パ・リーグの正捕手争いは意外な展開に
「扇の要」という呼び名が示す通り、捕手はチームにとって非常に重要だ。改めて言うまでもなく、優れた正捕手の存在はチーム全体の戦いぶりを大きく左右する。2020年のパ・リーグ各球団においては、昨季の正捕手の多くが出場機会を減らし、チーム内の序列も少なからず変化した傾向が見られた。
故障、不振、ライバル捕手の好調…… 各所で正捕手争いに波乱が巻き起こった今季。パ・リーグで1試合以上マスクを被った選手たちの成績を見ていきながら、各球団の捕手事情を振り返りたい。
昨季は清水優心選手が98試合に出場、打率.259と打撃面でも存在感を発揮。正捕手に最も近い存在となっていたが、今季は開幕から打撃不振にあえいだ。さらに守備面でも精彩を欠き、7月14日の千葉ロッテ戦では二度の送球ミスがともに失点につながって途中交代。その後1カ月にわたって一軍から遠ざかった。ともにリーグワーストの失策8、捕逸7という苦い経験を糧として、来季は雪辱を果たしたいところだ。
清水選手の不振を受け、一軍で主にマスクを被ったのが、昨季途中に巨人から移籍してきた宇佐見真吾選手だった。巨人時代に発揮した打撃力はまだ鳴りを潜めているが、出場試合数は過去最多だった昨季の45試合を大きく上回った。清水選手の復帰後も先発マスクを被る機会は多く、今季は正捕手の座に近づくシーズンだったと言えそうだ。
今季で39歳、大ベテランの鶴岡慎也選手は、18試合で打率.294と存在感を見せたものの、コーチ兼任ということもあって出番は限られた。また、いずれも若手である石川亮選手、郡拓也選手、田宮裕涼選手は一軍の舞台で出場機会を伸ばすには至らなかったが、なかでも田宮選手は打率.429、OPS.857と、少ない打席数ながら打撃面で存在感を示している。
長きにわたって正捕手を務めた嶋基宏選手(現・東京ヤクルト)が昨オフ退団し、現在は次代の正捕手争いの真っただ中といったところ。最も多くチャンスを得ているのは2018年ドラフト2位で入団した太田光選手で、7月10日まで打率.300を超えるなど序盤は好調な打撃を見せた。しかし、7月は月間打率.153、8月は月間打率.154と不振に陥り、9月末からは故障で長期離脱を強いられてしまった。
ほか31歳の足立祐一選手が2番目に多い試合数に出場し、例年通り安定感を見せた。26歳の下妻貴寛選手、巨人からトレードで加入した田中貴也選手など、楽しみな若手も少なくない。
2015年から正捕手を務める田村龍弘選手は、今季も捕手としてチーム最多となる92試合に出場した。ただ、打率が2割を割り込むなど打撃不振に陥り、9月9日の北海道日本ハム戦では死球を受け骨折してしまう。さらに、復帰後の10月29日の福岡ソフトバンク戦、30日の楽天戦では、ともにワンバウンドの暴投を止められず決勝点を献上。チームが2位に躍進する中で、個人としては苦しいシーズンとなった。
昨季も控えとしてチームを支えた柿沼友哉選手は、種市篤暉投手の登板試合などでマスクを被り、巧みなインサイドワークを見せた。しかし、打率1割台とオフェンス面では課題を残し、チームが緊迫の上位争いを繰り広げた終盤には、出場機会を大きく減らす。来季は攻守でさらなる成長を見せ、本格的に正捕手の座をうかがう1年にできるか。
ドラフト2位ルーキーの佐藤都志也選手は、即戦力の期待通り開幕一軍入り。6月27日のオリックス戦ではプロ初安打となるサヨナラタイムリーを放ち、存在感を発揮した。その後も第三捕手として一軍定着し、代打や指名打者としても奮闘する。しかし、主力が大量離脱し、指名打者としてスタメン出場を続けた10月は月間打率.143と振るわず。送球や捕球を含む守備面でも、まだ課題は多い。
昨季は、森友哉選手が攻守で大活躍。打率.329、23本塁打、105打点、OPS.960(959)と圧巻の打棒を披露し、捕手として史上4人目となる首位打者と、リーグMVPを受賞する快挙を成し遂げた。当然ながら今季も、扇の要としても打線の中軸としても大きな期待がかけられていたが、打撃三部門全てで大きく成績を落とすまさかの大苦戦。失策7、捕逸7と守備面でも苦しんでおり、若き正捕手にとっては試練の1年となった。
岡田雅利選手は、2018年に打率.272、2019年に打率.262と打撃面でも一定の活躍を見せており、控え捕手ながら存在感を示し続けている。ただ、森選手が調子を崩した今季は大きなチャンスだったが、極度の打撃不振にあえいでしまい、さらなる出場機会増加を果たすことはできなかった。
ルーキーの柘植世那選手は、プロ初のスタメンマスクとなった8月27日の北海道日本ハム戦でプロ初本塁打という、インパクト抜群のデビューを飾る。9月は打率1割台まで急降下し、一軍の壁に直面したように見えるものの、貴重な経験を積んだシーズンとなった。
若月健矢選手は2017年から3年連続で100試合以上に出場し、昨季は自己最多となる138試合でプレー。今季は6月30日の時点で打率.300と、課題の打撃で開眼の兆しを見せていた。しかし、8月は月間打率.103と苦しみ、出場試合数も100試合に届かず。それでも打率は、キャリアハイの.245を記録した2018年に次ぐ数字で、成長を見せたシーズンでもあった。
伏見寅威選手は、2018年に代打の切り札や一塁手などとして出場機会を増やし、打率.274と活躍を見せた。昨季はアキレス腱断裂の大ケガを負い、シーズンを棒に振ったが、リハビリを乗り越えた今季は本職の捕手としてもたびたび好リードを披露。本塁打は昨季までのキャリア通算(3本)の倍を記録し、改めて秘めたポテンシャルを見せつけた。
昨季途中に中日から加入した松井雅人選手も、開幕から一定の出場機会を得ていた。ただ9月初旬に故障で約1カ月間戦列を離れ、正捕手争いでは遅れをとっている形だ。2年目の頓宮裕真選手は、今季から捕手に再転向。しかし開幕直後に骨折し、一軍合流は10月下旬まで待った。来季は、非凡な打撃センスを存分に発揮してほしいところだ。
2017年以降は正捕手の座に君臨し続けている甲斐拓也選手が、今季も扇の要として鉄壁の投手陣を支えた。打撃面では、137試合で打率.260を記録した昨季に比べれば数字を落としたものの、本塁打数は昨季と同じ11本。むろん強肩やインサイドワークといった守備面での安定感は相変わらずで、3年ぶりとなるリーグ王座奪還に大きく貢献した。
その甲斐選手に次ぐ第2捕手として、長年堅実な働きを見せている高谷裕亮選手は、今季も自らの役割を全う。特に同じ1981年生まれである和田毅投手の登板試合では先発マスクを任され、ベテランバッテリーとしてたびたび左腕の好投を引き出した。シーズン終盤に戦列を離れたものの、縁の下の力持ちとしてチームのV奪回に寄与している。
また、本来捕手を本職としていた栗原陵矢選手も、開幕前の段階から出色のバッティングを見せて一軍定着。捕手としての出場こそ3試合にとどまったものの、チーム状況に応じて一塁手や外野の両翼をこなしながら、レギュラーの座をつかんだ。若手の九鬼隆平選手と海野隆司選手もそれぞれ5試合に出場しており、来季は出場機会増加を果たせるか注目だ。
今季の波乱は来季にどうつながるか?
以上のように、福岡ソフトバンクを除く5球団では、昨季と異なる様相の正捕手争いが巻き起こっていた。とりわけ、前年までの主力捕手が調子を落とすケースが目立ったが、選手層の拡充という観点では収穫のあったシーズンだった、という見方もできそうだ。
森選手が不振に陥った埼玉西武が終盤まで苦しい戦いを強いられたこと、捕手陣が盤石だった福岡ソフトバンクが最終的にリーグ優勝に輝いたことを考えると、やはり主力捕手の安定はチームの安定につながっている。来季は、ここで出場機会を増やした捕手たちのさらなる台頭は見られるか。あるいは苦しんだ選手たちが、本来の実力を取り戻すか。今後も繰り広げられる正捕手争いに、ぜひ注目してみてほしい。
文・望月遼太
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