戦力外通告は「分かる」 プロ野球選手がセカンドキャリア形成で持つべき“武器”

Full-Count 福谷佑介

2022.10.17(月) 08:05

江尻慎太郎さん(左)と代々木ゼミナール副理事長・高宮敏郎さん※写真提供:Full-Count(写真:荒川祐史)
江尻慎太郎さん(左)と代々木ゼミナール副理事長・高宮敏郎さん※写真提供:Full-Count(写真:荒川祐史)

2014年オフに戦力外通告を受け、会社員へと転身した江尻慎太郎氏

 アスリートのセカンドキャリアは昨今、スポーツ界の課題の1つとされる。必ず訪れる現役生活を終えた後、現役時代よりも遥かに長い時間を過ごすことになる第二の人生をどう送り、どんなキャリアを描くかは多くの選手が頭を悩ませるところ。この問題に一石を投じるべく、球団として選手のセカンドキャリア支援に力を注ぐ福岡ソフトバンクの球団OBが、企業経営者や各界のトップランナーらと考える新連載がスタート。

 第1回は北海道日本ハム、横浜DeNA、福岡ソフトバンクでプレーし、現在はホークス子会社「Acrobats」で働き、自らも所属OBの1人として活動する江尻慎太郎氏と、学校法人高宮学園代々木ゼミナール副理事長、「SAPIX YOZEMI GROUP」共同代表で教育学博士でもある高宮敏郎氏が教育の観点も踏まえて話し合った。前編は江尻氏の経験をもとに考えるプロ野球界の現実、選手の戦力外通告と受験生における共通点、セカンドキャリアに繋がるタイムマネジメントの重要性について。

高宮敏郎氏(以下、高宮)「江尻さんは北海道日本ハム、横浜DeNA、福岡ソフトバンクと13年間、現役でプレーされ、今も福岡ソフトバンクの社員として働いていらっしゃる」

江尻慎太郎氏(以下、江尻)「私、ホークスでの選手歴は2年しかないんです。今年で社会人8年目。福岡ソフトバンクのグループ会社で働く身になり、トータル10年目になります」

高宮「その8年の社会人としてのキャリアは?」

江尻「実は戦力外通告を受けた時に球団からは『スカウトをやらないか』と声をかけてもらいました。と同時に、今は取締役GMをしている三笠(杉彦氏)から『ビジネスマンになってみないか』とも言われたんです。現役を続けたかったので、トライアウトを受けましたが、オファーがなくて引退ということになりました。その時に『ビジネスマンになってみないか』という言葉に、世界が広がっていくような感じがして、そっちに一歩足を踏み出してみたというのが社会人としてのスタートです」

高宮「その後はずっとホークスで社員を?」

江尻「最初は新橋でサラリーマンをやっていました。『SB C&S』というIT流通商社で営業マンを3年間やりました。デジタルマーケティングツールの代理店営業とか、代理店育成とかですね。今考えると恐ろしいです。ビジネスメールのことも知らないし、持っているものは何もない。そんな中でよく働かせてもらえたなという感謝の気持ちがありますし、すごくいい経験になりましたね」

高宮「野球で培ってきたことでセカンドキャリアに生きているところはありますか?」

江尻「元プロ野球選手だったことが生きることは多々あると思います。今は武器にしてる部分もあるんですけど、常に結果を出さないとクビになるんだ、と毎年思い続けた時間っていうのは、セカンドキャリアにおいても貴重かもしれないと思います」

北海道日本ハム、横浜、福岡ソフトバンクで活躍した江尻慎太郎さん※写真提供:Full-Count(写真:荒川祐史)
北海道日本ハム、横浜、福岡ソフトバンクで活躍した江尻慎太郎さん※写真提供:Full-Count(写真:荒川祐史)

「まあまあぐらいの選手は2軍落ちの恐怖と戦っているから、いいプレーができないこともある」

高宮「プロ野球選手は1年ごとの契約。常にそれは意識しているものですか?」

江尻「もう夏過ぎからザワつきます。自分の年俸を見て、この成績ではヤバいな、みたいなのはすぐ分かってきます。あとは年齢ですね。私の場合はプロ入りが25歳だったので、常に活躍してもらわなきゃ困るっていう年齢だったので。どうやって生きていこうかっていうのは考えていましたね。僕ぐらいの、まあまあぐらいの選手が一番戦ってるのは2軍落ちの恐怖なんです。2軍落ちの恐怖と戦っているから、いいプレーができないこともある」

高宮「ミスしたくないという意識が強く働く」

江尻「そうですね。マネジャーにトントンと肩を叩かれるのが一番怖いんです。カブレラより怖いんですよ。ちょっと明日からどこどこに行ってくれるかって言われて、荷物を片付けて、ロッカーを整理して……。それを13年間繰り返したので、もう絶対に戻りたくないですね」

高宮「勉強の世界もそうですが、やはり野球を突き詰めていく人が勝ち残っていく世界ですか」

江尻「それは間違いないとは思いますね」

高宮「漫然と、漠然と野球をやるのではなく、パフォーマンスを保つために突き詰めてやれる人ほど、セカンドキャリアに繋げられそうな感じがします」

江尻「プロ野球選手がものすごい集中力とエネルギーを持ってる人たちの集まりであることは間違いありません。例えば、馬原(孝浩)さんなんかは、ご自身でも言うんですけど『故障に苦しんだ元セーブ王が、治療の国家資格を取れば唯一無二の存在になれる』とまず決めているんですよね。そこにエネルギーが生まれて、毎日100キロくらいを車で行き来して専門学校に通い続けました」

「専門学校に通い続けた3年間は『毎日試合と同じだった』と言っていました。とにかく試合のために全力を注ぐ、勉強のために全力を注ぐ、と。今まで勉強なんてやりたいと思ったことなんて一度もないけれども、やっぱり自分でそういう人間になるんだという目標を決めたら、できたと言ってるようなこともありました」

高宮「プロ野球選手はものすごい競争を勝ち抜いた人たちですよね。そうやってプロに入ってきても、5年後に生き残れている人は本当に少ない」

江尻「多分、現役を早く終わってしまう人たちは、もうプロ野球のレベルが実際どれぐらいなのか気づくこともなく終わってしまうぐらいの競争なんです。私も同期入団が7人いましたが、3年たったら2人しか残っていなかった。4人は戦力外、1人はトレードかな。その時はさすがにヤバい世界だなと感じました」

学校法人高宮学園代々木ゼミナール副理事長・高宮敏郎さん※写真提供:Full-Count(写真:荒川祐史)
学校法人高宮学園代々木ゼミナール副理事長・高宮敏郎さん※写真提供:Full-Count(写真:荒川祐史)

「勉強、教育の現場でも通じるものがあって、タイムマネジメントはすごく重要」

高宮「長く現役をできる人との差はどういうところに生まれるんでしょう」

江尻「それこそタイムマネジメントというか、時間の大切さみたいなものに、いち早く気づいている選手は、間違いなく与えられる時間が多いんじゃないかと思います」

高宮「勉強、教育の現場でもそれは通じるものがあって、タイムマネジメントはすごく重要です。自分で考えて動ける子どもの方が間違いなく成長します。自分だったらどうするかなとか、常に考えることを繰り返すと、1日のちょっとの差が、長いキャリアで凄く大きな差になる。そういう思考力の鍛え方をすることは、セカンドキャリアにすごく生きるんじゃないかなと思いますね」

江尻「野球のときは野球だけに没頭することが将来にも生きるという考え方もあるかもしれないですよね。ただ、野球は野球、それ以外の時間はいくらでも作れるっていう形で何かをやってセカンドキャリアに生かしてるっていう人もたくさんいます。ただ、なかなかそうできない人、漫然と過ごす人が多いのは、プロ野球の世界に入ってきて、たくさんのお金を手にして、その時点で、ものすごい成功者なんじゃないかっていう錯覚を起こすからだと思います」

高宮「プロ野球に入っただけで、もうゴールにたどり着いた感じになってしまう」

江尻「過去をものすごく認められる瞬間なんです。でも、これがものすごく怖い。目の前に現れるのは今まで見たことないようなレベルの敵だらけ。昔はこれで抑えられたのになんで抑えられないんだろう、今まで見たこともないピッチャーだらけでどうしたらいいんだろうっていうときに、今までやってきたことが正しいはずだと考えているとすごく難しい。ここは違うぞ、と気づいて、今までやってきたことを疑ってみようとか、誰かの助けを借りてみようとか、そうやって一歩進める人の方が確実に残っていくと思います」

高宮「受験の世界でも似たようなところがあると思います。頑張って志望校に合格すると、認められるわけじゃないですか。場合によっては中学受験、高校受験、大学受験で、例えば東大とかって最難関に入った時には今までの18年間みんなOKよ、と。でも、そこがゴールじゃなくて、ある意味スタート地点、別のステージなんだと理解できないと、同じように間違いというか、止まってしまう感じはありますね。プロ野球の世界でも漫然と過ごしてしまう選手ほど息が短い」

「毎日が試合…常に試合だと思って、前日から準備をしたい」

江尻「間違いないと思います。それでも化け物みたいに成長する人がいないことはないです。でも、そういう持っているエンジンが違う選手は本当に一握り。逆に一生懸命頑張っても通用しない人もいます。でも、野球だけがゴールじゃないと考えると、今まで生きていたステージと違うところだぞ、と早めに気づけて、自分が新しいチャレンジをできるようになっていくことはすごく大事になるかなと感じます」

「私も浪人時代、代ゼミに通っていて校訓の『日日是決戦』と考えてやってきました。それこそプロ野球時代はこれだった。毎日もう生きるか死ぬかと思って、1ミリも気を抜けないと思いながら、日々を過ごしていて。この考え方ってセカンドキャリアにも繋がる気がしています」

高宮「当校の理念としては、受験生の立場ですと、毎日一生懸命頑張る、決戦のつもりでやりなさいよっていうことですし、職員の立場で言うとやっぱり毎日同じことをやるんじゃなくて、少しでもいいからチャレンジを重ねていきたいなっていう思いを持っています。受験生も現役選手も、そして引退された選手のセカンドキャリアも、必要なことは同じかもしれませんね」

江尻「今、まさに私が大切にしたいことなんです。そして、今の現役選手には現役の間も、そしてセカンドキャリアを歩む上で大事にしてほしいことでもあります。浪人時代とプロ野球時代はそうでした。でも、僕、ビジネスマンになって、この思いが無くなってしまった。毎日飲むのがサラリーマンみたいな……。そうしているうちに、だんだん自分のモチベーションが保てなくなり……。もう一度何かを起こしてやろうと思ったときにはやっぱりこれだよ、毎日試合だよって痛感しました」

高宮「1年勝負の、試合の毎日の中で勝負をしているヒリヒリ感が、会社に属してなくなってしまった」

江尻「今はやっぱりそれは違うと思っていて、とにかく毎日が試合だと。会議であれ、お客様であれ、常に試合だと思って、前日からしっかりとした準備をしたいと思っています。だからこそ、毎日が勝負の世界で生きてきたプロ野球選手のメンタリティというのは、セカンドキャリアを生きる上で武器になると思っています」

高宮「野球で最高のパフォーマンスを出すための日々の準備というものが今の仕事にも繋がる」

江尻「全部繋がっていますね。あの時にやっていたことじゃないか、ということが今に生きているというのはすごくあります」

(福谷佑介 / Yusuke Fukutani)

記事提供:Full-Count

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