時計の針は23時を回っていた。4月20日、楽天Koboスタジアム宮城の正面広場。延長12回に及ぶ激闘を終えたばかりの選手たちが続々と登場すると、会場で列を成しているファンから大歓声が上がった。熊本地震被害支援の募金活動。選手会長の銀次選手がマイクを持って、「東北の『温かい気持ち』を少しでも届けることができるようにご協力をよろしくお願いします」と冒頭に挨拶をした。松井稼頭央選手・松井裕樹投手ら、一軍の全選手が募金を呼び掛け、御礼のハイタッチをファンと交わす。則本昂大投手など、通常であれば試合中に球場を後にするベンチ外の先発投手たちも加わった。ファン・選手・職員が一丸となった夜。その裏には、様々な想いが詰まっていた。
この日は本来、試合前に数選手が登場して募金を呼び掛けるはず、だった。しかし、前日の4月19日に、その予定は大きく変わる。東京ドームでの試合を控えた銀次選手は、練習終了後に球団へ申し出た。「明日は熊本地震後に初めてKoboスタ宮城で行う試合なので、選手が全員参加して募金活動をできないですか?」。
岩手県普代村出身の銀次選手は、今季から選手会長に就任した。東北を襲った東日本大震災から5年が経過。チームとして、そしてファンに対して、自分にできることは何かと考える日々が続く。「(震災が起きたことを)一生、忘れてはいけないです。東北の代表として、やらなければならないことがたくさんあります。野球を通じて、勇気や元気、笑顔を届ける活躍をしたい」と、常々口にする。あの時に支えてくれた方々に対して恩返しをすることの責任。そして、復興の過程にある東北の震災を絶対に風化させてはいけないという使命。熊本地震の発生後には、「前回は自分たちが支えてもらいました。今度は自分たちに何ができるか考えていきたいです」と神妙な面持ちで話した。強くて、優しい選手会長は、行動力でチームを引っ張る。選手間で話し合い、全員で募金活動を行う提案を球団に持ち掛けた。
4月19日の夜。オリックスとの延長戦に敗れ、連敗は6に伸びた。年に一度の東京での主催試合「楽天グループデー」を終え、片付けに追われながらも、地下の一室でホワイトボードを前に話し合う職員たち。30人近い選手が同時に参加する募金活動をスムーズに運営するためにはどうすれば良いか。大規模な募金活動を安全に進めるためには、多くの人手と準備を要することになる。議論は遅くまで続いたが、銀次選手からの要望に職員も胸が熱くなった。選手からの有難い申し出・心意気にみんなで応えたい。震災を経験した東北の球団として、九州のために協力したい気持ちは、選手も職員も同じだ。しかし、一つの疑念が残っていた。4月10日に球団通算700勝を達成して以降、一週間以上も勝利から遠ざかっている。この重苦しい状況の中、全選手が参加する募金活動を本当に行って良いのだろうか?もし、次の試合に敗れたら・・・。
翌4月20日、東京から慌しく仙台に戻ると、選手会と球団で話し合いの場を持った。試合結果に関わらず、試合後に募金活動を決行することを双方で確認。そして18時、オリックスとの試合が始まった。寒さの残る4月の平日ナイトゲーム。優勝した2013年には1万6千人が最高だったこの時期の試合に、2万人のファンが詰め掛けた。試合は3点のビハインドとなったが、5回裏に聖澤諒選手・銀次選手の適時打で1点差に詰め寄ると、6回裏には嶋基宏選手の本塁打で同点に追い付く。7回裏が終了すると、設営を終えた会場に職員が集まった。試合は3対3のまま3試合連続の延長戦に突入。いつ訪れるか分からない試合終了に備えて、ファンも職員も寒空の下、会場で静かに試合を見守った。延長12回裏に嶋選手のサヨナラ打が飛び出すのは、その1時間後。打球が左翼手の頭上を越えると、歓喜の声がスタジアム内外から沸き起こった。
4時間37分の激闘。連敗を6で止めた殊勲のキャプテンは、ヒーローインタビューでお立ち台に上がると熱く呼び掛けた。「5年前、ここにいる皆さんもそうですが、震災が起きてから、たくさんの人たちに支えられました。今、熊本で、たくさんの人が困っています。ここにいる皆さんも、少しでも力になれるよう、少しでも『温かい気持ち』を送って、日本を盛り上げていきましょう!」。その言葉は、ファンの、そして職員の心も昂ぶらせた。
サヨナラ勝利の興奮も冷めやらぬ中、23時から始まった募金活動。Koboスタ宮城の外周は、多くのファンで埋め尽くされた。長蛇の列は途切れることがない。この日の募金活動で、100万円近くの厚意が寄せられた。東北の地で、私たちができること。銀次選手は、「東北では苦しい日々が続いたので、少しでも力になればいいかなと思いました。こういうことができて、すごく良かったです」と振り返った。痛みを知った者は、人に優しくなれる。東北からの想い。10日ぶりの勝利で熱狂が最高潮に達したKoboスタ宮城は、いつしか温かい空気に包み込まれた。
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