皆さんはご存知だろうか。プロ野球球団である北海道日本ハムファイターズが“読書促進活動”を行なっていることを。「ファイターズ読書促進全道キャンペーン・グラブを本に持ちかえて」と名付けられたその活動は今年で6年目に突入。活動内容はブックシェアリング、オリジナル絵本の製作、図書館での企画展、夏休みに設定冊数を読了した児童の試合招待。その他多岐にわたり、活動は現在も精力的に続けられている。一見相反するものに思える、プロ野球と読書。ファイターズはなぜ「読書」に焦点をあてたキャンペーンを続けるのか、そして活動を通し描く未来とは……
お話をうかがったのは、企画の発案から現在も同キャンペーンを担当されている、広報部長の見田浩樹さん。キャンペーンの原点は、ふと目に飛び込んできた選手たちの読書する姿だったと言う。
「私自身がチーム付広報としてキャンプやビジター遠征に帯同していて感じたのが、移動の飛行機の中で読書をしていたり、キャンプの部屋に本を積み重ねている選手の多さ。さらに栗山英樹監督が大変な読書家であり、采配やコミュニケーション力を磨くヒントを書物から得ていることから、広報としてこうした事実をもっと世の人に知ってもらいたいと感じるようになりました」
その当時、ファイターズは札幌ドームに本拠地を移転して10年目。北海道により根付き、より愛される球団になるための思案を続けていた2014年のことだった。
「2004年に北海道日本ハムファイターズが誕生して10年が経過し、この間トレイ・ヒルマン監督や新庄剛志選手が先頭に立ってMLB仕込みのファンサービスを実践したほか、シーズン中の小学校、病院訪問などを通じて球団が地域に溶け込み、認知していただく活動が定着し当初の目的を果たしつつありました。次のステップを考えたとき、地域の課題を“自分たちごと”とし、解決策を探ることが我々を受け入れてくれた北海道への恩返しだととらえ始めたのが「グラブを本に持ちかえて」がスタートする2014年でした」
地域社会が抱える課題に真正面から向き合う。ファイターズはプロ野球球団が野球以外で果たせる役割の模索をいち早く始めていた。そしてその課題として着目したのは、北海道の小中学生の学力が都道府県別では中位より下位にランクしているという現状。その課題の一つの改善策として「読書」がもたらす効果に注目した。
球団広報として目をつけた、選手たちの伝えきれていない一面。そこに球団として向き合うべき課題が相まって、プロ野球球団の読書促進キャンペーンは企画されたのだ。
「読書」が近づけてくれた道民との距離
こうして始まった読書促進キャンペーンは、初年度からさまざまな取り組みを行なっていく。試合開催日の札幌ドームで、家庭で読み終えた本を引き取り、それらを北海道内の学校図書館などに無償で提供するブックシェアリングの呼びかけをすると、1,700冊を超える本が集まった。
ほかに、監督・選手の推薦図書を載せたリーフレットを作成、その際撮影した読書場面の写真をパネルにして提供し、北海道内64の図書館で企画展が開催された。札幌市で最も大きな中央図書館ではひと月半で入場者が1万人を超え、通常の所蔵展の3倍のペースを記録した。
2016年には、北海道で一斉読書を実施している学校の割合は小中学校とも全国平均を上回っている一方、「一日当たり10分以上読書している」「読書が好き」と回答した児童生徒の割合は下回る傾向にあった。そこで中田翔選手、西川遥輝選手など22選手が校内一斉読書の開始と終わりを告げるコメントや、規則正しい生活やスポーツ、勉強に一生懸命取り組んでほしいというメッセージを収録。校内放送用音源として北海道内すべての公立小中学校へ提供した。
「幼少期から読書の習慣をつけ、学力向上につなげてほしい」と企画した取り組みだったが、見田さんには思わぬ声が届いた。
「多くの図書館ではファイターズや野球に関する企画展をそれ以前から考えていたようですが、なかなか依頼する糸口がなかったそうで、球団からの提案はありがたかったという声も寄せられました。予想外のことでうれしかったです」
球団から北海道中に声をかけ活動を進めていくことで、結果的にファイターズと道民との距離が近づいた。普段の生活の中にファイターズが自然とある状態は特別なことで、それが道民にとって喜びになれば、それ以上に嬉しいことはない。球団から地域の方々に歩み寄り、声をかけていくことが、その後の札幌ドームでの盛り上がりへとつながっていったのだった。
芯を持った活動で次々と生まれていく派生型
「ファイターズが読書を推奨している、という芯を持っていることで、派生型が次々に生まれてきます」と見田さんが言うように、活動はここでは紹介しきれないほど多岐にわたる。その中でも特に大きな広がりを見せたのは、球界初の取り組みとなった、選手プロデュースによる絵本の制作だった。
「絵本は活動を始めた2年目の2015年から3年にわたり制作しました。チームワークや野球というスポーツの魅力、食と体作りの関連性、そして自然科学と題材を変えながら、今子どもたちに伝えていきたいことをダイレクトに訴えかけるなら自分たちで制作することもありなのでは、と考えたのが出発点です。大人が読み聞かせる場合はお子さんとの絆も深まりますし、お子さん自身が読めば読解力を高めることにもつながります」
栗山監督と選手会が意見を出し合いながら制作を進め、北海道在住の絵本作家がイラストを担当した。監督と選手はかわいい動物に置き換えられ、物語を通して子どもたちにメッセージを伝えていく内容だ。絵本に描かれた物語は、子どもの世界をどんどん広げ、感性を豊かにし、知的好奇心を引き出してくれる。さらに絵本の読み聞かせは、親子が楽しく向き合う環境づくりへとつながるため、家庭や図書施設での読書習慣の定着を図ることもできる。
オリジナル絵本は好評を博し、第3弾まで制作された。北海道のローカルTV局では、選手が出演する読み聞かせ映像が放送され、選手による読み聞かせイベントには子どもを連れたたくさんのファンが集まった。さらに、星の世界を舞台にしたオリジナル絵本第3弾『もりのやきゅうちーむふぁいたーず ほしのせかいへ』は2019年に札幌市青少年科学館で番組プログラムが組まれ、プラネタリウムで半年間投影されたのだ。
「自分に適した興味・関心は何なのか、ふと手に取った一冊から気付くことがあるかも知れません。あらゆる時代のあらゆる人物に出会うことができ、行ったことのない世界にも行けた気分になるなど、読書の楽しみは人それぞれ挙げればきりがないほど。そうした奥深さにぜひ触れていただきたいですね」
学力向上のためだけではなく、読書を通じて知識を深め、豊かな心をはぐくんでほしいという思いと、これまで球団が行なってきた地域に根ざす活動が実を結び、一冊の絵本からここまでの広がりにつながったのではないだろうか。
北海道の未来が明るいものになるように
最後に、読書促進活動の今後についてうかがった。
「スマートフォンやタブレットなどの情報端末が身近にある状況はさらに加速するかもしれません。一方で読書は決して堅苦しいものではないというメッセージは、この先も形を変えながら発し続け、次世代にこの文化を残していくつもりです」
「今年からファイターズは老朽化した少年野球場を改修してプレー環境を整備する「ダイヤモンド・ブラッシュ」プロジェクトを開始し、北海道内の3球場を修繕しました。我々の活動の根底にあるのは、次の世代への継承。スポーツには人を引きつけ地域を元気にし、文化を育てる力があると信じて、この先も北海道の未来が明るいものになるよう取り組んでいきたいと思います」
北海道の未来を想い、共に思案をし、思いを形にしていくことでファイターズはプロ野球をより魅力的なコンテンツへと進化させ、ファンに届けている。何を生み出し何を残していくか、プロ野球界に閉じず多方面に目を向け挑戦を続けるファイターズの今後の取り組みに、これからも期待したい。
文・池田紗里
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