
オリックス・吉田輝星投手(25)がスポーツ報知の独占インタビューに応じ、26年の「大復活」を約束した。25年3月に右肘内側側副じん帯再建術(通称トミー・ジョン手術)と鏡視下右肘頭骨棘(こつきょく)切除術を受け、プロ7年目は初の1軍登板なし。厳しいリハビリ生活を振り返り、故郷・秋田への思いなどを打ち明けた。21日の紅白戦で実戦復帰。24年9月28日の楽天戦(楽天モバイル)以来、511日ぶりに輝星が実戦のマウンドへ帰ってくる。(取材・構成=南部俊太、長田 亨)
―自身初の手術だった。
「保存療法でいくか、手術をして26年に間に合わせるか。ギリギリの選択を迫られていました。約1年前のキャンプ中ですね。ブルペンで『じん帯が切れてもいい』ぐらいの気持ちで強く投げました。その瞬間に『あ、無理や…』と。冷や汗が出るような痛みでした。大きな故障歴がなかったので、何か現実味がなくて。『手術か…』という感情でしたね」
―気持ちの整理に時間は。
「それが、かからなかったですね。手術までゆっくりして、好きなものを食べようと。すし屋さんに行ったり、おなかが減ったらマックをドカ食いしたり。1軍にいれば絶対にしません(笑)。体重も95キロまで増えました。術後3か月は白米を1日1キロくらい食べて、脂肪も乗りました。でも、今は86キロです」
―苦労は絶えなかった。
「僕はイケイケガンガンタイプなので。これは破ってはいけません、みたいな壁が存在するというのが結構…。球速の上限が少しずつしか上がらないことや、毎日同じことの繰り返しはキツかったです。ギプス中は体を洗うのも大変。右腕をぬらさないように頭を洗い、背中は壁にアカスリタオルにこすりつけて洗ったり。お箸も左手。超、しんどかったです」
―マイルールは存在した。
「毎月クリアしたい項目を定めて『〇』『普通』『×』と評価していきました。例えば『130キロを投げる』と決めた月。まだ、余力が残っていれば『〇』です。基本は『〇』のペースでここまで来られました。復活までは髪を切らないことも決めました。前髪の長さが、砂時計のような指標にもなりましたね」
―厳しい毎日を乗り越えた。
「術後は左腕より5センチ細くなっていましたけど、今は右腕の方が太いくらいです。球速も143キロまで出るようになりました。投内連携も2年ぶり。キャンプ中は、目をキラキラさせていた子どもの頃のように『やっぱり野球って、楽しいな…』と感じる日々です」
―21日の紅白戦で511日ぶりに実戦復帰を果たす。
「試合では、球速やギアをより上げられます。まずは開幕に向けて、いいきっかけにしたいですね」
―9月1日には故郷の秋田で楽天戦が予定される。
「その頃、完全体になっている可能性は十分にあります。同郷の大先輩でもある中嶋聡さん(SD)には『いい時期やなぁ』と言われました(笑)。秋田でも僕を心配し、肉や魚をたくさん送ってくれる人がいました。秋田県人会の佐々木希さんには『見に行きたい!』と伝えられています。柳葉敏郎さんからは『復活の年でしょ!』とメールをいただきました。元気な姿を見せたいですね」
―これからの投手像は。
「寝る前によく、進化した自分をイメージしています。場所は京セラドーム。人生で投げてきた中で最高の球、常時150キロを投げられている姿です。手術をきっかけに、これまでと全く違うプロ野球生活を送りたいです。そのためにも今は、与えられた場所で全力を尽くしていきます」
◆吉田 輝星(よしだ・こうせい) 2001年1月12日、秋田市生まれ。25歳。金足農3年時の18年夏、秋田大会から甲子園準決勝まで10試合連続完投勝ち。決勝で大阪桐蔭に敗れたが「金農旋風」を巻き起こした。同年のドラフト1位で日本ハム入団。23年11月に黒木(現西武)との交換トレードでオリックス移籍。通算成績は114試合で7勝9敗19ホールド、防御率5・39。175センチ、83キロ。右投右打。独身。年俸2800万円。