元プロ野球選手のセカンドキャリアを追う 元千葉ロッテ・古谷拓哉氏の場合

パ・リーグ インサイト 武山智史

2018.6.4(月) 21:00

球場前でのイベントに参加する古谷氏【撮影:武山智史】
球場前でのイベントに参加する古谷氏【撮影:武山智史】

4月12日、千葉ロッテ対埼玉西武の試合開始約3時間前のZOZOマリンスタジアム。球場外のPRブースで細身の男性がガラポン抽選器にボールを次々と入れていく。ネクタイ、ワイシャツの上にユニホームを着込み、足元は革靴、メガネを掛けたその男性は昨年まで千葉ロッテの選手としてプレーしていた千葉ロッテ営業部の古谷拓哉氏だ。

日本通運から2005年の大学・社会人ドラフト5巡目で千葉ロッテに入団。2013年には左腕から放たれるキレのある直球を武器に、先発の一角を担い9勝をマークした。特に同年6月26日のオリックス戦では9回2死までノーヒットノーランを続ける快投を見せている(結果は1安打完封)。翌2014年も7勝を挙げるが、昨年は一軍出場なしに終わり、戦力外通告を受け現役を引退。球団からは球団職員としてチームに残ることを打診され、今年1月から営業部で勤務している。

この日の試合はサプリメントなど健康食品を扱う企業「医食同源ドットコム」が試合を協賛し、「ISDG 医食同源ドットコムサプリメントナイター」と銘打たれていた。古谷氏にとっては初めて企画から携わった営業案件であり、この日はPR大使という任務も任されていた。

現役を退いたばかりということもあり注目度は高い【撮影:武山智史】
現役を退いたばかりということもあり注目度は高い【撮影:武山智史】

球団職員としての仕事は

球団職員として見たスタジアムの光景は、現役時代とは異なるものだった。

「一番の感想は『こんなたくさんの人たちが現場を支えてくれていたんだな』というものでした。現場では出会うことのない方々がたくさんいました。本当に細かいことまで一人一人が考え、作り、仕上げていく。そしてそこに本当に沢山の人が関わっている。『沢山の人たちが支えてくれていてチームや選手としても自分がいる』とは分かっているものの、なかなか実感がわかなかったのも正直なところでした。試合中、スタジアムの外周であんなに早くからお客さんが来ていて、沢山の出店も出ていたなんて、オープン戦が始まって初めて知りました。試合前後はスタジアムの外に出たことが無かったですから」

医食同源ドットコムとのつながりは、現役時代につながりのあった経営者からの紹介だった。そこから協賛ナイター実現まで、古谷氏にとっては初めての経験が続いた。

「最初はメールのやりとりや企画書作りに始まり、言葉の伝え方にも苦労しました。商材もしっかり把握して説明しなければならない。色々な質問も来ました。私一人だけではなく、大勢の方の連係があってここまで来ましたね。良い経験をすることができました」

球団職員として久しぶりのマウンドに上がる古谷氏【撮影:武山智史】
球団職員として久しぶりのマウンドに上がる古谷氏【撮影:武山智史】

イベント開催時の球場での動きは

PRブースでは医食同源ドットコムの担当者とコミュニケーションを取りながら、サプリメント販売やガラポン抽選会を進めていく。同社広報部の笛木慎一郎氏は「初めてとは思えない手際の良さです」と古谷氏の仕事ぶりを評価する。ガラポン抽選会では当選者に対して、古谷氏が「営業マン 古谷拓哉」とその場でサインを書きプレゼントを行う。抽選会に参加したファンの中には、古谷氏の現役時代のユニホームを着たファンの姿もあり「頑張ってください」と声を掛ける場面も見られた。

その後もイベントステージに移動しじゃんけん大会を行うなど、PR大使としての仕事は続く。そして試合開始直前には始球式に登場する。当初、始球式には医食同源ドットコムの常務取締役・関水弘一氏が登場することがアナウンスされていたが、サプライズとして古谷氏の登板が準備されていたのだった。マウンドに上がった関水氏が肩を押さえ「投げられない」とアピールすると、「ピッチャー・古谷拓哉」のアナウンスが響き渡る。現役時代の登場曲だったGreen Dayの「マイノリティ」が流れる中マウンドへ。「現役を退いてからは2回ぐらい投げたかな…」と始球式前に話していた古谷氏は、現役時代同様の投球フォームでボールを投げ込む。結果は少し外れてしまったせいか、マウンド上で思わず天を仰いだ。それでもスタンドからはファンが拍手を送り、元同僚である千葉ロッテの選手たちも温かな目でその光景を見守っていた。

試合が始まってからも古谷氏は関係者へのアテンドなど、球場内を休む暇なく動き回る。2階裏終了後にはスタンド内のコンコースで球団公式キャラクター・マーくんとともに撮影会に臨み、ファンと一緒に写真に写った。撮影が終わるとファンの一人一人に「ありがとうございました」とガッチリと握手を交わす。古谷氏の直属の上司である千葉ロッテ営業部・吉川雅也氏はその風景を見ながら「真面目で一生懸命やっていますよ。彼が営業に来たことでお客さんも喜んでいるかもしれませんね」と部下の働きぶりをしっかりと見守っていた。

千葉ロッテが勝利した場合、ヒーローインタビューで古谷氏が再び登場しヒーローの選手に賞品を渡す予定となっていた。しかし、この試合は3対6で敗れ再登場は幻に。こうして古谷氏が手掛けた「ISDG 医食同源ドットコムサプリメントナイター」は終わった。

球団職員で働くという決断

「自分だけでなく、周りの方の協力のおかげで無事に終わることができてホッとしています。チームが負けてしまったのは悔しいですが、大勢の方に満足してもらえたので営業になって今日が一番充実していましたね。やってみて初めて分かった部分もあり、改善しながら少しずつ良い仕事ができるようにやっていきたいです」

試合後、やり切った表情を見せながら古谷氏は一日をこう振り返った。そして、現在の仕事に就くまでの経緯をこのように語っている。

「昨シーズンの終わりごろ、『来年はやれる』と非常に良い手応えを感じていたときに戦力外通告を受けたんです。その際に球団から『球団職員にならないか』と言われました。もちろん現役を続けたかったのが一番ですが、こうやって声をかけてもらえるチャンスはなかなか無いじゃないですか。違った角度から野球やチームを見るのも今後の勉強になるのではと考えたんです。1カ月ぐらい猶予をいただいて決めました」

千葉ロッテでは今年、古谷氏の他にも2年前に現役を退き昨年はアカデミーのコーチだった上野大樹氏がスタジアム部おもてなし担当に。昨年で現役を退いた黒沢翔太氏がスタジアム部飲食担当に就くなど元選手が球団職員に転身している。「プロ野球のセカンドキャリア」という意味ではどのように考えているのだろうか。

「今後、私が頑張ることで引退後に球団から声を掛けてもらえる後輩たちが現れるかもしれません。球団の考えや現役時代には見えなかった部分が色々見えてくると思います。選手にプラスになるようなことを伝えていきたいですね」

医食同源ドットコムの協賛試合は9月にもデーゲームで開催される。もちろん担当するのは古谷氏だ。これからの仕事については「もっと社会貢献や地域貢献を絡めたり、スポーツの持っているメッセージ力を使った幅広い人々に共感してもらえるような企画を、協賛企業様とともに考えていきたいです」と語る古谷氏。千葉ロッテを、そして野球界を盛り上げるために新たなフィールドで今日も奮闘し続けている。

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パ・リーグ インサイト 武山智史

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