広島時代は遠征に帯同できず「ホンマやばいな」。千葉ロッテで再起を期す三家和真

パ・リーグ インサイト 岩下雄太

2018.4.23(月) 19:09

千葉ロッテマリーンズ・三家和真選手(C)パーソル パ・リーグTV
千葉ロッテマリーンズ・三家和真選手(C)パーソル パ・リーグTV

故障に苦しめられたルーキー時代

NPBに復帰して2年目の千葉ロッテ・三家和真選手。昨季は二軍でチーム最多の107試合に出場し、今季もここまで遊撃のレギュラーとして25試合に出場している。

今では故障に強い選手となった三家選手だが、広島の育成時代は、1年目の2012年の秋に膝を負傷し、秋季キャンプと翌年の春季キャンプはチームに帯同せずリハビリに専念するなど、とにかく故障が多かった。結局、2年目の2013年は二軍での試合出場も5試合のみにとどまり、同年オフに戦力外通告を受ける。

2014年からはプロ野球独立リーグ・ルートインBCリーグの信濃に入団し、2015年からの2年間は石川でプレー。そして、2016年秋に行われた千葉ロッテキャンプの入団テストに合格し、背番号「61」のユニホームを手に入れた。

4年ぶりにNPB復帰した昨季は、一軍でも4試合に出場し、今季は開幕から元気にプレーしている。三家選手は広島時代よりも故障が減った理由について「体もでかくなったんじゃないですかね」と笑顔。

「知識は全然ないと思いますけど、高校出てすぐのときに比べると、体も強くなっていると思います。厚みとか体の大きさもそうですけど強くなっている。1回ケガもしているので、ケアの面はだいぶ意識しています」と話した。

広島時代よりも出場機会が格段に増えた

広島時代の2013年の夏のある日には、寮のテレビでひとり寂しく甲子園を観戦し、遠征に向かうチームメイトを見送ることもあった。

三家選手が千葉ロッテに加入してすぐに当時のことを聞くと、「正直、気持ちが落ちていたわけではないけど、何しているんだろうなあというのはありました。このままやったらホンマやばいなというのはありました。周りが遠征行くわけですから。メンバーに入っていないわけですから、悔しい気持ちはありました」と振り返った。

しかし千葉ロッテで出場機会が増えたことで「カープのときは全然試合に出ていなかったですし、練習でしか何がいいのか悪いのかが分からなかった。ロッテでは(出場)機会が多いので、『今自分の状態はこうなんだ』と。ゲームの中で修正する機会が増えてきている」と、技術的な反省や修正もしやすくなったと語る。

現在、二軍打撃成績は25試合75打数20安打1本塁打8打点、打率.267。ただプロ野球は一軍で活躍してナンボの世界。三家選手は「二軍でまず打つこと。一、二軍の方針としてもっと走塁の意識を持ってという話もあるので、二軍にいるうちから盗塁もそうですけど、先を狙う姿勢を変えていかないといけない。意識を強く持っていきたい」と意気込む。

最初にドラフト指名を受けた広島ではケガに苦しみ、本拠地・マツダスタジアムで活躍する姿をファンに見せることはできなかった。しかし、今度は、赤ヘル軍団に負けず劣らず熱い幕張で。背番号「61」の勇姿を、1日も早く披露したいところだ。

記事提供:

パ・リーグ インサイト 岩下雄太

この記事をシェア

  • X
  • Facebook
  • LINE