阪神、オリックスで活躍し、現在は台湾プロ野球(CPBL)の中信兄弟で打撃・野手統括コーチを務める平野恵一氏。台湾シリーズを4連勝で制し、V2を達成したことで、その指導力に台湾プロ野球界から熱視線を送られている。そんな平野コーチのロングインタビューの後編をお届けする。
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平野コーチの指導は技術面にとどまらなかった。2019年ドラフト1位の外野手、岳政華は、林監督から「好打者に育ててほしい」と特に要望があった選手だった。平野コーチは、競争が厳しい外野においても年間を通じて一軍でプレーできる選手と認めていた上で、「チームが彼に求めていること、監督が求めていることと、彼が今までしてきたこと、こうなりたいっていうことにおいて、いろんな要素が少しずれている」と感じていた。オールスターゲーム前、岳政華を呼んだ平野コーチは「このままじゃ絶対に駄目だ」と厳しい口調で叱り、まずはチームで求められている役割を果たすよう、変化を求めたという。
岳はオールスター明けの8月上旬からスタメン入りすると、2割弱だった打率を、1カ月で3割前後まで高め、9月上旬からはリードオフマンに定着。プレーオフ、台湾シリーズでも4割を超える高打率をマークし、シリーズでは史上最年少でMVPを受賞した。平野コーチは「はっきり言って俺は何もしてない。何か人が変わったかのように打撃も変わった。彼が勇気を持って変わってくれたんじゃないかな」と目を細め、成長を喜んだ。
3割打てば一流と言われる野球の世界。ただ平野コーチは就任直後から「3割を10割にしようとするから調子の波が出てくる。そこに相手は付け込み、いろんな外的要因が出てくる」との考えから、全体の7割を占める失敗の中身を重視するよう求めたという。そして、後期シーズンのチームの好調ぶりについて、前期から求めてきたこれらの意識面の変化も理由に挙げた。
「勝てるときはこういうことができている。負けるときはこういうことができてないっていう指導に後半は変わっていたので、前半教育していたことが、後半は教育じゃなくて答え合わせできてたからよかったのかな。選手たちが変わってきてくれたっていうか、失敗のほうを見てくれるようになったというか。後半は何かいいところを探しながら帰ってきてくれた選手が多かった。選手たちも逆に言ってくるわけです。例えば、アウトになってベンチに帰ってきても、『負けてないっすよね』って言ってくれる。そうそう、それだよって」
意識面、野球への取り組み方という点においては、途中退団となった牧田和久投手への言及もあった。
「年齢的に厳しいんじゃないかという声もあるなか、監督は『いい刺激になる。台湾人ピッチャーのいい教育にもなる』と言っていた。彼は違う球場に行くと、必ずホームからずっとゴロを転がして、バントの転がり方をチェックしていますよね。マウンド行ってフィーリングを真似して、足場を確認しています。いろんな作業しているんですよ。それを何人見てくれたか。試合ではなかなか結果が出なかったですけど、チームに大きな影響を与えたんじゃないかな」
20日の優勝パレード当日、林威助監督は「平野コーチには来季も残ってもらうことになるだろう」と述べた。連覇を果たした中信兄弟だが、平野コーチは各チームが3連覇を阻止しようと立ち向かってくることが予想されるなか、選手たちには外野に加え、内野でも「競争」をつくると明言したという。すると、選手たちは「どこにライバルがいるんだ。つくってみろ。台湾にいなければ海外から集めてこい」と「反発」、勝てば勝つほど自信をつけた選手たちの思わぬ反応に、頼もしさを感じたという。平野コーチは、来季の方針、抱負についても以下のように語った。
「一軍選手にこうしろ、ああしろっていうのはなかなか難しいけど、レベルアップとかアップデートしていくのは大事なことだから、そこのお手伝いをしなければいけない。活躍しいてる選手にライバルをつくってあげる、そういう指導方法は大事かなと思っています。そして、活躍している選手はこうしてるよ、ああしてるよ、強いチームはこうだよ、今の野球はこうだよと伝えて、これからはこうなっていくよ、準備していかなければいけないよ、と。そういうのが先を読むプレーや、落ち着いたプレーを生み出すと思うし、あとは、選手が困らないよう何かキーをつくってあげる。相手チームと戦うんじゃなくて、ライバルと戦うならば関係ないでしょう。そういうことをしてあげれば、少しは助けになるのかなって思っています」
「会社がどういうチームにしてほしいのか、監督はどういう野球をやりたいのか、どういう野球で勝ちたいのか。そういうのに応えられる準備をするのが僕らの仕事だと思うので、チームが求めること、監督が求めること、ファンが求めることについて、僕らがいい準備をして、選手がベストな状態でそれに応えられるよう、相手と対決できるよう、そういう環境をつくっていきたいと思います」
平野コーチは、現役時代のハッスルプレーのイメージそのままの「熱さ」に、冷静さも兼ね備えた魅力的な方であった。冒頭で「『企業秘密』も多いので、話せないこともたくさんありますよ」と笑顔で釘をさされたが、いざスタートすると、一つ一つの質問に丁寧に答えていただき、インタビュー時間は1時間半に及んだ。全てを紹介できないのが惜しい限りである。
筆者は以前、平野コーチが参加した台北市内の野球教室をたまたま取材した。日本メディアは全くおらず、台湾メディアもまばらななか、ぬかるんだグラウンドで、平野コーチが中学生の選手ひとりひとりの目をみながら熱心に指導する姿が強く印象に残っていた。コーチ就任の知らせを聞いた際、中信の、特に若手にとっては間違いなくプラスになるだろうと感じたが、その効果は育成のみならず、成績にも直結することとなった。
平野コーチは日本のファンへ向け、「日本で培った、学ばしてもらった経験、技術、思いを今、台湾で必要としてくださるところがあるってこと、そこに対してまず感謝の気持ちがあり、そういう人間が今、台湾にいるってことを知ってほしい」というメッセージをくれた。そして、台湾プロ野球の魅力について問うと、「それはもうまず1回台湾に来てもらいたい。そして練習から見てもらって、なかなか味わえない雰囲気を味わってほしい」と述べ、現地で直にその魅力を感じてほしいと希望した。
台湾はこの10月中旬から国境を開放、台湾シリーズでも久しぶりに日本人ファンの姿がみられた。台湾の球場の「ドレスコード」は緩く、阪神やオリックスのユニフォームを着用しての観戦も可能だ。台湾プロ野球は日本人ファンの来場を歓迎している。来シーズン、異国・台湾で林威助監督を支えながら奮闘する平野コーチをぜひ、応援しに来てほしい。試合前に声をかけたら、平野コーチもきっと喜んでくれるはずだ。
文・駒田英
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