「背番号はプロ野球選手にとっての名刺」
特別な意味を持つ番号を球団から託された選手がいれば、確かな実績と覚悟を持って、自らレギュラーナンバーを背負うことを望む選手もいる。球史においてはそれまで大きな意味の持たなかった番号を、プロ野球界の枠を超えて子どもたちの憧れに昇華させた選手もいた。初めて着用した背番号への愛着、名前との韻、心機一転、誕生日…。数字に込められるメッセージはさまざまだ。
昨年、福岡ソフトバンクは度重なる主力の故障に悩まされながらも、選手層の厚さでカバーしてみせた。大詰めのクライマックスシリーズと日本シリーズでも、最後に地力で寄り切って「ホークス強し」を印象付けたが、2015年のような圧倒的な強さを見せつけたわけではない。
日本一連覇へ向けて、投打のキーマンとなるのは背番号に思いを込める2人だ。昨季、右肩の故障で13試合の登板にとどまった武田翔太投手は、今季から気持ちも新たに背番号を「18」に変更した。プロ入団時から「51」番への愛着を語っている上林誠知選手は今季、課題の夏場を克服してレギュラー定着を狙う。
武田投手の今季目標は「18勝」、「200投球回」、「10完投」
「機会があって、僕自身も気持ちの切り替えがしたかった。もっと自覚も必要かなと思って『18』番に変えようかなと思いました」
プロ野球界にとって、投手の背番号「18」は特殊な意味を持つ。その事実を、もちろん武田投手も重々、承知している。
「すごい選手が着けてきた番号ですし、重みを感じますね」
今季、掲げる目標はいずれも自己最多の「18勝」、「200投球回」、「10完投」。意識が変われば、行動も変わる。自主トレでは、ハードなメニューをこなして徹底的に身体をいじめ抜いた。
「今年の自主トレでは一番の苦手分野というか、弱点を洗いざらいすべて出してやろうと思って取り組みました」
背番号を変更したが、ピッチングそのものに大きな変化を加える予定はない。春季キャンプでは、鍛え直した身体の力を最大限に引き出せる自然体なフォームを模索した。
「だいぶいい形になっていると思います。昔というほどでもないですけど、もともとの僕の投げ方。今の身体に合った、自然体で投げられる形を追及してやっています」
苦い経験もデータ活用も、全ては自身の引き出しに
これまで武田投手は故障を経験し、それを乗り越えることで自らの肥やしとしてきた。昨年は突然の侍JAPAN選出にも対応したが、調整の変更を余儀なくされている。結果、それが右肩の故障につながり、長期の戦線離脱を強いられた。ただ、未知のバッターを研究し、対戦できたことも無駄にはしない。
「野球の文化が違えば、対戦したときの感覚も違います。日本に来ている外国人バッターの特徴ともまた違う面がありました。根本的に日本のバッターは、前で打つタイプの人が多い。(WBCで対戦した)外国人選手は結構、自分の懐にボールを呼び込んで打つタイプのバッターが多いと感じました。トップからのスイングの出だしが速くて、差し込んだと思ってもキレイに弾くイメージがありましたね」
武田投手といえば、周囲のさまざまな事象にアンテナを張り、そこで得たインスピレーションを養分に変えてしまうことがある。今、ピッチングに取り入れられそうな関心事はあるのだろうか。尋ねると、表情に好奇心が広がった。
「自分の自然体の形が見つかっているので、取り入れるということではないですけど。個人的に気になっていたのは、工藤公康監督の投球フォームです。この間、OB戦(巨人対南海)で投げていましたけど、その投げ方を見直したりしました。軽く投げているように見えるんですけど、バランスがいいので、活きのいいボールがいっていました。そういう投げ方や感覚は、取り入れられたらいいなと思います」
巷間で話題のトラッキングデータも、もちろん有効に活用している。
「球離れがひとつのポイントですね。日本のピッチャーでは早い方だと思いますが、その代わり打点が高いと思います。球離れは遅い方がいいイメージがありますけど、僕にとってはカーブなどの変化球が大事になってくるので。ボールを離す位置がぶれていたら修正しようという使い方で、早くなりすぎたり、逆に遅すぎたりしないように気を付けています」
ピッチャーを“頭手”と“闘手”に大別すれば、武田投手は前者の代表格だ。高校時代に脱力へたどり着き、近年はフォームが搾れたことを明かしている。ピッチングに関して、考えることは多い方がいいのか、それとも少ない方がいいのだろうか。
「時と場合によると思います。ただ、調子がいいときはポイントが自然と少なくなると思いますし、調子が悪いときは多分、いろいろなことを考えてしまう。そうなると、ポイントが増えてくるのは当然かなと思いますね」
憧れを追いかけるだけにとどまらない、上林選手の進化を求める姿勢
「51」番に特別な意味を持たせたイチロー選手への憧れを、上林選手はプロ入りした当時から隠さない。
「プロの世界でも『51』番を着けられるとは思っていませんでした。変なプレッシャーはなかったですけど、背番号に恥じないように、背番号負けしないように活躍したいと思っています。イチロー選手は小さいときから目標にしましたし、本当にお手本にしなければなりません。けど、全てを真似するのではなくて、自分の色を出しながらやっていきたいと思っています」
稀代のヒットメイカーはゴロを多めに打つタイプの打者だが、上林選手は現在、打球に角度を付けてのフライ増に取り組んでいる。
「ボールの下を捉えればフライになると思います。下に入りすぎると凡打のフライにもつながるので、そこは難しいところです。柳田(悠岐)さんは結構、フライを打つので、真似はできないですけど、参考になるというか。柳田さんはVスイングというのをやっているので、やるなら、そういうスイングかなと思いますね」
スポーツ界に押し寄せるビッグデータの波。上林選手は長打を増やすためではなく、ヒットになる確率が上がる点に着眼している。
「フライを打った方がヒットになる確率が高いという結果が出ているみたいなので。だったら、フライの方がいいのかなと考えています。急に変えると打てなくなったりもすると思うので。自分に合っているか、合わないかをしっかり見極めてやっていきたいです」
去年の春季キャンプでは打撃を一度、白紙に戻した。常に、チャレンジする姿勢を忘れない。
「怖さはなくはないですけど、どんどん新しいことを取り入れていかないと進歩がない。逆に、そのままだと不安になりますね。『去年より変わった』とか『去年から変えた』という方が、自分の中では不安がなくなるので。その意味でも、どんどん新しいものを取り入れてもいいと思っています」
課題の夏場も乗り越えての飛躍を誓う
一軍定着2年目のシーズンへ向けて、バッティングのアプローチだけではなく、年間を通したパフォーマンスの維持も重要になる。昨季は後半戦に打率.219と成績が急降下した。もちろん、対策は練ってある。
「まずは気持ちの面。夏場は体力面でもそうですけど、技術的にも疲れがたまりやすい。夏場がくる前に、気持ちの面で準備しておくことが、まず大事かなと思います。毎年、夏場に体重が落ちたり、筋量が落ちてしまっているので。今年はそこを、特に意識してやらなければと思っています。どうしたら維持できるのか。セット数などを見極めて、疲れをためすぎないようにと思っているところですね」
チームメイトの内川聖一選手らと励んだ自主トレでは、元陸上選手の秋本真吾氏に師事した。
「スピードうんぬんは別で、第一に怪我をしない走り方を教わりました。肉離れしないだとか、そういう走り方を教わったので、ケガのリスクが今までより少ないとは思います」
打撃に走塁、守備も含めた3拍子は、上林選手のセールスポイントだ。
「去年は守備が想像以上にできた部分があったので、そこは自信にしていいと思います。ただ、守備率も10割ではありましたけど、見えないエラーもありました。今年はもっと突き止めたいと思いますね」
チームの強さの源泉である競争原理に打ち勝ち、高みを目指す
昨季の福岡ソフトバンクを語る上で、外せないのが若手選手の台頭だ。故障者が続出しながら、新戦力が次々に穴を埋めた。たとえ主力選手であろうとも、ポジション争いの危機感を持って競争が働くシステムに、福岡ソフトバンクの強さの基盤がある。
「本当にすごい選手が多いので。成績を残しても、次の年は一から競争という気持ちを常に持っています。若い選手もどんどん出てくるので、そういう選手にも負けないように。若手もベテランも多分、全員が同じ気持ちでいると思います」(武田投手)
「本当にすごい選手ばかりなので。お手本になりますけど、そういう選手たちを抜いていかないと、どんどん上には行けない。本当にいい環境でできていると思います」(上林選手)
武田投手は3度の日本一を経験しているが、年間を通して先発ローテーションを守り切ったのは2015年のみ。昨年は辛酸をなめたが、転んでもただでは起きない。もう一度、投手陣の柱としての活躍に腕を撫す。
「昨年は1年間投げることができなかったですけど、調整の難しさや、逆にやるべきことも出てきた1年でした。オフはそれを自主トレから見直して、また1年間、戦える身体作りをしてきたので。チームがまた日本一になれるように頑張りたいと思いますね」
上林選手には、シーズン開幕の前に侍JAPANトップチームでの実戦の場が用意されている。日本代表としてのプレーでは、昨秋の韓国戦で放った値千金の同点3ランも記憶に新しい。日の丸のユニホームに袖を通して得た経験は、確実に自身の成長を促している。
「代表のユニホームを着てプレーするだけでも刺激になりました。いいバッターもたくさんいて、近藤(健介/北海道日本ハム)さんはタイミングの取り方が非常にうまいので、練習のときはよく見て、よくご飯にも行って。山川(穂高/埼玉西武)さんは飛距離が1人だけ全然違ったので、負けたくないという気持ちも出ました」
巻き返しを図る頭脳派右腕のゲームメイクと、打球の軌跡とともに上昇線を描こうとする若武者の志が、鷹をさらなる上昇気流へと導く。
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