7月に入ってから本来の姿に
ルーキーイヤーから先発ローテーションを支えてきたオリックスの田嶋大樹投手。昨オフに山本由伸投手や山﨑福也投手が退団して迎えた今季は、先発陣を引っ張る活躍を期待されるも、6月を終えた時点での防御率は4.11と苦しい投球が続いていた。ところが、7月に入ってからは9試合に先発して防御率は2.77に改善。6月以前とは全く違った姿を披露している。入団7年目を迎えた左腕にどのような変化があったのか、好調の要因に迫っていきたい。
7月からワインドアップのフォームに挑戦
実は田嶋投手、7月最初の登板となった9日の福岡ソフトバンク戦でこれまでにない投球フォームでマウンドに上がっていた。「(過去に)記憶がない」と語るワインドアップ投法、つまり振りかぶって投げるフォームで臨んでいる。不振から抜け出すべく、6月以前の登板でも足の上げ方や始動の腕の位置などを試行錯誤していたが、この日は試合前のキャッチボールで好感触を得たというワインドアップ投法で、強力な福岡ソフトバンク打線を7回3安打無失点に抑える好投を演じた。
これを境に、田嶋投手は走者を置かない場面では基本的にワインドアップで投球するようになっている。例外として、7月27日、8月27日のみずほPayPayドームでの福岡ソフトバンク戦、9月3日のほっともっとフィールド神戸での埼玉西武戦の3試合は、試合の途中からセットポジションで投球していた点は付記しておきたい。マウンドとフォームの相性があるのか、試合途中にフォームを変更することもあるようだ。
フォーム変更を機に制球力が向上
さて、ワインドアップ投法に挑戦した結果、どのような効果があったのだろうか。まず、大幅に向上したのが初球をストライクゾーンに投じた割合である。この割合は6月までリーグ平均を下回る47.6%にとどまり、ボール先行の投球が成績の低迷につながっていた。しかし、ワインドアップ投法を取り入れた7月9日の登板では、この時点での今季最高値となる70.1%を記録。多くの打者から初球でストライクを奪うことに成功し、7回無失点の快投を見せた。
ワインドアップ投法を取り入れた以降の登板でもストライク先行の投球を続け、7月以降の初球ストライクゾーン割合は59.0%と以前から約11ポイント増加。リーグで上位に位置する制球力を身につけるに至った。
セットポジションでもコントロールが改善
さらに、投球フォームと制球力に関しては興味深いデータがあった。ワインドアップ投法は腕を振りかぶって投げる性質上、クイックができないため走者を置いた場面では用いられない。ワインドアップ投法によってコントロールが安定しているのであれば、走者がいない場面に限って制球力が向上していることが想像される。ところが、田嶋投手は走者を置いたセットポジションでの投球時にも7月以降は初球のストライクゾーン割合が上昇していた。
田嶋投手は初めてワインドアップ投法を取り入れた7月9日の登板後と、8月中旬に好投の要因として「身体の連動性が良い」という旨のコメントを残している。身体全体を大きく使うワインドアップ投法を取り入れたことで、セットポジションでの投球にも好影響が及んだのかもしれない。
コントロールの向上に加え、球速アップにも成功
また、投球フォームの変更を機に、制球力だけでなく球速の向上も確認できた。6月まではストレートの平均球速が143キロ前後であったが、ワインドアップ投法を取り入れた7月9日の試合では、この時点での今季最速となる145.8キロを計測。以降の登板でも同水準で推移しており、6月以前からはスピードアップに成功していた。そして、この球速の向上は、ワインドアップのときだけでなくセットポジションでも同様の傾向が見られた。ワインドアップ投法を取り入れたことで、セットポジションでの制球力と出力がともに向上している点は、興味深いところである。
制球力と球威が増して、不振から脱却
ワインドアップ投法を取り入れて以降、それまでとは打って変わったピッチングを披露するようになった田嶋投手。ストライク先行の投球は与四球の減少につながり、球威の向上も相まって被打率の改善および長打の減少へとつながった。ここまで示してきたように、ワインドアップ時はもちろんのことセットポジションでの投球時にも各種成績は改善していた。これによって、6月以前の平均投球回5.0から7月以降は6.1とより多くのイニングを投げられるようになり、オリックスの先発陣に欠かせない存在となっている。
「ピッチャー振りかぶって、第1球を投げました――」かつての野球中継では、耳馴染みのあるフレーズだったが、現代のNPBでは振りかぶって投げる投手は希少な存在だ。ワインドアップ投法は、一般にコントロールの不安定さ、クセの出やすさ、走者を背負うと投球フォームの変更が必要とされる点などがデメリットとして挙げられ、年々球界から姿を消しつつある。今回取り上げた田嶋投手は、ワインドアップ時だけでなく、セットポジションでの投球にも好影響が表れている点が特徴的といえる。
投球フォームの再現性が重視される現代において、ワインドアップ投法に挑戦することは投手にとって勇気のいる挑戦だろう。過去に経験がないというワインドアップへフォームを変更して成績を向上させた田嶋投手のケースは、不振に苦しむ他の投手にとっても進化のヒントになり得るかもしれない。
※文章、表中の数字はすべて2024年9月13日終了時点
文・データスタジアム
関連リンク
・目下リーグトップの奪三振数。今井達也の圧倒的な球威をデータで見る
・セットアッパーに定着した変則左腕・河野竜生の強みとは?
・鷹の剛腕リリーバー・ヘルナンデスの奪三振術
・万能型リードオフマン・小郷裕哉の得点力に注目。今季のパのキーマンに駆け上るか
・若手本格派左腕・曽谷龍平。ブレークのカギは配球の変化
記事提供: