通算2000投球回を突破しているパの現役投手は、涌井投手ただ一人
NPBにおける投手の通算防御率や勝率といった数字の集計対象となるのは、通算2000投球回以上を記録している投手のみとなっている。だが、現役選手の中でこの数字をクリアしているのは、涌井秀章投手(楽天)と石川雅規投手(東京ヤクルト)のわずか2名のみ。石川投手は東京ヤクルト一筋の現役生活を送っているため、パ・リーグに所属している選手に限定すると、この条件を満たすのは涌井投手ただ一人となっている。
涌井投手はキャリアを通じて埼玉西武と千葉ロッテの2球団のみでプレーしており、その数字は全てパ・リーグ球団所属の選手として積み上げてきたものだ。投球回の他にも、現役選手の中でのパ・リーグ記録となる数字を、非常に多くの分野で残している。その具体的な内容と残してきた数字は、以下の通りだ。
この表を見てもわかる通り、涌井投手はベスト、ワーストを問わず、数多くの部門において、並みいる投手たちの中でもリーグで最も多い数字を残してきた。これらの通算記録は、涌井投手が長年にわたって第一線で投球を続けてきたことの証明にもなるだろう。
今回は、そんな涌井投手がこれまで残してきた記録や投球内容をもとに、「涌井投手のすごさ」について紹介していきたい。自身3球団目となる楽天へ移籍したこのタイミングで、15年間におよぶプロ生活のほぼ全てを第一線で過ごし続けてきた涌井投手の実績や特長を、今一度確認する機会となれば幸いだ。
3度の最多勝、1度の沢村賞
涌井投手は埼玉西武時代の2007年と2009年、千葉ロッテ時代の2015年と、3度にわたってパ・リーグ最多勝を受賞した経験の持ち主だ。中でも2009年は涌井投手にとってキャリアハイと形容できるシーズンで、16勝6敗、防御率2.30という数字に加え、奪三振も199と200の大台まであと1歩に迫る自己最多の数字を記録。11度の完投、4度の完封と支配的な投球を披露した。その活躍が認められ、見事に沢村賞の栄冠にも輝いている。
プロ2年目の2006年から5年連続で2桁勝利を記録していた涌井投手だが、2011年からの4年間は故障やリリーフ転向といった要素も重なり、いずれも1桁勝利に終わる苦しい時期を過ごしていた。しかし、29歳で迎えた2015年に鮮やかな復活を果たして15勝をマークし、3度目の最多勝を獲得したという点も価値のあるものだ。千葉ロッテの投手としての最多勝獲得は、1998年の黒木知宏氏以来、実に17年ぶりとなる快挙となった。
涌井投手が記録した3度の最多勝という記録は、ヴィクトル・スタルヒン氏の6度(元巨人ほか)、斎藤雅樹氏(元巨人)の5度、稲尾和久氏(元西鉄)、野茂英雄氏(元近鉄)の4度に次ぐ、歴代5位タイの数字となっている。もしも涌井投手が2020年以降に楽天で自身4度目の最多勝に輝けば、稲尾氏と野茂氏という偉人に肩を並べると共に、史上初となる3球団での最多勝という快挙にもなる。涌井投手にとって、新天地でのプレーは球史に名を残す偉業への挑戦でもあるのだ。
全12球団からの勝利
「全12球団から勝利」という記録は、長いNPBの歴史でも18名しか達成していない希少なものだ。そして、その18名の中には涌井投手も含まれている。埼玉西武時代に自身の所属する埼玉西武を除く11球団から勝ち星を挙げていた涌井投手は、千葉ロッテへの移籍1年目となった2014年に古巣からの白星を記録し、全12球団からの勝利を達成。パ・リーグの球団のみに在籍してこの記録を達成したのは、涌井投手が史上初だった。
この事実が示す通り、シーズンごとに対戦チーム別の防御率に差異こそあれど、涌井投手は長いスパンで見て極端に苦手とする球団を作っていない。年間を通じて各球団との対戦を続けていくローテーション投手にとって、大きな苦手意識を持っている球団が存在しないということは、安定感を保つうえでも重要な要素といえる。
豊富な変化球
多彩な球種を活かして相手打線に的を絞らせない投球術も、涌井投手が持ち味としている武器の一つだ。フォーク、チェンジアップ、スライダー、カットボール、カーブ、シュートと実戦レベルの球を数多く備えており、それでいて、2019年の最終登板となった9月24日の埼玉西武戦で球速150km/hを記録しており、30歳を過ぎた現在でも速球の威力は健在。特定の球種に頼らずに投球を組み立てられる引き出しの多さは、その日の出来によって軸にする球を変えられるという点でも、先発投手に向いた特性と言える。
涌井投手は精度の高いフィールディングや常に冷静なポーカーフェイスも含め、投球以外の面でも落ち着き払ったマウンドさばきを見せていた。そのため、投球の完成度の高さも相まって、若い頃から「ベテランのよう」と評されることも多かった。そして、2020年には新たな球種であるシンカーの習得にも取り組んでおり、実際にベテランの域に達しつつある現在もなお、現状に満足することなく新たな武器を模索し続けている。
完投の多さ
2007年と2009年にはそれぞれ11度の完投を記録するなど、プロでの15シーズン中13シーズンにおいて最低1度は完投を記録。完投がなかった2005年は高卒1年目であり、2012年は年間30セーブを挙げるなどリリーフとしての登板が中心だったことを考えれば、先発投手としての登板機会があった年においては、必ずと言っていいほど完投を記録してきた。
加えて、通算で記録した無四球試合は13試合と、現役選手の中では最多の数字を記録している。完投能力の高さのみならず、終盤のイニングになっても制球力が落ちないのが涌井投手の凄みの一つだ。2019年も18試合の登板で2度の完投と1度の無四球試合を記録しており、その完投能力の高さは相変わらずだ。
涌井投手が今季より所属する楽天は、2019年に2度の完投を記録し、規定投球回にも到達した美馬学投手が、同年オフにFAで退団。チーム全体でその穴を埋める必要があるが、完投能力の高い涌井投手はまさにうってつけの存在といえる。34歳で迎える今シーズンも堅実な働きを見せてくれれば、新天地でも大きな戦力となってくれそうだ。
継続性の高さと、安定したイニング消化能力
常に一定以上の活躍が計算できる選手というものは、チームの編成や首脳陣の計算においても非常にありがたい存在となるものだ。その点、涌井投手がこれまで見せてきた活躍は、年度別の数字というだけではなく、安定感という面でも卓越したものだった。先述した数々の通算記録は、その継続性の副産物でもあるといえよう。
涌井投手はプロ1年目の2005年からプロ15年目の2019年まで毎年白星を挙げており、故障で離脱したシーズンもほぼ2011年のみというケガへの強さを備える。その耐久力の高さに加え、200イニング突破が2度、170イニング突破が8度、150イニング突破が11度と、安定してイニングを消化する能力にも長けている。投手分業の流れが加速し続ける中でも多くのイニングを消化し続けてきた、その継続性は出色と言えるだろう。
涌井投手の加入がもたらす波及効果は、投球以外のところにも
これまで紹介してきた通り、涌井投手が積み上げてきた実績は、現代野球においては非常に希少なものだ。そして、その豊富な経験がチームに還元されるという点でも、涌井投手の加入はチームにとって大きな意味を持ちうる。現在の楽天が置かれている状況を鑑みると、なおさらその意義は深くなってくるだろう。
涌井投手が千葉ロッテに加入したのは、同球団の正捕手として長年活躍した里崎智也氏が現役を引退する2014年のことだった。翌2015年からは現在の主戦捕手である田村龍弘選手をはじめ、次世代の正捕手を狙う若手たちが多くの出番を得るように。そういった環境下で、豊富な球種と多くの引き出しを持ち合わせ、サインに首を振ることもいとわない涌井投手とバッテリーを組むことによって、若き捕手たちの成長が促された面もあるだろう。
こういった背景は、嶋基宏選手の退団によって次世代の正捕手争いが勃発することが見込まれる、現在の楽天にも当てはまるものだ。則本昂大投手や岸孝之投手といったエース格の投手に加え、キャリアを通じて様々な捕手とバッテリーを組んできた涌井投手がチームに加わったことは、次代の捕手育成という面でも、チームにとって大きなものになるかもしれない。
プロ16年目は白星発進!
今回取り上げた数々の実績が裏付ける通り、2020年でプロ16年目を迎える涌井投手は、まさに酸いも甘いもかみ分けてきた、百戦錬磨の右腕だ。しかし、高卒1年目から一軍で出場機会を得て、2年目には早くもローテーションに定着して12勝を挙げたという台頭の早さもあり、年齢的には今年の6月で34歳と、年齢的にはまだまだこれからというところでもある。
涌井投手は2020年の初登板となった6月24日の北海道日本ハム戦で、さっそく7回2失点の好投を披露。与えた四球はわずかに1つと持ち味の一つであるコントロールの良さも発揮し、移籍後初登板を幸先よく白星で飾った。そして今季2試合目の登板で古巣・千葉ロッテと対戦。5回を5安打7奪三振1四球2失点と粘投し、開幕2連勝を飾った。涌井投手の杜の都での挑戦は、まずは上々の滑り出しを見せたと言ってよいだろう。
自身3球団目となる楽天でもこれまで同様の活躍を続け、長年にわたって積み上げてきた数字を、今後さらに更新していくことができるか。新天地で迎える涌井投手の挑戦に、今後も注目していく価値は大いにありそうだ。
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