今、もっとも優秀な二塁送球をする捕手は誰か?
セットポジションに入った投手が足を上げた直後、一塁走者が二塁に向かったスタートを切る。それを阻まんと、投球を捕球した捕手が二塁ベースカバーに入った内野手に素早く送球する。
盗塁の攻防は、数ある野球のプレーの中でも、とりわけスリリングな瞬間だ。
特に、二塁に矢のような送球をして、リーグを代表するのスピードスターをアウトにしてしまう捕手の強肩ぶりは目を引くものがある。その一連の動作によるタイムは、近年では少し洒落た言い方で「ポップタイム」と呼称されることが増えてきた。
まさに、はじける(ポップ)ように勢いよく打ち出されるパ・リーグ捕手の二塁送球について、今シーズン5月1日~6月18日におけるポップタイムが優秀だったシーンを厳選してお届けする。
甲斐拓也選手(福岡ソフトバンク)の「甲斐キャノン」は今年も健在
2018年の日本シリーズで、相手の広島カープが6度トライした盗塁の機会をすべて阻止。シリーズMVPを受賞して以降、世の中の情勢がどれだけ混沌としようとも、甲斐拓也選手(福岡ソフトバンク)の「甲斐キャノン」は“通常営業”を続けている。
プロの捕手のポップタイムは、年々レベルが上昇。ひと昔前なら「実戦で2秒を切れば優秀」といわれていたが、現在では多くの捕手が素早さMAXのときで1秒80台は出してくる。とはいえ、実戦では捕球の難しい低めの変化球の場合もあり、それは体勢が整ったときにしか発生しないのが現実だ。
ところが、甲斐選手は過去の計測で最速1秒70台を出しており、そうでないときでも多くのケースで1秒80台前半を叩き出す。今回紹介する埼玉西武・熊代聖人選手の盗塁を阻んだポップタイムも1秒82。こともなげに1秒80台前半を記録した。
甲斐選手のスローイグは何が違うのか? 一番の特徴は、「素早さ」と「強肩」のハイブリッドであることだ。
甲斐選手が登場する以前の捕手の二塁送球は、大まかにいうと、「捕球から投げるまでの動作が素早い」タイプと、「動作は一瞬遅れるが送球自体が高速」というタイプのどちらかに分かれていた。
ところが、甲斐選手はその両方を会得したことで、日本人としては未知の領域だった1秒70台に乗せてきた。そこが他の捕手との大きな違いになっている。
あれから3年が過ぎたが、現在もトップレベルを維持し続けている。「甲斐キャノン」の砲身は、いまだ焼け付く気配はない。
楽天の成長株・太田光選手が1秒80を記録
自身3年目の今シーズンは、開幕から正捕手として期待され、オールスター前までの88試合中、72試合に出場している太田光選手。打撃面では苦労が続いているが、二塁送球については確実に成長しており、1秒80という会心のポップタイムを披露した。
太田選手の素晴らしいところは、捕球したあとにボールをミットから右手に持ち替える動きが送球の動きと流れるように連動していて、一切の無駄がないところにある。おそらく、このときは会心の送球だったに違いない。
走者はパ・リーグ盗塁王を2度受賞した経験を誇る金子侑司選手(埼玉西武)だったが、これほどの送球をされると、どんな韋駄天でも二塁を盗むのは難しくなる。
森友哉選手(埼玉西武)の1秒78はショート・源田壮亮選手とのコラボによる成果
2019年に首位打者とシーズンMVPを獲得した森友哉選手(埼玉西武)は、どちらかというと「打てる捕手」という印象が強い。だが、本人はあくまで捕手として自分のプレーが評価されることを一番の望みとし、日々研鑽を積んでいる。その成果が、今回のポップタイム1秒78という数字になって現れた。
これほどの好タイムが出た背景には、本人のスキルアップはもちろんのこと、走者にタッチしたショートの源田壮亮選手の高い技術があることを忘れてはならない。
森選手の送球は、ショートバウンドするほど低いところへ行った。並の内野手だと、プロであっても、少し前方でバウンドする前に捕球したくなるのが心情だ。
ところが、それだとタッチが遅れてしまうため、源田選手はグラブを少し浮かせてから地面に押し付けるようにして、捕球したところにスライディングした足がちょうど来る、いわゆる「ゼロ秒タッチ」を狙って実現してみせた。
このプレーは少しでもタイミングを誤ると、グラブと地面の間をボールがすり抜けてしまい、後逸してしまうリスクがある。
そのため、確かな技術がなくてはできないプレーであり、これほど鮮やかに捕球できる内野手はプロでも限られるだろう。
捕球できなかったら、素早い送球をしてもタイムにはならない。それを考えると、森選手と源田選手の共同作業によって成し得た1秒70台であり、盗塁阻止といえる。
制球もすばらしい甲斐選手の二塁送球
ここで再び甲斐選手が登場。森選手のパターンと同じく、捕球したところにスライディングがくる位置に送球したことで、間一髪アウトにできた神送球だ。ポップタイムも1秒77と群を抜いている。
甲斐選手のスローイングは、「素早さ」と「強肩」のハイブリッドであると前述したが、実は、もうひとつ大きな特徴がある。それは、コントロールが抜群に良いところ。
盗塁を刺すためには、タッチしやすいところへ投げなくてはならない。究極をいえば、森選手のときにもそうだったように、送球が二塁ベース付近の走者がちょうどスライディングしてくるあたりのところにいくのがベストだ。そうすることで、ベースカバーに入った内野手は捕球してからタッチするまでの時間を限りなくゼロ秒にすることができる。このときも、そういう送球だった。
逆に、ほんの少しでも捕球する位置がそれて距離ができてしまうと、タッチまでに概ね0秒20程度はかかってしまい、それがアウトとセーフを左右することもある。
「甲斐キャノン」は捕ってから素早い。送球自体も速い。さらに制球が良い。この三要素が揃っていることで成り立っているということを覚えておいてほしい。
番外編では4人の若武者が登場
ここで、ブレイクタイムがわりに、今後、台頭してくる可能性があるファーム試合で好タイムを出した捕手たちのポップタイムを紹介しよう。
まずは、プロ2年目の田宮裕涼選手(北海道日本ハム)。上から叩きつけるように投げ下ろされた二塁送球のポップタイムは1秒89だった。
ルーキーイヤーの2020年に1軍に昇格したときは打撃での活躍が目立ったが、強肩も田宮選手の売りのひとつ。近い将来、1軍への定着が見込まれる。
続いては、谷川原健太選手(福岡ソフトバンク)によるポップタイム1秒94の二塁送球。このときは、右打者の内角の投球を受けたあと、上半身をひねり戻すようにしてから送球しているが、フットワークを使って体の中心で投球を受けられればもっと良いタイムになっていただろう。
今季は外野手として一軍のゲームにも出場した谷川原選手。甲斐選手や先輩たちから多くのことを学び取ってステップアップしたいところだ。
3人目はフェリペ選手(オリックス)の1秒90というポップタイム。4年目を迎える育成選手だが、高い身体能力を誇るだけに、きっかけひとつで大化けする可能性もある。
最後の4人目は、福岡ソフトバンクからもうひとり、渡邉陸選手の二塁送球で締めたい。ポップタイムは、4人の中では最速の1秒84。福岡ソフトバンクは選手層が厚く、競争が激しいが、一軍のレギュラークラスと遜色ないこの強肩を武器に、今後の活躍を期待したい。
1秒75の最速ポップタイムを出したのも、やはり……?
このレポートのトリを務める最優秀ポップタイムも「甲斐キャノン」だった。まさか、ここまで甲斐選手づくしになるとまでは想定しておらず、「甲斐キャノン」というワードを使いすぎてしまった。この場でお詫びしたい。
送球としては二塁ベースよりやや三塁側寄りというところ。前ふたつのような走者のスライディングする足先に行く究極のコントロールではなかったが、これだけのポップタイムであれば十分勝負になる。1秒70台は、現状で甲斐選手だけが頻繁に出すことができる聖域といってもいいだろう。
このすごさはいかんともし難いが、いつまでも一人旅が続くようでは、見ている側としてわがままをいわせてもらうとおもしろくない。
今回は年齢が若い太田選手や森選手が肉薄してきていたので、いずれは、1秒70台を多くの選手が出すようになり、さらにハイレベルな争いになってくることを望んでいる。
その日が来るのは、そう遠くはないはずだ。
文・キビタキビオ
パ・リーグ捕手の二塁送球ポップタイム 動画はこちら
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