「勝って覚えて欲しい味がある」。千葉ロッテ・伊東勤監督の現役時代の分岐点とは

パ・リーグ インサイト マリーンズ球団広報 梶原紀章

2017.3.16(木) 00:00

千葉ロッテマリーンズ・伊東勤監督※球団提供
千葉ロッテマリーンズ・伊東勤監督※球団提供

捕手通算2379試合出場でリーグ優勝14度、日本一8度。輝かしい現役時代の実績を評価され伊東勤監督は春季キャンプ前の1月に殿堂入りを果たした。野球人としての最高の栄誉を授与されることを通知されると、若かりし日々を振り返った。それは歯を食いしばり、人に見せぬ努力を積み重ね、チャンス到来を虎視眈々と待ち続けた日々。そして一度、掴んだチャンスを二度と逃すまいとライバルたちを押しのけ、全力疾走を続けた人生だった。周囲はその圧倒的な実績に大捕手と評するが、ここまでの栄光を積み重ねるに至るまでは、決して簡単なことではなかった。

「ビックリしたよ。あの頃のライオンズは名だたるスーパースターが勢ぞろいしていたしね。別世界だった」

1982年。西武ライオンズに入団して最初のキャンプの事だ。今も忘れられない出来事がある。ブルペンに先輩捕手が残っていなく、14歳年上で実績十分のスター選手だった古沢憲司さんの投球を新人捕手が受けることになった。1球取った後に言われた。「代われ」。たった1球だった。プロに入りたての若者はブルペンでわずか1球ボールを受けただけでキャッチャー交代を命じられた。その時の記憶は今もしっかりと刻まれている。ただ、伊東監督が現在、持っている感情は屈辱ではなく、深い感謝である。その後の伊東勤という稀代の名捕手を作り上げた大事なスタート地点と考えている。

「古沢さんには本当に感謝をしている。意地悪とかではない。プロの世界の厳しさを教えてくれた。『オレの球をしっかりと捕れるようになってから、もう一度、来い』ってね。それを言葉ではなく、あえて態度で示してくれた。だからオレも思ったよ。この人に認めてもらうために、どんどん練習をしようとね」

新人時代以降も古沢さんにいろいろとお世話になった。野球談議に話を咲かせることも多くあった。ただ、あえて、あの時の意図を聞き出そうとすることはなかった。それは、接する中で先輩が態度で示してくれたメッセージの深さをしっかりと感じたからだ。

「本当、感謝だよ。社会の厳しさを教えてくれた。ガツンっとね。どんな仕事でも一緒だけど、優しさだけでは駄目。厳しさ、現実をしっかりと教えてあげないと。そういうのが人を成長させる」

厳しい環境下でなにくそと踏ん張り、与えられた仕事をこなす毎日。入団したころのライオンズには黒田正宏、大石友好という先輩捕手らがマスクをかぶっていた。そんな中、少しずつ試合に使ってもらい、なにかしらのアピールを繰り返すことでチャンスを待った。2年目の83年には56試合に出場。そしてジャイアンツとの日本シリーズでもベンチ入りを果たした。のちにターニングポイントとなる試合。息子の晴れの舞台を見ようと熊本からは両親も駆け付けた。西武球場で行われた開幕2試合と後楽園で行われる1試合を観戦する日程での応援。ただ、出番はなかった。

「自分も多少は出る機会もあるかと思っていた。でも甘かった。負けられない大一番で、若い自分を使おうと思えるほどの信頼はまだなかったということ。今、冷静に考えるとそりゃあ、そうだよね」

そして両親は息子の出番を見ることなく予定通りに熊本に帰っていった。その直後に突如、チャンスは訪れた。ライオンズの1勝2敗で迎えた4戦目。前日のサヨナラ負けの嫌なムードが漂う中、急に出場を言い渡された。それまでベンチを温めていた若手捕手はいきなり8番捕手としてスタメン出場した。

「たぶん、前の日に伝えたら緊張するだろうという首脳陣の判断だと思うけど、ゲーム前のシートノックが始まるときに突然、言われた。そうなるともう緊張する余裕はない。とにかく必死だった。もう開き直るしかない。あの時、開き直れたことが良かったのだと思う。今まで出られなかった思いをぶつけようとかというそんな気持ちなんて湧かない。それほど無我夢中だった」

後楽園で行われたこの4戦目は7-4で勝利し、2勝2敗の五分に戻すと、第7戦までもつれた試合を3-2で勝利し、ライオンズは日本一に輝く。そして伊東監督もまた、4戦目から7戦目までスタメンマスクをかぶり続け、歓喜の瞬間をグラウンドで味わうことになった。そのときはただ夢中で必死だった。ただ、今、冷静に振り返るとこの時がまさに分岐点。翌年に113試合に出場し正捕手の座を射止めると引退をする03年まで試合に出続けた。ライオンズ黄金時代の正捕手が誕生した瞬間だった。

「あの時、シリーズに出て日本一になれたことで精神的に強くなった。ジャイアンツを倒したことで、新しい時代の幕開けがあの時から始まったように感じる」

ZOZOマリンスタジアム。指揮官が遠い昔を振り返る目の前ではマリーンズの若手選手たちが打撃練習を繰り返していた。競争意識と自分の限界を決めずにプレーをする姿勢を求めている2017年。キャンプからの若手のアピールには一定の満足感を感じている。ここから、必要なのは試合の中で自信をつかむこと。それは自身が83年の日本シリーズでつかんだ感覚のようなものだろう。

「よく負けて覚えることがあるというけど、オレは勝って覚えることが沢山あると思う。勝つことで選手たちは強くなる。勝つ事の大事さを知り、負けたくないと思う。もっともっと勝ちたい、いい思いをしたいと思う。オレはそうだった。そういう気持ちを若い連中に経験をさせてやりたい」

マリーンズはオープン戦で勝利を重ね、投打ともに順調な仕上がりであることを証明している。3月31日、福岡から始まる新たなシーズン。指揮官はリーグ優勝、日本一を目指す。美酒を知らない若い選手が多いチームに勝利の味を伝えたいと思っている。そこから自身が歩んだような栄光の常勝軍団への道が見えてくる。殿堂入りを果たした指揮官だからこそ知る想いがそこにはある。

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