鷹の新・ドクターKが、ついに育成枠を卒業して支配下登録された。
福岡ソフトバンクホークスの尾形崇斗投手。3月16日にPayPayドームで喜びの会見に臨んだ。尾形は宮城県出身。福島・学法石川高校から2017年育成ドラフト1位で入団した。昨年までの2シーズンで二軍公式戦の登板は5試合のみと、実績だけを見ればゼロに等しい。しかし、ホークスには三軍がある。独立リーグや社会人チームなどと行う非公式戦で25試合に登板、3勝1敗、防御率1.84。なかでも58.2投球回に対して86奪三振と特筆すべき数字を残した。
その後、秋季教育リーグ「フェニックスリーグ」ではNPBのホープ相手に段階上の投球。計6試合で8イニングを投げて1安打無四球無失点、そして18奪三振。じつに24アウトの75%を三振で取り、奪三振率に換算して「20.25」という異次元の数値を叩き出したのだった。さらに、 台湾で行われたアジア・ウインターベースボールリーグに派遣されると、10試合登板で防御率0.77。11回2/3で23三振、奪三振率は「17.74」とまた好成績を残してみせた。
ここまでくれば立派な実績だ。今春の宮崎キャンプでA組に抜てきされると、オープン戦もフル帯同した。5試合に登板して1勝0敗、防御率0.00。奪三振率は「5.73」のやや控えめだったが、無失点投球が光った。最終戦だった15日のカープ戦(マツダスタジアム)では先発を任されて4回1安打無失点と満点投球を見せた。
尾形がなぜ、三振を多く奪えるのか。その秘密はストレートにある。
球速は150キロに迫る。確かに速いが、答えはスピード表示ではない。藤川球児の「火の玉ストレート」にも似た、わかっていても打たれない真っ直ぐを投げられる秘訣を、尾形自身が明かしてくれた。
「オープン戦で投球フォームのスロー映像を見た時、はっと気づいたんです。僕の場合、ボールを離す瞬間も手首がまっすぐ立っているんです。手首を立てたほうがいいと言われますが、ボールを握った状態で思いっきり腕を振るから、ボールの重さなどに負けてどうしても10度くらいは傾いてしまうものなんです」
他の投手と明らかに違う手首の強さこそが、尾形の最大の武器である“お化け直球”を生んでいた。
「明確な理由になるかわかりませんが、子どもの頃、ほぼ毎日スナップスローをしていたんです。一日1000球とか。小学生の頃のコーチから『スナップスローなら肩や肘を使わずに投げられるだろ』と言われたのがきっかけです。小4から中2までずっとやっていました」
努力を努力と思わず、当たり前のように継続できる。それが尾形という男である。
新背番号「39」とともに、次に狙うのは開幕一軍だ。工藤公康監督はこの右腕を高く評価しており、勝敗を左右する重要な局面で尾形を頼るシーンも今季は何度も見られるかもしれない。
以下は、支配下登録会見の主な一問一答。
――今の気持ちは?
「心の底から喜べるというか、すごく嬉しい気持ちです。その喜びを今日は1日感じていたいと思います」
――この一報はいつ、どのような形で耳にしましたか?
「昨日の広島戦が終わってから帰りの新幹線に乗っているとき、球団の編成の方からお電話をいただきました。やはり両親だったり、これまで支えてくれた監督やコーチ、スタッフなどの裏方さんだったり、その感謝の気持ちが最初に思い浮かびました」
――最初に連絡をしたのは?
「最初は両親に連絡をして、支配下登録が決まりましたと伝えたところ、今までにないくらい喜んでいた感じがわかりました。ここまで少しずつやってきたことがかたちになったのは良かったかなと思います」
――新しい背番号についていかがでしょうか?
「39番ということで最初に思ったのが、森さんと千賀さんの間だなと思いました。そのお二人に少しでも近づけるように、そして近づいて追い越せるように頑張っていきたいと思いました。あと感謝の“サンキュー”だなと思いました」
――育成ドラフトで入団し、ここまで振り返ってみていかがでしょう?
「育成選手の立場で入団してきて、いろんな苦しい思いもありました。なかでも僕が1年目のときのファン感謝祭の時。優勝パレードがあったんですけど、育成選手は出られない。2時間くらいドームで待機していたんです。その時にすごく悔しくて。パレードに出られない悔しさというのがすごくあった。みんながパレードをしている間、ウエイトトレーニングをしていました。その悔しさを持ち続けて、絶対に負けないと思いをこの2年間ずっと思いながらやってきました。これからもそのような思いは忘れないで、続けてやっていきたいと思います」
――支配下入りの手ごたえをつかんだり、自分の中でターニングポイントとなったできごとは?
「ターニングポイントはオフに台湾でのウインターリーグに参加させてもらったことだと思います。海外の慣れない環境の中で試合をして、自分の力を発揮する難しさはありました。球場のマウンドも違う。ただ、この先で一軍でプレーしていけば、さまざまな環境や状況、球場のマウンドにだって対応をしていかないといけない。その対応力を身につけさせてもらったと思います」
――ここまで支えになったのは?
「両親だと思います。僕が投げた試合は三軍戦でも細かくチェックしてくれて、いつも連絡をしてくれて気遣ってくれていた」
――ともに支配下登録されたリチャード選手はどんな存在?
「去年まで三軍でずっと一緒にやってきて、台湾ウインターリーグでも一緒にやってきた。台湾では部屋も同じで、キャンプも一緒にA組。周りを見渡せばリチャードがいるという状況で野球をやってきた。昨日の試合(カープ戦)もサードみたらリチャードがいて、すごく安心したというか、僕の心を癒してくれた。そういう存在。1年目に入寮した時も一緒に目覚まし時計を買いに行った。リチャードが全然起きないということで、なんか危機感のある音の目覚まし時計を買おうと言ってた。つい最近のようです」
――今年のキャンプ、オープン戦で成長したと感じるところは?
「A組にいて、支配下が少しずつ近づいてきた中で、僕は自分自身にあえてプレッシャーというか重圧をかけてやっていました。対外試合が始まった時、最初の試合で結果を残せないようならこの先はもうダメだと考えて、絶対に何としても抑えてやるという気持ちでキャンプはずっと過ごしていた。今までの自分では逃げていたと思う。気持ちが先に負けてしまっていたんですけど、今年のキャンプでは自分と常に向き合えて、自覚を持って行動ができていたので、それに関して言えば成長できたというか、今までの自分を越えられたと感じました」
――王会長や工藤監督からはどのような言葉を掛けられましたか?
「おめでとうと言っていただいた。そして『勝負だぞ』と。僕自身、まだ何かを成し遂げたわけではない。これからチームの日本一やリーグ優勝などに貢献できるように頑張りたいと思いました」
――新たなスタートです。どんな選手になりたいのか、ファンの皆さんへ報告をお願いします。
「チームが苦しかったり流れが悪い時に、自分の一球で流れを変えていけるような、そして相手の流れを全部こっちに持ってこられるようなピッチャーになりたいと思います」
――お互いにエールお願いします。
尾形「これからも変わらず、僕が投げたときはホームランを打ってください」
リチャード「わかりました、頑張ります。(尾形投手には)今まで通り大きな『オラァ』という声をあげて、いつの時もいいピッチングを見せてください。お願いします」
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