米国プロサッカーの急成長を支えるのは一発芸? 元日本代表監督の岡田武史氏はFC今治での夢を語る

パ・リーグ インサイト

2018.12.11(火) 11:00

(左から)中村氏、岡田氏、根岸氏
(左から)中村氏、岡田氏、根岸氏

 パシフィックリーグマーケティング株式会社(PLM)は12月3、4日に品川プリンスホテルで3回目となる「パ・リーグ ビジネススクール(PBS)」を実施した。昨年11月に開校したPBSは、参加者に実践的なビジネスを学ぶ機会を提供することで、プロ野球界全体の人材育成を目的としている。

 今回は「チケットセールスパーソン養成講座」として米国メジャーリーグサッカー(MLS)のチケットセールス担当者や、元サッカー日本代表監督で現在は日本フットボールリーグ(JFL)に所属するFC今治の代表取締役会長兼オーナー・岡田武史氏が講師を務め、パ・リーグ6球団の職員約50名に講演を行った。

MLSが投資する人材育成組織の取り組み

 まず行われた「チケットセールスパーソン養成講座」ではMLSでスポーツマネジメントのコンサルティングを行うBlue United Corporationの中村武彦氏と、チケットセールス職員を育成するNational Sales Center(NSC)のステファニー・ヤコブソン氏が、プロサッカーリーグの最新チケットセールス事情と取り組みを紹介した。

 中村氏は2004年にMLS国際部マネジャーへ就任し、今もニューヨークを拠点にスポーツビジネスの最前線に立つ。まず近年、活況が伝えられるMLSの成り立ちや構造を説明。MLSはリーグがチケットセールスを経営基盤とする方向性を打ち出しており、実際に全体収入の6割を占めていることにも言及した。

「セールスも選手と同じく訓練が必要」との考えから、MLSは販売員の育成にも力を入れている。2010年に200万ドル(約2億2600万円)ほどを費やしてミネソタ州ミネアポリスにNSCを立ち上げ、チケットセールス職希望者に、3カ月で合計200時間の座学や電話販売などの実地訓練を行っている。

 NSCはこれまで442人の受講生を受け入れ、332人をMLSに送り出してきた。卒業生は、一般で就職した営業職よりも43%多くの売り上げを記録して、41%も長く退社せずにクラブに在籍するデータが残っている。

 プログラムを企画、改善しながら、採用から進路指導までの全過程を統括しているヤコブソン氏は、研修における6つのプロセスと、それぞれに設定されている重要度を以下のように説明した。

1.関係性の構築(20%)
2.アジェンダの設定(1%)
3.相手に質問をしてもらえる話をする(40%)
4.製品知識を相手の要望にあてはめる(10%)
5.相手の質問や反対意見に対応(20%)
6.買ってくれるかどうかを聞く(10%)

「ゴルフのスイングが人それぞれで違うように、セールスでも私と上司の売り方は異なります」とヤコブソン氏が語るように、営業のための台本は用意されていない。「6つのプロセスを理解してから、自分の方法で繰り返し、上達するしかない」のだという。重要度を足すと101%になるのは、「全ての営業に101%の力を注がなくてはならない」との考え方だ。

 育成プログラムには一発芸などのコメディトレーニングも組み込まれている。それは販売員の判断力を鍛えるためだ。電話でのチケット販売成約率が約3%の状況で、ポジティブに提案ができる対応力も求められる。NSCを視察したことのある中村氏は「いかにユーモアを持って励まし合いながら取り組めるかにも行き届いている」と評す。

 優秀な成績を残す販売員の特徴として、「勤勉さ」と「誠実さ」が共通していることが多い。まれに「才能」で結果を残す人材もいるが、ヤコブソン氏が見た、最も営業成績を伸ばしたスタッフは、誰よりも多く電話をかけて、解析の成績も優れ、最も多くの時間をかけて業務に取り組んでいた。

 話をする際には「自分」を取り除き、「相手に話をしてもらうのがうまくなれば、優秀なセールスマンに近付ける」とヤコブソン氏は参加者へアドバイスを送った。

今治市で新たな夢を追いかける岡田氏の現在地

 続いて中村氏、岡田氏、PLM代表取締役の根岸友喜氏が登壇して「プロスポーツにおけるセールスの重要性」をテーマに、パネルディスカッションを行った。

 岡田氏が代表を務めるFC今治は今季のJ3昇格を惜しくも逃したが、チームは着実に成長し、強くなるにつれてスポンサーの数も増えた。「昇格できるように頑張って」と声をかけていたサポーターが「今度こそ上がるぞ」と我が事として語るようになった姿に、岡田氏は手ごたえを感じている。

 岡田氏には、今も忘れられない光景がある。現職に就いた2014年、愛媛県今治市で昼下がりにもかかわらず、人もまばらな商店街を目の当たりにした。人口16万人ほどの街では、サッカーの結果だけでスタジアムを満員にできないと悟り、「面白くて強いサッカーをすれば文句は言われない」という指導者としての考えが、「お客様に喜んでもらわなければ駄目」と経営者の視点に切り替わった。現在はクラブの勝敗以上に、サッカーを通じた世の中への貢献に尽力している。

 まずは、クラブとしても個人としても、街とのつながりが深まる方法を模索した。選手、監督時代に培った人脈を生かすだけではない。地元の小中学生を教える指導者と会い、育成コーチとジュニア選手でお年寄りの家を訪ねて困りごとを解決する「孫の手活動」を続け、チームスタッフにも地元の友達を増やす目標を設定した。今でも、今治市を一枚岩にするために足を動かしている。

 そして、岡田氏が注力するのはスタジアムビジネスだ。サッカーの試合を観てもらうだけではなく、試合に負けて悔しい思いをしている人や、サッカーを知らない人が来ても「半日過ごせる場」として楽しめる空間作りを目標にしている。具体的には、本拠地であるありがとうサービス. 夢スタジアムに子供が遊べる場所を作り、フードコートやゲームセンターのほか、駐車場にはステージを設置した。

 近年のプロ野球界を鑑みても、球場のエンターテインメント化は目覚ましい。根岸氏も「プロ野球の球場にはボールパーク化構想があり、海外と比較しても日本の方が進んでいると感じる部分もある。もちろん環境が違うので、それぞれの良さがあるということだと認識しています」と現状について考えを明かした。

 サッカーだけではなく、ありとあらゆるものの魅力を上乗せしている最中、岡田氏のいわば「夢スタジアム構想」に賛同してくれる企業やスポンサーが増えた。「感動、夢、共感、信頼」といった要素を数字で表すことはできないが、中村氏も「目に見えなくても、相手が欲しいと思えるものだと説明できれば、価値のあるものになる」と納得する。

 それゆえ岡田氏は今、スタジアムに新たな絆や心が温まる場面が生まれる仕掛けを増やそうとしている。「試合がなくても憩いの場として人が集まってくる、里山のようなスタジアム」完成が、今治市で追いかけている新しい夢だ。

課題解消だけではなく、球団間のつながりも強化

「プロ野球界には、まだ成長の余地があると思っています」と根岸氏は語る。向上のための方法は様々で、どれを選択するかは各球団の状況や理念などによるが、今回のように体系的に学べる機会はそれほどないのが現状だった。ならば、そうした課題を解消しつつ、球団同士の横連携を深める狙いもあってPBSは発足した。

 終了後、参加者からは「他競技での実際の事例を直接担当していらっしゃる方から、話が聞けることは有意義」や「他球団の方とお話できる機会があり、とても良かった」といった意見を多数、聞くことができた。次回以降に希望する講座内容や講師のリクエストも寄せられている。

「来年はスポーツビジネスに携わりたい参加者を募って実務につながる養成講座を設け、幅広い業界のメソッドを投入しながら、各球団のニーズと合う人材を採用できるようなイベントを開催したいと思っています」とは、根岸が構想する今後のPBSの展望だ。パ・リーグ6球団と共に、PLMとPBSは成長を続ける。

記事提供:

パ・リーグ インサイト

この記事をシェア

  • X
  • Facebook
  • LINE