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沖縄から北海道へ…ホームシックに耐えて掴んだプロ入り 埼玉西武ドラ6ルーキー・ブランドンの“原点”

2021.11.13(土) 15:31 Full-Count 篠崎有理枝
埼玉西武・ブランドン※写真提供:Full-Count(写真:荒川祐史)
埼玉西武・ブランドン※写真提供:Full-Count(写真:荒川祐史)

沖縄出身の埼玉西武・ブランドンは北海道網走市の大学に進学した

 2021年シーズンで42年ぶりの最下位に沈んだ埼玉西武は既に来季に向けて動き出し、若手は飛躍を期して鍛錬に励んでいる。今季32試合に出場したタイシンガーブランドン大河(登録名・ブランドン)内野手は、沖縄・うるま市の高校から北海道・網走市の大学に進学。厳しい環境でレベルアップし、昨年のドラフト会議で6位指名を受けてプロの舞台に立った。期待のホープがこれまでの野球人生を語ってくれた。

 ブランドンは沖縄・石川高で投手で4番を務めたが、3年夏の県大会は1回戦負けを喫し「あっという間に終わってしまった」と振り返る。そして、沖縄から遠く離れた北海道・網走市にある東農大北海道オホーツクに進学した。「お話をいただいたときは大学のことをよく知らなかったのですが、いろいろ聞いていく中で、野球に集中できる環境だと思いました。自分が育った沖縄から離れたところで頑張ってみようと思いました」。

 雪を見たこともほとんどなかった。小・中・高校の同級生が一緒に進学したこともあり何とかなると思っていたが、最低気温がマイナス20度近くになる日もある網走の冬はやはり厳しかった。ホームシックにもなった。でも、簡単に帰省できる距離ではなかった。

「怪我をせず、風邪を引かないようにとにかく部屋を暖めました。沖縄の人は湯船に浸からないのですが、湯船に浸かる習慣もできました。北海道に行って、身体のケアの大切さを一番学びました。沖縄に帰ると多少なりとも元気になるのですが、帰ったら帰ったで戻りたくなくなる。でも、戻らなきゃいけなかったです」

 高校時に肩を痛めたこともあり、大学では野手に専念。首位打者を3度手にし、ベストナインに5度輝いた。4年時には主将としてチームをけん引。新型コロナウイルス感染拡大の影響で部活動ができない期間は、沖縄の実家に戻りオンライン授業を受けながら自主トレに励んだ。そして、4年秋のリーグ戦で3度目の首位打者を獲得。埼玉西武からドラフト6位指名を受けた。

「キャプテンを経験して、人間的に成長できました。チームメートにも注意しなきゃいけない場面もありますが、言うしかないし、言わないと強くなれないと自分に言い聞かせました。練習もきつかったですが、きつい練習をしたらそれだけ自分に返ってくると思って頑張りました。ドラフトで名前が呼ばれた時は、頭が真っ白になりました。指名されていなかったら、4年間やり切ったので『もういいわー』って、野球を辞めていたかもしれません」

埼玉西武・ブランドン(写真提供:埼玉西武ライオンズ)
埼玉西武・ブランドン(写真提供:埼玉西武ライオンズ)

今季は32試合出場、打率.247&3本塁打をマークした

 入団1年目で開幕1軍切符を掴み取り、3月30日に敵地で行われた北海道日本ハム戦で初安打・初本塁打・初打点となる1号2ランを放つなど2安打4打点と活躍した。しかし、その後は1軍と2軍を行ったり来たり。「厳しい世界だな」と痛感し、ファームではコーチと相談しながら打撃を一から考え直した。

 今季まで2軍監督を務めた松井稼頭央1軍ヘッドコーチは「パワーもあり、バットコントロールも上手い。走攻守のバランスが良い」と評価。来季に向けて「全てにおいてランクアップしてほしい」と期待を寄せる。

「追い込まれてから低めのボール球を振らないように、どうにか粘れるように意識してやってきました。思い切りの良さやパンチ力はアピールポイントです。そこは続けていきたい。長い期間結果を残して打率を維持できるように、将来的には打てて走れる選手になりたいです」

 6月に月間打率.408でファーム月間MVPを受賞。1軍では32試合出場で、打率.247、3本塁打、8打点をマークした。沖縄・うるま市から北海道・網走市まで約2500キロを往復しながらプロ入りを掴んだルーキーは、活躍の舞台を北の大地から所沢に移し、飛躍を目指す。

(篠崎有理枝 / Yurie Shinozaki)

記事提供:Full-Count

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