投手が足を動かすやいなや、一塁走者が猛然とスタート。投球を受けた捕手が素早い動作から二塁へ送球。二塁ベースに入った内野手がそれを捕球して、二塁に到達せんとする走者にタッチする。数ある野球のプレーの中でも、毎回スリルを提供してくれる二塁盗塁の場面である。
そのなかでも、捕手が捕球してから二塁に送球し、受ける内野手がグラブに収めるまでの時間は「ポップタイム」と呼ばれ、マニアな野球好きから注目されている。今年も開幕から8月31日までの期間における、盗塁阻止ポップタイムTOP5を紹介していこう。
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安定の“キャノン”が唸る甲斐拓也選手(福岡ソフトバンク)
2019年にこの企画が始まって以来、ずっと隆盛を極めていた「甲斐キャノン」こと福岡ソフトバンク・甲斐拓也選手が1秒83というタイムで、いきなり5位にランクインしてきた。甲斐選手は、その強肩ぶりもさることながら、「正確さ」も伴っているところに他の捕手との違いがある。
映像を見てもわかるように、ストライク送球が素晴らしい。二塁ベースのやや上、そしてやや走者寄りの一塁側に見事にコントロールすることで、アウトにすることができたシーンだ。
プロの世界では、甲斐選手に負けず劣らずの強肩捕手はいる。だが、送球がバラついては盗塁を刺すことは難しい。コントロールはタイム以上に重要であり、甲斐選手が高い盗塁阻止率をキープしてきた要因といえるだろう。
とはいえ、2024年の甲斐選手の盗塁阻止率は、10月3日現在でパ・リーグ4位の.287。これは若干陰りが出てきたことを意味するのだろうか。
古賀悠斗選手(埼玉西武)は強い送球+内野手の技で盗塁を刺す
4位は1秒82というタイムで、埼玉西武の古賀悠斗選手が食い込んできた。今季はチームが最下位に沈むなか、スタメン起用も多かった古賀選手は敗戦の悔しさを噛み締めながら自身のプレーを研鑽してきた。
送球の精度にはまだまだバラつきのある古賀選手だが、このタイムを記録したシーンでは、しっかりとボールに指がかった強い送球ができたことで好タイムにつながったと思われる。
そして、走者をアウトにすることができたのは、いわゆる“ゼロ秒タッチ”といわれる高度なプレーを二塁手・外崎修汰選手ができたためだ。
古賀選手の二塁送球はやや横振りだったせいか、シュートしながら一塁側に流れてしまった。だが、二塁のベースカバーに入った外崎選手は、それを逆に利用して、走者よりも送球ラインの前に出ると、ほぼ捕球したところで走者の体に触れるようなタイミングをとってタッチし、見事アウトにした。これは、捕手と野手との合わせ技による盗塁阻止であったといえるだろう。
佐藤都志也選手(千葉ロッテ)は打つだけじゃない
1秒80で3位になったのは、佐藤都志也選手。
筆者は佐藤選手が東洋大でプレーしていた当時から「この選手はバッティングばかりが評価されているが、キャッチャーとしてもかなりの強肩。肩でもメシを食っていける」と密かに主張してきた。それがいま、現実的にパフォーマンスとして現れていることに喜びを隠しえない。
佐藤選手は、上半身の動作がコンパクトで無駄がないところに特徴がある。体の中心線付近で捕球し、上半身を極力脱力して下半身主導で送球する。
ただ、このシーンも、4位、5位と同様か、それ以上に遊撃手・友杉篤輝選手がうまかった。ショートバウンドをうまく捕球して、そのままの流れで“ほぼゼロ秒タッチ”。佐藤選手の送球タイムが速かったことも一因にあるのだが、アウトにできたのは友杉選手のタッチプレーによるところが大きいだろう。
ここでは捕手の送球の話をしているはずだが、今回は野手のタッチを褒めるほうが多くなっているのは気のせいか……?
甲斐キャノンが1秒70台を堅守
5位に続いて、甲斐選手が2位にも入ってきた。タイムは1秒79。いよいよ1秒70台に突入である。
この1秒70台というのはパ・リーグはもとより、NPB全体から見ても、実戦で当たり前のように到達する選手は、甲斐選手以外にほとんどいないといっていい。
このタイムのさらに上をいくことになる1位も、1秒70台が確定したわけだが、過去のケースと同様、再び甲斐選手がその主となってひとり旅が継続されるのか、それとも……?
番外編:“次世代キャノン”がブレイクするのに求められるのは?
1位の前に、ここで定番の番外編を挟もう。次世代のブレイク候補として3人の若手捕手の送球をご覧いただきたい。
最初に登場するのは、福岡ソフトバンク・牧原巧汰選手。タイムは2秒01だった。そして、オリックス・堀柊那選手が2秒00。同じくオリックスの福永奨選手が1秒89というタイムである。
トップランキングに入ってくる一軍の捕手と比較すると、ごくわずかながら、しかし、明らかに送球動作の遅れがあることに気づいた人は案外多いのではないだろうか? その要因は、キャッチングにあると考えられる。
5位~2位に入った捕手たちのうち、甲斐選手と佐藤選手は足を動かして体の中心線に近いところにミットを置いて捕球していた。それにより、回転半径を小さく抑えることができてコンパクトに上半身を回すことができていた。
それに対して、次世代キャノンの3人は、体の中心線から離れたところで投球をキャッチしており、体を回してテイクバックのトップに入るのが若干遅れているようである。タイム差にしてわずか0秒10~0秒20程度の違いだが、それが一軍で刺せるかどうかの差になっていく。
もちろん、彼らは成長している最中であり、その0秒10~0秒20を縮めるために、時には涙があふれるような鍛錬をしている。この差を縮められた暁には、いつの間にか一軍で常時活躍する捕手になっているに違いない。
甲斐キャノンを上回った“ゆあビーム”
歴史が動いた。ついに、あの甲斐キャノンが敗れるときがきた。
ポップタイム1位になったのは、北海道日本ハム・田宮裕涼選手。この計測解説記事を描くようになって初の快挙である。
ただし、そのタイムは1秒78だった。甲斐選手の1秒79と0秒01という差にすぎない。まさに薄氷? いやいや。実際のところ、人間の目にはどちらが速かったという判別はつかないレベルだ。
だがしかし、それでも甲斐選手を上回ったという事実は大きい。田宮選手は、今シーズン前半に打撃が開花してブレイクしたが、元来、強肩も売りにしていた。筆者は彼の成田高校時代のプレーをみたことがあるが、すでに高校生離れした二塁送球を披露していた。このような場で、田宮選手が打撃だけではなく、捕手として優れている面を多くのファンに知ってもらえるのは、素晴らしいことだ。
実をいうと、田宮選手は番外編で紹介したブレイク候補の捕手たちと、年齢的にさしたる違いはない(福永選手に至っては年上)。それにもかかわらず、ここまでのレベルに上り詰めたのは、高卒プロ6年目という意外と長いキャリアの蓄積によるところにありそうだが、長くやっていれば誰でもこの域に達するわけではない。
一つひとつの練習や試合での経験をいかに明日のプレーにつなげられたか? そこにつきると思う。捕球動作の足運びと、それを効率的な送球に連動させる流麗かつ力強いスローイング。これこそが、田宮選手がこれまで歩んできた道のりの成果として表現されているといえるだろう。
ポップタイムは群雄割拠のフェーズへ
王者交代の瞬間が見られて興奮したのか、いささか田宮選手を大げさに称賛してしまったが、逆側から発想をすると甲斐選手との差はたった0秒01に過ぎない。甲斐選手の独壇場ではなくなっただけで、これからは群雄割拠の争いになっていく。
若手はどんどん甲斐選手に迫るだろうし、甲斐選手はもう1ステップ高みの域に達するかもしれない。そんなハイレベルな二塁送球のパフォーマンスを、来年も数多く見てみたい。
まだ今年の日本シリーズが開幕する前から、そのようなことを心から願ってしまうほど、タイムを楽しめたTOP5であった。
文・キビタキビオ
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