりません。例えば各国でのライブでの注意事項やスポーツ観戦ルールは異なるので、日本の常識が他国ではそうでなかったりもします。日本ならではの細かなルール……例えばライブでは「撮影禁止」「再入場禁止」、野球では「指定席以外での観戦」といった約款を、文字を読まなくても理解できる直感的なアイコンに落とし込んで注意喚起をした、海外仕様の電子チケットが必要だと考えました。また、主催者側で多言語の問い合わせ窓口を設置する必要がないように、Tickets in Japan独自の多言語カスタマーサポートをサービス内に用意したりと、考えることは多々ありました。
古さん:海外のユーザーは文字ベースの約款よりも、SNSでの「購入方法の攻略動画」などを見て動く傾向があります。薗田さんも「独自の約款を、直感的なアイコンに落とし込んで注意喚起をしている」とおっしゃっていましたが、ホークスでも今年から台湾向けの公式SNS(Instagram/Facebook)を開設し、動画での購入動線の案内を始めました。ところが、質問やつまずきはカスタマーセンターではなく、SNSのコメント欄やDMに直接届くのです。こうした海外特有の行動パターンに、我々もTickets in Japanさんと共に最適化していく必要があり、今後の課題としたいと思っています。
台湾・韓国から「ちょっと福岡まで」という日常
――ホークスにおける、近年のインバウンド需要の肌感覚はいかがですか。
古:ここ2〜3年で、海外からのお客様は確実に増えています。Tickets in Japanさん経由の数字を見ても、すでに昨年の倍以上の実績を記録しています。弊社のインバウンドチームでは現在、野球熱が非常に高く、直行便も多い台湾と韓国をメインにプロモーションを行っています。特に台湾では、2024年の「プレミア12」での優勝をきっかけに空前の野球ブームが起きており、その熱がそのまま日本への誘客に繋がっている実感があります。さらに、昨季まで台湾プロ野球で活躍していた徐若熙(シュー・ルオシー)投手がホークスに移籍してきたことで、ますますみずほPayPayドームに足を運ぶ理由ができました。
――“台湾の至宝”が与えた影響も大きいのですね。台湾からのアクセスという点では、福岡という立地も強みになりますね。
古:そうですね。台湾から福岡までは飛行機で1時間半から2時間。彼らにとっては、東京から福岡へ行くのと全く同じ感覚です。実際に200名規模の観戦ツアーや、企業の社員旅行としてドームを訪れるケースも増えています。購買行動を見ても、旅行の2〜3カ月前にはすでにチケットを確保されており、観戦日を中心に旅程を組まれていることがわかります。

――海外からのファンは、純粋に試合のプレーを楽しんでいるのでしょうか。それとも、日本の球場文化そのものを消費しているのでしょうか。
古:両方ですが、日本固有の球場カルチャーへの評価は非常に高いです。台湾の球場には、みずほPayPayドームのようにコンコースを1周できるほどの飲食店舗がありません。そのため、ドーム内での「スタジアムグルメ」や「売り子さんからビールを買う」という体験そのものが、台湾にはない新鮮な魅力としてSNSでも絶賛されています。また、試合観戦だけでなく、ドームに隣接する〈BOSS E・ZO FUKUOKA〉にある〈王貞治ベースボールミュージアム supported by 博多グリーンホテル〉や〈チームラボフォレスト福岡 - SBI証券〉なども人気のコンテンツとなっており、野球を軸とした複合的な観光が成立しています。


――現時点で、どこの国の利用者が多いですか?
薗田:データを見ると、ホークスさんの現在の利用者は台湾が圧倒的で、全体の約50%を占めています。興味深いのは、2番目にアメリカ、3番目にオーストラリアと欧米の方々に購入いただいている点です。
――2番目がアメリカというのはなぜでしょう?
古:アメリカからの利用者が多いのは、おそらく米軍基地がある佐世保などに在住されている方々が、週末にアクセスしやすい福岡へご家族で観戦に来られているケースが含まれているのではないかと推測しています。男女比では男性が約6割、年齢層は20代から40代が中心ですね。
薗田:なるほど、そういう背景があるのですね。非常に貴重なデータですね。
Tickets in Japanでは、チケット販売に加え、周辺観光の紹介も「記事執筆」というコンテンツとして充実させています。先ほど古さんがお話された、野球観戦と合わせて〈BOSS E・ZO FUKUOKA〉を観光の提案として、すでに記事執筆し公開していますので、佐世保などに住まれているアメリカの方をはじめ多くの訪日外国人観光客の皆さんにご利用いただきたいですね。
古:ぜひ、観戦チケットと〈BOSS E・ZO FUKUOKA〉の展示入館料やアクティビティのチケットのセット販売などもご検討いただきたいです!
薗田:いいですね。検討していきましょう!

