1997安打目は貴重な先制タイムリーとなった。ZOZOマリンスタジアムのスタンドが超満員に膨れ上がった9月16日のイーグルス戦。ファンのお目当ては偉業達成を目前に控えている福浦和也内野手だった。2回。先頭の鈴木が右中間を割る二塁打で出塁し打席が回ってきた。
「(鈴木)大地が先頭打者としていい感じで出塁してくれた。だから積極的にいきたいと思っていた。走者をホームに返せるのが理想だけど、気持ちとして進塁打を打とうと打席に入った。右打ちの意識だね」
マウンドにはこれまで何度となく名勝負を繰り広げてきたイーグルスの岸がいた。初球は外角へのスライダー。バットを出さなかった。2球目。ライトスタンドから応援歌が響き渡り始めた中でストレートを狙う。インコース一杯に投じられた142キロのストレートを強振も空振りで2ストライクと追い込まれた。次は直球か変化球か。そして1球、ボール球を挟むのか。いろいろな状況が想定される中、長年の読みに迷いはなかった。
「相手が裏をかいて、もう1球、同じコースの同じ球で来る可能性を感じていた。だからこちらはインコース狙い。1球前は振り遅れたので、あそこはちょっと早めにタイミングをとって、振り切った。うまく反応することができたね。ラッキーだったよ」
143キロ。インコースへのストレートを迷いなくはじき返すと打球はライトの右で弾んだ。大声援に応えるような迷いなき打撃が安打を生んだ。二塁走者・鈴木大地がホームを踏む。スタンドではスタンディングオベーションが起こる。福浦コールが鳴りやまない。
この日は「福浦安打製造所創業25年祭」と題したイベントが開催
この日は現役25年目のベテランに対し敬意を表した「福浦安打製造所創業25年祭」と題したイベントが開催されていた。入場者先着2万人にはオリジナルTシャツとタオルの「25年祭セット」が配布された。1993年11月20日に行われたドラフト会議の最後の最後、7位で千葉ロッテマリーンズに指名をされ、ここまで歩んできた男の芸術的な一打に大観衆の誰もが心からの拍手をおくった。
「信じられないよ。こんなに長く野球をやっているなんてね。昔を知っている人の誰も思っていないと思う。そもそもオレが思っていない。最初は投手だしね」
入団直後は投手。練習に耐えきれず倒れこむ毎日
18歳の頃は細身のピッチャー。背番号は「70」だった。当時のストレートのMAXは141キロほど。球種はカーブとフォーク。とはいってもフォークは精度が低くほとんど投げず、ストレートとカーブのコンビネーションでやりくりした。そして二軍ですら1試合も登板することなく1年目の7月には野手転向をすることになった。
昔を知る関係者も、今では笑い話のように口にする。「あの練習についていけずに泣いていた選手が、まさかこんなになるとはね」。当時の印象を知る人に聞くと必ず返ってくるのがプロとは思えない細い体で練習についていけずに苦しんでいたという事実だ。
「当時、浦和(二軍グラウンド)が暑くてね。高校の時は授業が終わってからの練習だから土日以外はあまり昼間から練習をすることはない。でもプロの二軍は朝からずっと練習。それだけに毎日の暑さが耐えられなかった。走らされては倒れた。熱射病になったこともあった」
本人曰く、当時、二軍にいた先輩はみな足が速かったという。ついていけずに1周遅れ、2周遅れになる。そして暑さに耐え切れず毎日のように倒れ込んではベンチ裏で嘔吐を繰り返した。悩んで病院に行ったこともあった。医者に「鉄分不足ですね」と告げられた。プロ野球選手失格だと、情けなくなった。
「これは無理だなって。すぐにクビになると思った。でもその時の追い込まれた気持ちがあったから今がある。クビになるという怖さがいつも付きまとっていたから必死になれた。どうせクビになるなら悔いのないようにしようと思った。だから投手から野手に転向を言われた時もすぐに受け入れる事ができたのだと思う」
様々な出会いを経て才能が開花していく
先輩たちの励まし。様々な指導者との出会い。努力と辛抱を重ねて福浦は徐々に才能を開花させていく。投手から野手に転向。細い体を補うためウエートを積極的に行うようになった。鉄分を吸収することを意識して食事を心がけることでスタミナもついていった。
とにかくバットを振った。超一流バッターの映像を食い入るように見ては、参考にしてみた。当時だとオリックス・イチロー、広島・前田智徳、メジャーではマリナーズのケン・グリフィー・ジュニア。様々な映像を見て、理想のスイングのヒントを探し続けた。あくなき探求心、そして地道な努力を積み重ねた先に今がある。
「これだけ多くの方に応援していただいてね。本当に幸せだよ。四半世紀か。そう言われると確かに凄く感じるね。よくここまで来たなあって」
福浦は試合がなかった14日の練習後に初めてZOZOマリンスタジアムのライトスタンドに足を踏み入れた。応援してくれるファンの聖地で誰もいないグラウンドを眺めた。いつもとは違う応援する側の視界が新鮮だった。誰もいないはずの場所ではあったが、応援してくれるファンの想いが聞こえてくるようだった。
心が動いた。満身創痍の体に力が注入されていく不思議な感覚を覚えた。地元で、いつも後押しをしてくれるファンの目の前で偉業を決める。誰もいないその場に約束して、またグラウンドへと戻った。通算2000安打まで残り3安打。大記録は目前だ。
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