2017年6月27日・28日、沖縄セルラースタジアム那覇でパシフィックリーグ公式戦、埼玉西武対千葉ロッテが行われる。
奇しくも56年前の1961年5月20日・21日に行われた西鉄ライオンズ対東映フライヤーズが沖縄で初めて開催された日本プロ野球の公式戦である。今回の埼玉西武はライオンズとして実に56年ぶりの沖縄開催となる。
当時の沖縄はまだ本土復帰前で米国の占領下だったのでパスポートが必要だったとのことで、いわば海外でのプロ野球興行だったのである。
那覇市の市制40周年に行われた初のプロ野球開催に沖縄全体が熱狂し、前日の練習には約7,8千人のファンが詰めかけ、街頭パレードには推定約10万人の人出があったほか、当日も奥武山球場1万4千席のスタンドに多くのファンが詰めかけ華やかなセレモニーと熱戦がくりひろげられ、沖縄に2局あったテレビ局が試合中継をするなど大変な盛り上がりであったようである。
当時のメンバーを振り返ると、ライオンズは「切り込み隊長 高倉照幸」「サムライ 豊田泰光」「怪童 中西太」「貴公子 仰木彬」「鉄腕 稲尾和久」、一方のフライヤーズにも「喝っ!」でおなじみの「安打製造機 張本勲」などパ・リーグのそうそうたるメンバーが揃っていたので相当な盛り上がりをみせたというのも頷ける話である。
1961年5月20日 10回戦
東映 000 201 000 3
西鉄 000 000 000 0
勝 バウアー 5試合2勝1敗
負 若生 10試合2勝2敗
1961年5月21日 11回戦
東映 000 010 000 1
西鉄 001 012 00X 4
勝 稲尾17試合9勝2敗
負 富永 6試合2敗
本塁打 高倉3号(富永)
日本プロ野球の歴史で初めての沖縄開催は1勝1敗で星を分けて終えたのではあるが、奥武山球場で日章旗があげられたり、選手やコーチ、審判員などがひめゆりの塔などを参拝したりしたということもあったということで、あらためて今思うとプロ野球界だけでなく当時の沖縄の人々や日本全体にとっても大変意義ある出来事であったと思われる。
今では沖縄で9球団が春季キャンプを実施しプロ野球がより身近な存在となってきたが、公式戦ともなるとまだ年間2試合程度。この貴重な試合、沖縄出身の選手も所属する両チームの戦いに期待したい。
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