大ベテランは自らを責めていた。12月15日、契約更改を終え、ZOZOマリンスタジアムの会見場に姿を現した福浦和也内野手は何度も「欲が出てしまった」と言って、眉間にしわを寄せた。貫いてきた自らのポリシー。それが今季、わずかばかりの事だが、揺れ動いてしまった。それがどうしても許せなかった。だから、オフは自問自答の日々を繰り返した。
「例えだけど、今年はアウトコースにボール一つ外に外れているボールを打ってしまった。ファウルにするべき球を前に飛ばして、ゴロアウトにされてしまうケースがあった。自分の中では分かっているつもりでも、本能のどこかで『結果が欲しい』という欲が出てしまったのだと思う。チームのためにファウルで粘って、最後は四球でいいので出塁をしなくてはいけないのに、前に飛ばしてアウトになってしまった。それが許せなかった」
2000本安打まであと68本。周囲からは偉業達成への期待の声が溢れる。それでも福浦は一貫して「チームが勝てばそれでいい。四球でいいので出塁をしたい。ヒットを狙うつもりはない」とクールな表情で回答をし続けていた。ただ、今年は石垣島での春季キャンプで左足を痛め、いきなり出遅れた事で狂いが生じた。自らの心の緩みがこの躓きを生んだと捉えた男は悔い、悔み、結果的に大事にしていた『静の心』が揺れ動いた。
「今年の春季キャンプは例年になく調子が良かった。それで、調子に乗ってしまった。あまりにも状態がいいので、ロングティーの時にトレーニング用にと重いボールを打っていた。その時は調子がいいから、気分よくやっていたのだけど、宿舎に戻って少し時間が経つと足に違和感を感じた。自分の油断。悔しいよ。まだまだ甘いということ」
悔しさと後悔の念が大ベテランを襲う。ようやく状態が完治し、7月に一軍昇格。開幕から一軍にいたそれまでのシーズンとは気づかない部分で気持ちの変化が起きていた。スタンドからヒットを期待するファンの大声援。そして自らも心のどこかで結果を求めていた。本来のゾーンからボール一つ分ほど広げて、投手の投じるボールを狙った。その結果が功を奏した場面もあれば、凡打となった事もあった。ただ、そのいくつかの失敗は自身のポリシーからは決して許せるものではなかった。
だから、オフに入るとすぐに再始動をした。自身の体に語りかけるように走り、ウェートトレーニングを繰り返した。肩も作った。時には球場に誰もいない時がある。そんな時は外野フェンス相手にボールを投じ、肩を温めた。一人の時間。頭の中で『人としての欲』を何度も考えた。いかなる状況であれ、自身のポリシーを貫けなかった自分の人間としての弱さを猛省し、心を整理し直す日々にした。
「今でも悔しいよ。本来は塁に出る事ができれば、四球でも死球でもなんでもいいんだよ。チームの勝利に貢献出来れば。だから、もっともっと与えられた打席を大切にしないといけない」
2017年シーズンに向けて新たな一歩はすでに始まっている。今年、体重が少し落ちた反省から夜、寝る前にプロテインを飲むなどしてビルドアップも心がけている。また、若い頃、よく行っていた砂浜でのランニングも再開した。
「アスファルトよりも足にいいし、平らではなくて緩んでいるから、自然とバランスを意識して走れたりするから足首のトレーニングにもなる」
悔い多き打席があった今シーズンだが手ごたえを感じた一打もあった。8月4日のファイターズ戦(マリン)。8回に榎下投手の140キロ高めのストレートをバットに合せると、流すように左ポール際に弾き返した。打球はグングンと伸び、フェンスに当たる二塁打。今季2度目の猛打賞を放った。流し打ちでのフェンス直撃の強烈な一打。手には確かな手ごたえが残った。
「おかげさまで、まだ動ける。肩も問題ない。目も速いボールを見極められているし、しっかりとボールについていけている。今は反省をするところはしっかりとして、やることをしっかりとやって、万全の準備をして備えるだけだよ」
12月14日、福浦は41歳の誕生日を迎えた。「もう誕生日なんて嬉しくないよ」と笑う大ベテランは今年もまたいつもと変わらぬ精力的なオフを過ごしている。目指すは個人の記録達成ではなく、チームの優勝。それを大勢のファンで埋まるZOZOマリンスタジアムで達成したいと願う。心を静の状態で落ち着かせ、私欲のすべてを捨て去り、マリーンズの未来のためだけに打席に向かう。24年目のシーズンに向けた鍛錬の日々は始まっている。
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