
元ロッテ投手の伊藤義弘(いとう・よしひろ)さんが6日午後4時16分、バイク事故のために搬送先の福岡市内の病院で死去した。43歳だった。6日午後2時17分、福岡市城南区内でバイクを運転中、交差点でタクシーと衝突した。伊藤さんは東福岡で2年夏の甲子園に出場。国学院大、JR東海を経て、07年の大学・社会人ドラフト4巡目でロッテに入団。150キロを超える速球を武器に救援投手として活躍し、ルーキーイヤーの08年から4年連続で50試合以上に登板した。
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伊藤さんの「第二の人生」は母校・東福岡の保健体育教師だった。現役引退時にはスポーツ報知の取材にこう応えていた。
「先生になって、今までの経験を生かしていきたい。選択にも迷いはありません」
9年間のプロ野球人生。通算は257試合に登板し、6勝13敗、71ホールド、1セーブ。防御率は3・83だった。10年の中日との日本シリーズ第7戦では胴上げ投手となり、シーズン3位からの日本一、史上最大の下克上を完成させた。「一番思い出深く残っています」と振り返った。
プロの舞台での学びを、教育の場で還元していくことに意欲を示していた。
「1軍で活躍する選手って、みんな努力の天才だと思う。明確な目標設定と自分がどうなりたいかのイメージをしっかりと持っている。夢を目標にして目指していくことを、中高生に教えていきたい」
太く短い人生だった。マリンを沸かせた強いストレートは、ファンの脳裏にいつまでも鮮やかに残り続ける。