プロ6年目にしてレギュラーの座をつかみ、オールスターにも初出場
ついに主力の座をつかみつつある新鋭は、今や台湾球界の希望となりつつあるかもしれない。埼玉西武の呉念庭選手がプロ6年目にしてレギュラーに定着し、自身初のオールスターにも出場。持ち前のユーティリティ性を活かして故障者が続出するチームを支え、攻守にわたって大きな存在価値を示している。
とりわけ、課題となっていた打撃面での成長は著しく、過去5年間で0本塁打に終わっていた呉選手が、今季は既に7本塁打を記録しているという点からも、パワーの向上が見て取れるところだ。
今回は、そんな呉選手のこれまでの経歴に加え、指標やコース別打率といった数字をもとに、今季ブレイクを果たしている理由を分析。呉選手の野手としての長所をあらためて見ていくとともに、今後の活躍にも期待を寄せたい。(成績は9月13日時点)
2020年終盤の勢いを今季につなげ、チームの救世主的な存在に
まずは、呉選手がこれまでに記録した年度別成績を紹介しよう。
呉選手は岡山共生高校から第一工業大学を経て、2015年のドラフト7位で埼玉西武に入団すると、1年目から一軍で43試合に出場。当時はチーム内で遊撃手のレギュラーが定まっていなかったこともあり、その候補の一人として期待されていた。
しかし、2017年に源田壮亮選手が入団し、不動の遊撃手となったことで状況は大きく変化。2017年には15試合、2018年には8試合と、呉選手の一軍での出場機会は徐々に減少していき、2019年にはついに一度も一軍で出場機会を得られず。二軍ではプロ入り以来5年連続で出塁率.350を超える堅実な働きを見せていたものの、一軍ではなかなか結果を残すことができずに苦しんでいた。
そんな中で迎えた2020年は正念場のシーズンだったが、二軍での17試合で5本塁打を放ち、打率.383、出塁率.479と抜群の成績を記録。この活躍が評価されて一軍での出場機会も増加し、自己最多の51試合に出場。クライマックスシリーズ進出を賭けたシーズン終盤戦には一塁手としてスタメン出場を続けるなど、一定の存在感を発揮した。
前年終盤の奮闘もあって2021年は一軍定着が期待されたが、開幕は二軍で迎えることに。それでも山川穂高選手の故障に伴って一軍に昇格すると、今季初スタメンとなった3月31日の北海道日本ハム戦でいきなりプロ初本塁打を記録。その後もたびたび勝負強い打撃を見せ、チーム事情に応じて一塁、二塁、三塁と複数ポジションをこなすマルチな才能も発揮。離脱者が相次いだ今季の埼玉西武にとって、まさに救世主的な活躍を見せた。
抜群の得点圏打率に加え、打撃内容そのものもさらなる進化を遂げている
続けて、今季の呉選手の成績を、セイバーメトリクス等で用いられる各種の指標に基づいて見ていきたい。
今季の呉選手を語るうえで外せない事象が、.350を超える数字を残している得点圏打率だ。今季のみならず2020年以前に関しても、一軍での出場機会があった4シーズンのうち3度、年間打率を上回る得点圏打率を記録。通算打率.234に対して通算の得点圏打率は.298と、キャリア全体を通じてその勝負強さは発揮されている。
セイバーメトリクスの分野において得点圏打率は、同じ選手でもシーズンごとの上下が大きく、運の要素が強い指標とされている。しかし呉選手に関しては、2020年までの打数は決して多くなかったとはいえ、キャリアを通じてほぼ同じ傾向を残し続けており、一概に運の一言だけでは片づけられない。
また、二軍では2020年までの全てのシーズンで出塁率.350を上回る数字を記録した、選球眼の良さも呉選手の特徴の一つであった。一軍の舞台でも2020年には打率.227に対して出塁率.320、IsoD(出塁率から打率を引いた値)が.093と高い数値を記録していたが、2021年のIsoDは.074とやや減少。その一方で、三振率は現時点でキャリア最少のペースで推移しており、四球率も2020年と比べて向上している点は興味深い。
三振率の向上とIsoDの減少を鑑みるに、今季の呉選手はこれまでに比べて打席での積極性が増していると考えられる。それに加えて、四球率自体の上昇を見ても、本質的な選球眼自体が失われたわけではなく、総じてより洗練されたバッティングを見せている。
守備率だけなら、ゴールデングラブ賞受賞経験者をも上回る?
次に、今季の呉選手が記録している守備成績についても確認していこう。
一塁手が55試合、二塁手での出場が45試合と、状況に応じて山川選手と外崎選手が離脱した穴を埋めていたことが表れている。また、外崎選手の復帰後は三塁手としてスタメン出場を続けていることからも、穴埋め的な役割を飛び越え、「どこかで使いたい」と思われる存在へと成長していることがうかがえる。
そして、一塁手と三塁手では失策がまだゼロと、非常に堅実な守備を見せている点も特筆ものだ。また、試合数に差はあるものの、二塁手としての守備率.991も、中村奨吾選手(.990)、浅村栄斗選手(.986)といった、ゴールデングラブ賞獲得歴のある選手たちが、今季残している成績を上回るものだ。
これらの成績からは守備範囲の広さなどを推し量ることはできないが、複数のポジションをこなしながら、どのポジションでも安定した守備を見せている、という点に関しては、数字の面からも十分に裏付けられていると言えよう。
外角、高め、低めと、ボール球に対してもかなりの強さを発揮
最後に、呉選手が2021シーズンに記録している、コース別の打率を紹介したい。
全体を見渡してまず目につくのが、外角のボールコースの球に対する抜群の強さだろう。外角のストライクゾーンに来る球に対してはそれに比べるとやや苦手としているが、外角真ん中の球には打率.333と強さを見せている。
また、ど真ん中や真ん中高めといった甘いコースをきっちりと安打にしていることに加え、高めの釣り球や、低めのボールゾーンに落ちる球に対しても、好成績を残している点は特筆ものだ。
打ちごろの球やボールコースの球に強いという傾向は、指標の項でも述べた、積極的な打撃への転換が好成績につながっているという見方の裏付けでもある。あとは、明確な課題となっている内角球にも対応できるようになってくれば、さらなる成績の向上も期待できるだろう。
ライオンズの台湾出身選手の系譜を、名実ともに継ぐ存在へ
今季の呉選手は従来に比べて積極的なバッティングに切り替えたことが奏功し、元々優れた傾向にあった得点圏打率もさらに向上。それでいて、守備面でも持ち前のユーティリティ性で状況に応じてチームの穴を埋め、ポジションを問わずに安定した守備を見せていた。こういった点を鑑みれば、現在呉選手が見せている活躍には、一定以上の必然性があると考えられよう。
近年の埼玉西武には、投手としてライオンズで12年間プレーし、2018年から昨季まではコーチとしても在籍した許銘傑氏、呉選手とは岡山共生高校時代の同級生だった廖任磊投手、2019年まで5年間在籍した郭俊麟投手と、台湾出身の選手が多く在籍していた。しかし、現在のチームに在籍する台湾出身の選手は、呉選手ただ一人となっている。
古くは「オリエンタル・エクスプレス」の異名を取り、1991年のシーズンMVPにも輝いた郭泰源投手に代表されるように、ライオンズの歴史の中では、台湾出身の選手がたびたび活躍を見せてきた。その系譜を継ぐ存在となりつつある呉選手は、新たな「台湾の至宝」となれるかどうか。その試金石となるシーズン後半でも、抜群の勝負強さでチームを救う存在となってほしい。
文・望月遼太
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