打者の腰から地面スレスレまで急降下するフォークと、「マジカルストレート」と呼ばれる最速140キロ中盤の直球を操り、今季17試合連続無失点と抜群の安定感を発揮したのが、埼玉西武の大石投手だ。
早稲田大学時代は、斎藤佑投手(北海道日本ハム)、福井投手(広島)とともに「早稲田三羽烏」と呼ばれた。2010年のドラフト会議で、6球団競合の末に埼玉西武へと入団。大きな期待を背負ってプロの世界へ足を踏み入れる。しかし、最速155キロを誇った球速が140キロ前後まで落ち、開幕前からフォームと感覚に関する不安を口にしていた。
結局、右肩痛を発症したため、ルーキーイヤーは一軍での登板機会はなかった。翌年は24試合に登板してプロ初勝利もマークする。続く2013年はチーム事情で抑えを務めるものの安定感を欠き、その後は再び右肩痛に悩まされ、長く苦しい戦いを余儀なくされることに。
しかし、2015年に就任した森慎二投手コーチとの出会いが大石投手を変えることになる。森コーチと取り組んだフォーム改造が功を奏し、その年は3試合のみの登板ながら防御率0.00。そして翌2016年は、開幕から14試合連続無失点と圧巻の投球を披露する。本人も「キレが違う」と語る直球を主体に、31回2/3を投げて36奪三振。最終的には36試合に登板して防御率1.71を記録する充実のシーズンを過ごした。
シーズンを通しての活躍を期した今季は、開幕からの約1カ月で9試合に登板して防御率0.00と存在感を示す。しかし首痛を発症し5月3日に登録を抹消されると、およそ1カ月半の戦線離脱を強いられてしまう。またも故障に泣くシーズンになるかと思われたが、6月8日からファームで5試合に登板すると、いずれも自責点0に抑えて、6月23日に満を持して一軍昇格を果たした。
復帰登板となった福岡ソフトバンク戦では、打者3人を完璧に封じ、「6球団競合右腕」の復活を印象付ける。しかし、直後チームに悲しい知らせが届く。森コーチの急逝である。二軍時代からその教えを請い、「慎二さんがいなかったらもうクビになっていたと思う」と語る大石投手は、6月30日の試合前の追悼セレモニーでも幾度となく涙を拭った。
その後も気丈に好投を続けた大石投手だったが、7月22日に再び右肩の違和感で登録抹消。そのまま一軍マウンドに戻れずシーズンを終えてしまったが、今季の成績は20試合に登板して2勝0敗4ホールド、防御率0.93。今季の進化は、何よりも19回1/3を投げて被本塁打が0本という部分だろう。昨季はプロ野球記録となる1イニング2本の満塁弾を浴びるなど、一発に泣く場面があった大石投手。しかし、長打を浴びることが少なくなり、このような好成績に結び付いたのではないだろうか。
今季はルーキーの平井投手や2年目の左腕・野田投手など、若い力が台頭し充実の陣容となりつつある救援陣。来季は30歳を迎え、そろそろ中堅として1人立ちが求められる大石投手だが、ポテンシャルがあるだけに、今季のような活躍ができればその立場は必ず確かなものとなるだろう。背番号15が1年を通して躍動する姿を、ファンは心待ちにしている。
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