
主に歴史上のできごとを元に、釈台と呼ばれる小さな台を張扇でパンパンと叩きながら喋る伝統芸能「講談」をご存知だろうか。長年低迷が続いていた伝統話芸の講談界に、新風をもたらした男がいる。今、“最もチケットの取れない講談師”として名高い、神田松之丞。2020年2月には9人抜きで真打ちに昇進し、六代目神田伯山を襲名する彼が、パ・リーグの名場面を講談で語る企画が実現! 普段は古典を題材に語ることが多い講談を野球の名場面で行うと一体どうなるのか? 現場の様子をレポートする。
4月某日、スタジオに講談の釈台バッグを自ら持って現場に現れた松之丞氏。飄々とした佇まいは、街を歩けば出会うような普通のお兄さんという印象。しかし、着物に着替え、一度講談が始まるとまるで何かが憑依したかのような迫力の語りが始まる。驚くべき物語の再現力。聞けば聞くほどその世界に引き込まれ、頭の中に田中将大投手の24連勝の軌跡と、大谷翔平選手の二刀流が誕生した名シーンが映像のように浮かんでくる。
「プロ野球講談 三球勝負の松之丞」
一、田中将大 24連勝の軌跡
一、大谷翔平 二刀流の真実
ラジオ野球と講談は似ている? 音の余白から想像するシーン
実は、野球経験も知識もあまりないという松之丞氏だが、1986年から1994年の西武黄金期はよく野球を見ていたのだという。野球について、講談について話をうかがった。
「西武に森監督、伊東、辻、デストラーデがいた黄金期はパ・リーグをよく見ていました。どんどん連勝していくのが見ていて楽しくて、見ていてスカっとしましたね。あと、小学生の頃に漫画『かっとばせ!キヨハラくん』を読んでいました」と語る松之丞氏。以前よりラジオ好きを公言し、ラジオを聞いたことで講談師になろうと決めたと話すが、ラジオで野球中継を聞くこともあるそう。
「ラジオの野球中継はアナウンサーの腕の見せどころ。できるだけ短い言葉で、聞いている人の頭に野球の状況を浮かばせるのは、すごく高度な技術ですよね。人はビジュアルがあると、ほとんどの情報を視覚から得ることができてしまう。言葉だけで野球の熱や臨場感や空気感を伝えるのは不可能に近いのに、それを実現しているのはすごいと思います。僕は余白があって何かを想像させるようなものが好きなので、ラジオの野球中継にも講談にも通じるものがあるかもしれない」
一球の間にある間合いやテンポ、次にどんな球を投げるのか、何が起こるのかを見る者に想像させるドキドキ感、ワクワク感は講談にもあるもの。言葉の力を試されるラジオの野球中継と講談には、共通点が多くあるようだ。
「今日の野球講談と普段の古典講談には、あまり違いは感じなかったですね。野球と講談は相性が良いと思います。実際に講談師の田辺一鶴先生は新作講談として野球の物語を作られていて、他にも野球の題材でお話を作られる方も多くいます。古典講談だけで4500以上もネタがあるのと、僕は自分には話を作る才能はあまりないと思っているので、元々あるお話しをいかに伝えるかと言うところに注力しています。一言一句同じように読み上げるのではなくて、例えば『耳無芳一』をアレンジするなど、元々の話をいかにおもしろくするかというところが、今の講談界には求められていると思います」

「選手の人生の物語を味わう」という野球の見方
「野球選手の戦力外通告のドキュメンタリーを見るのも好きです。学生時代から選手として輝かしい活躍をしてきた人が、働き盛りの年齢に戦力外通告を受け、地べたを這いつくばってでもプロに残ろうとする様子からは、プロの厳しさを感じます。野球は自分のパフォーマンスがダイレクトに数字に表れ、その人が優秀かどうかが一目瞭然な世界。あのイチローですら打てなくなるように、栄光は永遠には続かないんですね。そういったどこか勝負師のような空気感に惹きつけられます。落語や講談の世界は売れなくてもはっきりと数字には出ないし、ダメでも戦力外通告されないから、みんなダラダラその世界にいるからかもしれない」
選手ひとりひとりにある、プロに入るまでと入団してからの努力の道のり。サクセスストーリーだけではない、人間味のある話に松之丞氏は惹かれるのだという。それが松之丞の芸にも影響するのだろうか。選手の野球人生にしろ講談にしろ、人は自分以外の人の物語に惹きつけられるのかもしれない。
野球も講談も、やっぱり生がいい!
「テレビで見るのも、ラジオで聞くのもおもしろいと思いますが、野球はやっぱり生で見るのがおもしろい! 球場でビールを飲みながら見たり、野次を飛ばしたり。講談もそれと同じで生で見るのがおもしろいので、野球の間合いが好きな人や、選手の人生の物語を追いかけるのが好きな人、興奮と感動を味わいたい人は講談も楽しめると思います。だから少しでも興味を持っていただければ、私に限らず講談会に来ていただきたいと思いますね。僕もまたこれをきっかけに野球をまた見に行きたいと思いました」
松之丞氏の登場によって講談会も活性化し、100年ぶりのブーム到来と注目されている講談。まだ見たことがないという方は、野球の物語を味わうような気持ちでぜひ一度見てみては。
文・沼尾なつ紀