「今、2軍にいることも悔しい」ロッテ20歳左腕が心に秘める勝ち気と恩義

Full-Count 佐藤直子

3年目・成田翔が目指す1軍定着と1勝目、アピールポイントは「気持ちですね。今年は」

開幕から1か月が過ぎ、勝率5割を推移している千葉ロッテ。5月9日現在、チーム盗塁数は12球団断トツの40個を誇り、井口新監督が掲げる「走塁改革」を確実に実践している。一方、やや苦しい立ち上がりになったのが投手陣だ。チーム防御率は4.25でパ・リーグ最下位。ここからの奮起が求められるが、視点を変えて見れば、若手にはまたとないアピールのチャンスでもある。

1軍に割って入ろうと奮闘する千葉ロッテ若手スターをご紹介する「1軍をマクレ」第2回は、期待の3年目左腕・成田翔投手にスポットライトを当てた。

千葉ロッテ恒例バレンタイン企画では2年連続で1位に輝いたイケメンだが、その甘いマスクとは裏腹に内面は驚くほどの負けず嫌いだ。自分のアピールポイントを聞かれると、迷いなく「気持ちの部分ですね、今年は」と言い切った。

「今、下(2軍)にいることも悔しいです。今年はやってやるぞって気持ちがあったので、こんなところにいるのはちょっと悔しいです」

悔しいのには理由がある。1軍デビューを果たした昨年9月、4試合(2先発)に投げたが白星には手が届かなかった。プロ初戦先発となった9月29日の本拠地オリックス戦では、6回にマレーロにNPB通算10万号を献上。「勝てなかったことが悔しかった。打者のレベルが全然違ったんですけど、その壁を乗り越えて1勝しないと、さらにその先がない」と、オフは巨人の若き左腕・田口麗斗に直訴して一緒に自主トレを積み、開幕ローテ入りを目指した。

先発投手の大半を右腕が占める中、左腕の成田が割っているチャンスはあったが仕留めきれなかった。でも、そこで気落ちするタイプではない。悔しさをエネルギーに変え、2軍マウンドでは「自分の方が上だというくらいの気持ち。上から向かって投げて行く感じ」で打者と対峙。小野晋吾2軍投手コーチ、川越英隆2軍投手コーチからも「ピッチャーはメンタルが全て」とアドバイスを受けている。今季はここまで4試合で投げて0勝1敗、防御率3.27の成績だが、数字には表れない手応えも感じている。

野球上達にかける貪欲な学びの姿勢、大隣は「結構影から見てます」

今季からフォームを高校時代の時に近いものに変えた。秋田商3年生の時に出た夏の甲子園では、チームを80年ぶりベスト8に牽引。初戦の龍谷高戦では9回1失点16奪三振の快投で話題をさらった。「理想に近い」というこのフォームは、足を上げた時に縦の軸を意識しながら、止まらずに、流れるような体重移動でボールに力を伝えるもの。マウンド上では「力まずに、リラックスした状態から投げ始めて、フィニッシュの部分は指がしっかり掛かるように」と意識している。

 加えて、今季のロッテでは四球を出してもいいから、腕をしっかり振ることを心掛けるように言われているという。「昨年までは四球を出したら印象が悪いなって気持ちもあったんですけど、今年は四球を出したら次の打者を抑えれば点数は入らないって感じで投げられている。腕を振って投げることで自分の持ち味が、もっと出せると思います」

その効果があってか、調子がよくなかった春先はストレートの回転量は2000rpmほどだったが、新フォームが馴染みつつある今では2200rpmまでアップしている。

学ぶ姿勢は貪欲だ。ストレートの精度を上げたいと思えば巨人の田口に教えを請い、変化球を交えた配球の妙を知りたいと思えば高校の大先輩でもある東京ヤクルトの石川雅規に話を聞く。今季から千葉ロッテ入りした大隣憲司も最高のお手本だ。

「大隣さんご本人には言ってないんですけど、キャッチボールだったりブルペンだったり、結構影から見てます。身近にあれだけ実績ある方がいて、幸せにも一緒にやらせていただいている。もちろん時間があればいろいろ聞きます。聞いて学んで実践して、自分のモノにしていかないと大きくなれませんから」

野球が上手くなりたい。野球が大好き。その一心だ。それは子供の頃から変わらない。小学校の頃は軟式野球で左利きながらショートを守った。「大変でした」と苦笑いで振り返るが、それでも野球が大好きだった。水泳、体操、ピアノ、ヒップホップ……。いろいろな習い事をしたが、「野球以外は本当に嫌だった」と苦笑いする。中学で野球1本に専念し始めた時は、本当にうれしかったという。

グローブに入った「恩」の刺繍に込められた思い

「中学に入って野球が上達したのは、他のスポーツをやっていたからかもしれないので、今では感謝です(笑)。ただ、野球をやらされているって思ったことは絶対にありません。自分からやっていたんで。高校でもそうでした。テストでいい点を取れば、新しいグローブを買ってもらえるってなれば、メッチャ勉強しました。野球のためなら勉強もする。必死でしたね。

高校の時も監督さんが『勉強ができないと野球は上達しない』って、赤点を取れば練習をさせてもらえなかったんです。だから、パソコンとか資格を取ることも頑張りました。高校で弱気なピッチングを見せたことが2回ほどあって、その時も練習に入れてもらえず、しばらくトイレ掃除だけってこともあって(笑)。でも、おかげで高校の時にメンタルが強くなったって言えますね。そういうこともあって、感謝する気持ちをすごく持ってます」

高校3年で甲子園ベスト8入りし、直後には侍ジャパン高校代表入りも果たした。「どんどん自信がついてくる感じだった」というが、プロに入ると「体力的にも精神的にも、こんなに厳しい世界だとは思わなかった。こんなに結果が出ないものかって、自信が一気に崩れました」。それでも心を折れなかったのは「ここまで来られたことに感謝したい人がたくさんいる」からだ。みんなの支えがあって、ここまで来られた。その気持ちを忘れないためにも、グローブには「恩」の文字が刺繍されている。

まずは1軍に昇格し、1勝を挙げること。そして、そこから「石川さんよりも長くやりたいです!」。今年38歳を迎えた郷土のレジェンドを超えるには、ここから18年はプロ生活を続けることになる。「今は毎日毎日が必死すぎる」と笑う20歳だが、努力は人を裏切らない。必死の積み重ねが、1軍への定着、そして長いキャリアにつながっていく。

記事提供:Full-Count

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Full-Count 佐藤直子

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