負けてもお立ち台? ライオンズ流のファーム若手育成法「若獅子リフレクション」とは

パ・リーグ インサイト 海老原悠

埼玉西武ライオンズ・糸川亮太投手(C)パーソル パ・リーグTV
埼玉西武ライオンズ・糸川亮太投手(C)パーソル パ・リーグTV

今季から負け・引き分け試合でもインタビューあり。反省点を選手に聞く画期的な試み

 お立ち台は本来勝利チームのインタビューの場であるが、今季の埼玉西武ライオンズのファームに限ってはその限りではない。土・日・祝日の主催試合(CAR3219フィールドのみ)で勝敗に関わらずインタビューを実施しているのだ。通常の勝利インタビュー「若獅子インタビュー」と区別し、「若獅子リフレクション」と呼ばれるその時間は、あえて選手に現状の課題を聞き、リフレクション=内省・反省を語ってもらうという斬新な試みだ。

 皆さんにも覚えがあると思うが、人は自分の良かったパフォーマンスについてはスラスラと出てくるが、うまくいかなかった時に何が原因だったか、それをどう次の機会までに改善するかを、反射的に答えることは難しい。若獅子リフレクションは、敗戦直後にマイクを向けるということで、選手の本音、悩み、決意が聞ける。もっといえば、選手の頭の中を覗くような“生っぽさ”がある。

 これらの仕掛け人は西武ライオンズ人財開発担当だ。球界では聞き慣れないが、ライオンズの「人財開発」とは、主にファームの若手選手のマインドセットや思考の面から育成を支えること。具体的には、「主体的に行動できる選手の育成」と「言語化能力の高い選手の育成」だという。グラウンドでの姿勢や取り組みも含め、技術スキル以外の部分を一軍で通用するために、考え方などを形成していく役割を担う。

 青木智史育成コーチ、荒川雄太三軍バッテリーコーチ、上原厚治郎さん(兼任チーム広報・打撃投手)、木村文紀さんと元選手が多いこの部署で奮闘しているのが、昨年11月からこの人財開発担当となった伊藤悠一さんだ。

西武ライオンズ 人財開発兼バイオメカニクス担当 伊藤悠一さん
西武ライオンズ 人財開発兼バイオメカニクス担当 伊藤悠一さん

 伊藤さんは、ユニークな経歴の持ち主である。新卒でNHKに入局しドキュメンタリー番組のディレクターを10年以上務めたのち、公募型の監督トライアウト制度で茨城アストロプラネッツの監督に就任。1年の任期後に西武ライオンズに移籍した。「本当に刺激的な毎日を送っている」という伊藤さんは、“育成のライオンズ”に新しい風を吹かせようとしている。

 伊藤さん自身、初めての春季キャンプでA班に帯同した際の気付きがあった。

「一軍経験のない若手選手は『今のどうですか?』のように抽象的に質問するケースが多く、一軍の選手は『今、自分の右肩がこうなっていて、こういう感覚なんですがどうですか?』という聞き方をします。やっぱり言語化能力が高いと、それだけコーチもアドバイスしやすくなる。技術の部分は本人にしかわからない部分もたくさんあるので、自分の感覚をしっかり言葉に出せることで、コーチは適切な指導ができ、その選手が成長していく起点になると思います」

 これら言語化能力と並行して、主体性を身につけることの大切さも伊藤さんは説く。

「日々の会話もそうですが、ミーティング形式、講義形式で、マインドセットというその人自身の思考の設定や癖を勉強する機会を設けています。私個人の考えですが、最終的に、いくら良い情報、指導を得られても、その選手本人がその気にならないと成長していけないので、取り組む姿勢など、グラウンド内で見えるのであればそれを指導していきます。ウォーミングアップひとつにしても、単に体を温めるだけの選手もいますが、実はウォーミングアップには大事な意味があって、体を動かしていくと、苦手な股関節の動きが悪いとか、膝の動きが悪いとかを自分で把握することもできる。物事の考え方ひとつで成長できるきっかけはたくさん転がっているので、選手にはそれを掴んでほしいですね」

 言語化能力と主体性の両輪を身に付けること。それらを日々の生活で習慣化するために、若獅子リフレクションの実施以前から、ファームの選手・コーチ・育成担当間で“きょうのリフレクション”を共有するシステムをつくった。

「昨年から1〜2年目の選手を対象に、練習記録として、今日よかったところ(Good)、悪かったところ(Bad)、次どうしていきたいか(Next)――頭文字をとって『GBN』と呼んでいるのですが、それを毎日書いてもらっています」

 選手は試合や練習があったその日のうちにアプリで目標とGBNを書き込み、それらをスタッフとコーチの間で共有。そして、書き込みに関してコーチや育成担当からその日じゅうにフィードバックが書き込まれる。まるで交換日記だ。選手は次回の練習時に課題感を持って取り組め、スタッフやコーチからは選手の状態の把握ができることと、認識のズレがあった場合にすみやかに方向修正が叶えられるという利点がある。

一番の武器は“思考力”。村田怜音選手に見る無限の伸びしろ

 このアプリへの書き込みで、伊藤さんたちを驚かせている選手がいる。スケールの大きさで注目されるドラ6ルーキー村田怜音選手だ。

 5月10日のイースタンの試合のリフレクションで、一軍昇格直前に書いたものだというスクリーンショットを見せてもらった(本人了承済みである)。

試合中にメモを取る選手もいるが、村田選手は試合中にメモは取らず一気に書き出す派だそうで、夜に時間をかけてしたためている。その集中力や記憶力も特筆すべきものがある 【画像:球団提供】
試合中にメモを取る選手もいるが、村田選手は試合中にメモは取らず一気に書き出す派だそうで、夜に時間をかけてしたためている。その集中力や記憶力も特筆すべきものがある 【画像:球団提供】

 “村田論文”と伊藤さんも言うように、言語化の量が圧倒的だ。1打席ごとの狙いと結果や、守備の反省点、身体感覚が事細かに書かれている。入団直後の春季キャンプ時のリフレクションを見せてもらうと、わずか数行で空欄もあり、書くことが思い浮かばず苦慮している様子がうかがえた。それがいまや伊藤さんたちも「読むのが大変」と苦笑するほど、論文並に長いレポートに変わっていった。

前述のとおりリフレクションは1〜2年目の選手を対象としているため、全員分を読んで返信していくのは伊藤さんたちにとっても骨が折れる。だが、「そういった(しっかりと書き記せる)選手が増えていくことこそが、人財開発担当の目標のひとつでもあるので、うれしく思っています」と、選手の文量に対して熱量で応えていくつもりだ。

 村田選手が一軍初出場を果たせたのは、フィジカルや技術面の努力だけではなく、自分自身に向き合う努力を重ねることができたからという証明にもなった。そこから見えた村田選手の武器とは。

「どうして合わなかったのかを実際の試合中だけではなく、練習の時はこういう感覚だった、試合ではこういう感覚だった、映像見たらこうだった、とさまざまな視点で考えられるところが彼の良さでもあります。体のサイズや飛距離に注目されがちですが、三軍スタートの開幕から1カ月半で一軍に昇格した村田選手の一番の武器は、“思考力”にあるのかなと思います。一軍でも、凡退した次の打席で、同じボールをミスショットせずに安打にし、試合で成長ができていました」

 それだけに怪我での離脱は悔しい。だが、「そのしっかりした思考力があれば、必ず怪我する前よりも強くなって帰ってくると思います」と伊藤さんは前を向く。

一流の選手は「聞いてもらう場を使う」のが上手い

 冒頭でも記したとおり、今シーズンはこのリフレクションをインタビューでも取り入れようと若獅子リフレクションが始まった。

「日々の取り組みでGBNのリフレクションサイクルを作れているので、普段からやっていることを勝った試合のインタビューだけでなく、負けた時でもやっていこうとなりました」

 発案者は元投手で現在バイオメカニクスを担当する武隈祥太さんだ。選手も最初はとまどいがあったそうだが、考えをメディアに乗せて自ら発信するという機会を、うまく活用してほしいと伊藤さんたちは考えている。

 後編では、「リフレクションが自分のためになっていることを、一番感じている選手だと思っています」と豪語する、奥村光一選手に話をうかがう。

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