石垣島春季キャンプ前日の1月31日。恒例の一、二軍合同で行われる全体のミーティングが催された。その中でひと際、険しい表情で指揮官の言葉を聞き入る井上晴哉内野手の姿があった。ルーキーイヤーに開幕4番に抜擢されるなど大きな期待をかけられながら怪我にも悩まされ、なかなか思うような結果を出せずにプロ4年目を迎えた。アルフレド・デスパイネ外野手が退団した今季は和製大砲候補として大輪の花を咲かせる事のできる絶好の好機。この機会を逃すまいとする野獣の目をしていた。
「今年はマジでやらないといけない!もう何回もチャンスがあるというものではない。これまで打撃で期待をかけられているのに、応えられていない。自分にとって勝負の年なんです」
昨年のマリーンズ開幕ダッシュの立役者と言っても過言ではない。3月25日、まだ肌寒さの残る本拠地でのシーズン開幕戦。井上は6番・ファーストでスタメン出場をした。マウンドにはファイターズのエース・大谷翔平選手。初回に1点を先制した直後の2死1,2塁。1ストライクからの2球目。変化球を迷うことなく振り抜くと、打球はレフト線に落ちた。2点適時打。難攻不落と思われた絶対エースをいきなり打ち崩し、チームを勢いづかせた。この試合、井上はプロ1年目以来、2度目のお立ち台に上がった。
「お立ち台は懐かしかったですね。1年目の4月以来でしたから。いいスタートを切れた。自分では、ここから、いい感じで進んで行けると思っていた」
本人が、そして周囲の誰もが、背番号「44」の確変を予感した開幕だった。しかし、その後、気づかないうちに打撃に狂いが生じる。好調の中で、マークも厳しくなった。徹底的な攻めの中で、なんとか結果を出そうとするあまり、これまでいい状態で整っていた形が、いつしか力みとプレッシャーに変化し、思い切りのいい打撃が影をひそめた。その悪循環から数字を落とした。4月25日。二軍落ちを通告された。
「自分からチャンスを逃すような形になってしまった。落ちた時は悔しかったし、ショックでした」
結果的に2016年シーズンは35試合の出場で2本塁打に終わった。打点こそ自己最多の16打点を稼いだもののファンの期待値の高さから考えると、あまりにも物足りない。迎えた千葉県鴨川市での秋季キャンプでは徹底的に自分と向き合い、振り込んだ。全体練習後に室内で140キロ後半近く計測できる速球マシン相手に打ち込むのを日課とした。豪速球に振り負けないための練習。何千回とスイングを重ねるうちに気が付いたことがあった。
「打っていて思った。自分は人よりも体重があり、それだけおのずとパワーがある。だから、パワーで打ち返そうとするのではなく、力まずにいいポイントで合わせるように打っても打球が飛ぶ。ボールに対する円滑なバットの出し方を意識するようになった」
自身が求められている長打を意識するあまり、とにかく振り負けない力強いスイングでボールを叩く事を過剰に心がけていた。しかし、それでは逆にボールに対して、自身のすべての力が伝わっていない事に気が付かされた。点ではなく線でボールを捉える。バットの出し方、ポイントを意識してのスイングを試した。そのイメージで構えると140キロ後半の速球をもコンパクトながら鋭い打球となって弾き返すことができた。秋の収獲。大きな手ごたえを掴んだ。
「プロに入って今までで一番、手ごたえを感じている。あとは実戦でこのスイングがどれだけできるか。自分としては今の打撃は絶対に良いと思っている。バットの出し方は今までになかった新しい感覚で楽しみです」
「幕張のアジャ」。110キロを超える巨体と風貌からファンはそう親しみを込めて呼ぶ。ルーキーイヤーはオープン戦から本塁打を量産し、さらに首位打者となった。新人のオープン戦首位打者は1965年のドラフト制導入以降で初。その勢いのままに新人では異例の開幕スタメン、しかも4番に抜擢された。新人の開幕4番は球団では64年ぶりの快挙。順風満帆なプロ野球人生がスタートするかに見えた。しかし、一年目から徹底的なマークにあい、36試合の出場で2本塁打。2年目はシーズン中に、右足の肉離れ、腰痛、左手人差し指の骨折と怪我に泣かされ5試合の出場。昨年も開幕で大谷撃ちを果たすも、その後は勢いに乗れなかった。毎年、期待されながらも結果が伴わない辛さ。4年目の今季こその想いは強い。
「デスパイネがいないから長打が売りの自分は大チャンス。このチャンスを生かさないようでは、オレはダメだと思っている。ラストチャンスだと思う」
キャンプの自室には「野球ノート」と書かれた一冊の本が机に置かれている。そこにはビッシリと色々な事が書かれている。打撃で気が付いたこと。心がけ。そして相手投手の特徴や球種。さらには状況別でどのような心がけか必要か。今の想い。これまでに様々な事を書き、今もチェックを忘れない。
「ノートに書くと覚えるというのはありますし、いつでも振り返る事ができる。そして、自分自身もノートを読み返すことで自信を持つことができる」
勝負の一年が始まった。アピールを続け、今年こそ定位置を獲得する。デスパイネの穴を埋める一役を担う事を期待される男は、その想いに応えるべく連日、振り込む。マリーンズをバットで引っ張り、アジャ井上の名を今年こそ全国区にする。
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