日台の野球ファンを魅了し続けてきた陽岱鋼選手。プロ21年目を迎えた今、彼はオイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブのユニフォームを身にまとい、ファーム・リーグの舞台で泥臭くバットを振り続けてきたが7月27日に、現役引退を表明した。
今年春には2年連続となる台湾遠征で母国を沸かせ、若手ひしめくファームで「自身の体との対話」を続けながら、現代野球の進化にアジャストしていただけに、現役引退の報は多くのファンや野球関係者を驚かせたはずだ。
引退表明前に行われたインタビュー前編では、現在のチーム状況や自身のコンディショニング、そしてかつての同期である武田勝監督ら同級生たちへの思いに迫る。
母国・台湾での熱狂と、オイシックス新潟の若手たちへ託す思い
今春、昨年に続き2年連続となる台湾プロ野球チーム(台鋼ホークス)との台湾遠征に参加した陽選手。母国のファンの前でグラウンドに立った喜びを、彼は確かな実感とともに振り返る。
「昨年、約10年近くぶりに台湾のファンの皆さんの前でプレーできたことは本当に嬉しかったですし、来年も、この関係を長く続けられたらいいなと思っています」
オイシックス新潟に加入して今年で3年目。一昨年のドラフトで下川隼佑投手(東京ヤクルト)が指名され、昨年のドラフトでも能登嵩都投手(阪神)、牧野憲伸投手(中日)、そして知念大成選手(読売)と複数の選手がNPB球団からの指名を勝ち取るなど、チームは着実な成長を遂げている。チームの現在地について話題が及ぶと、ベテランの頼もしい顔を覗かせた。
「僕がチームに入った1年目から一緒にやっている後輩たちが、1年1年成長してきたなと感じています。ポテンシャルが高い選手がたくさん揃っているので、彼らがひとりでも多くNPBの舞台へ行けるように、これからもサポートしていきたいですね」
その言葉を体現するように、元チームメートの知念選手が7月上旬に支配下登録され、泥臭くガッツあふれるプロ初安打を放った。同じ外野手としてともに汗を流した若手の飛躍に、陽選手も目を細める。
「プライベートでも食事に行きましたし、去年一番印象に残っているのは、彼がバッティングで悩んでいた時に僕のところへ来て、『どうしたらいいんですか』と聞いてくれたことですね。少しアドバイスをしたんですが、それが彼の力になれたなら嬉しいです。何でも聞いてくれればいいし、彼は素直な性格でもありますから。本当に前向きに楽しく野球をやっている姿を見て、僕も嬉しいなと思っています。
常に全力プレーをしている彼を見ていると、『僕らの若い頃もこういう感じでやってきたな』と思い出します。彼には自分を信じて、周りに左右されず、自分の持ち味を消さずに頑張ってほしいなと思っています」

プロ21年目。現代野球へのアジャストと「1球の美学」
プロ21年目を迎えた今季、5月以降非常に好調を維持している。出塁率の高さに加え、逆方向への鋭いヒットなど、陽選手の代名詞とも言えるバッティングが光る。その背景にあるのは、ベテランならではの「自身の体との対話」だった。
「去年に比べて、しっかり体が動けているのが大きいです。去年は怪我もありましたが、今年は大きな怪我なくここまで来られました。日々のコンディショニングは変わっていくので、毎日自分の体と話し合って、今日の練習をどうするか決めています。
僕は他の選手と年が離れているので、同じアップをしても同じ状態には持っていけません。だからこそ、別メニューで時間をかけてアップをしていく。それが試合での結果に繋がっているんだと思います。年とともにパワーは落ちてきますし、逆にピッチャーのスピードは上がってくる。そのなかで、強い打球を打てばヒットになる。逆方向に大きく打つのが自分の持ち味ですし、そこが一番の攻め方だと考えています」
近年は150km/hを超える速球を投げる投手が当たり前になり、スポーツ科学も飛躍的に進歩している。進化し続ける現代野球に対し、独自の感覚でアジャストを試みている。
「アメリカの独立リーグで2年間プレーした経験が大きいですね。アメリカでは150km/h超えの真っ直ぐやツーシームを投げるピッチャーがたくさんいて、レベルの高さを感じました。日本に帰ってきてからも、ファームのピッチャーたちのレベルが明らかに上がっているのを感じます。
バッターがピッチャーの進化に追いつくのは本当に大変です。今はデータや角度などを取り入れていますが、速いボールに対してパワーでいこうとしたら絶対に間に合わない。だからこそ、『スピードボールに対しては、ヘッドスピードを出せば合ってくる』という意識を持っています。遅い球はパワーで持っていく、速い球はスピードで返す。この3年間、その考えでアジャストを続けています。ただ、ピッチャーのホップ成分の強い真っ直ぐや変化球には、やはり一番苦労していますね」

同期・武田勝監督との絆
現在オイシックス新潟を率いる武田勝監督は、陽選手にとって北海道日本ハム入団時(2005年ドラフト)の同期にあたる。かつて一緒に汗を流した戦友の下でプレーする日々に、特別な思いを抱く。
「武田さんとは同期入団ですが、僕は高卒で、武田さんは社会人出身でした。武田さんが入団してすぐに一軍で活躍されているとき、僕はファームで時間をかけて土台を作っている時期でした。先輩たちが一軍でプレーするのを見て、『羨ましいな』『この人たちを超えないといけないな』と必死に練習しました。
一番の思い出は、2016年に武田さんが引退される時、一緒にパ・リーグ優勝と日本一を達成できたことです。あれは本当に最高でしたね」

2005年のドラフト同期といえば、埼玉西武の炭谷銀仁朗選手やオリックスの平野佳寿投手も現役でプレーを続けている。彼らの存在は、今もバットを振り続ける陽選手にとって大きな刺激になっているという。
「本当にお二人はすごいなと思っています。一軍という舞台で20年も戦い続けているわけですから。キャッチャーの炭谷選手は頭の中にデータが豊富に入っているでしょうし、いろんな体勢でボールを受けるので本当にキツいと思いますが、怪我だけには気をつけてほしいです。
平野さんもメジャーから帰ってきて、リーグ優勝の立役者になりましたよね。同じ同期として見ていて力になりますし、『ここで抑えてほしい!』『ランナーを刺してほしい!』と、完全に応援側の気持ちで見ています。ライオンズ対バファローズの試合で、お二人の対戦や心理戦・駆け引きを見たいですね」
己の体と向き合いながら若き日の情熱を燃やし続け、同世代の戦友たちと共鳴し合う陽岱鋼選手。後編では、自身の足跡を追うように日本球界へ挑む台湾の若手選手たちへのエールや、世界一に輝いた「台湾代表」への特別な思いに迫る。
文・パ・リーグ インサイト編集部
